第2話 なんか見てくるけど、気のせい
「はぁ~……寝不足だ」
……などと独り言を言う俺に対し、教室にいる誰かが反応することはない。これこそ理想的な世界。
あいつヤバそうじゃね? とか、関わらない方が良さげ。とか思われても、痛くも痒くもない。それが俺の教室での立ち位置。
友達が全くいないわけじゃなく、同じクラスメイトに親しい奴がいないというだけの話であり、決して嫌われているわけでもない。
入学してからすぐの頃は友達何人作るかな、みたいな変な理想を持っていたものだが、二年目ともなると先輩後輩以外の関わりは極力避けたくなり今に至る。
それはひとえに、ネットカフェのバイトを始めたからに他ならない。あそこは嫌でも接客しなければならないうえ、嫌な客でも嫌な顔をしてはいけないからだ。
そうすると俺の感情は学校に来てもスンとすることが増え、気づいたら誰も寄り付かなくなったというのが真相。
それにしても眠い。
いつも同じ時間の電車に乗って帰るはずが、想定外の出来事で一本遅らせたのが原因だ。ただでさえ最寄りの駅から家まで歩くのに時間がかかるというのに、それが一本分損したせいで家で寝る時間が減り睡魔に襲われているのが現在地。
「ふわあぁ……」
そうして誰に迷惑をかけるでもなく机に突っ伏そうとすると、いつもの場所から賑やかな音が強制的に耳に届いてくる。
その場所は例の勝ち確女子が座っている席だ。
あの女子の周りには休み時間になると、絶えず男子や女子が群がるように囲みだし、途端にパーティ会場のごとく騒ぎ出す。
俺以外のクラスメイトにとって、その光景は日常茶飯事。むしろそれが毎日のルーティンになっているのだが、俺には無関係なので一眠りして次の授業に備えることにする。
重い瞼を下ろし、目を閉じた時に見える暗い灰色を感じていると、誰かが俺を揺らしている感覚があった。
俺を揺らす人間で心当たりがあるのは主に担任の美人先生、あるいは先輩か後輩のどれか。少なくとも今は授業を控えている時間なので、担任の線が濃厚。
「はい、先生。何でしょう?」
俺はすぐさま体を起こし、とりあえず担任であることを前提とした返事をする。
だが目の前に見えたのはサラサラで艶のある長い髪、清楚系に相応しいくらいの透き通った肌、そして何の花か不明ながら花の香りがしてくる清潔感のある匂いがそこにあった。
担任じゃないのは明らかなので、相手の顔までは見ないことにする。
「……何かご用ですか?」
塩対応ではないが、顔も見ずに対応するのでお客様対応的に反応してみた。
「私ってNNくんの先生だったんですか?」
すると、顔を見なくても分かる程の滑舌が良くて高く通る声が俺の耳を刺激する。
「NNくん……?」
どこの外国人だよと突っ込みたくなったので、声の主を見上げると、俺をアレ呼びした女子がそこにいる件。
「昨日教えてくれました、ぼっち男子くんのお名前です」
何故か誇らしげで嬉しそうだが、意外と根に持つタイプか?
「とりあえず、佐倉さんの先生じゃないのは確かです」
「私の名前覚えてるじゃないですか!」
そう言って机に勢いよく手の平を叩きつけてくるが、きっと痛い。
そもそもの話だがネットカフェの会員情報に関係なく、一応クラスメイトなうえ人気女子の名前は放っておいても勝手に覚えさせられる――などと言っても仕方がない話だ。
「それはそうと、何でしょう?」
「さっき先生が呼んでました」
「それはどうも」
担任の先生や他の教科の先生が俺を呼ぶ時は大抵、プリントの荷運び人としての呼びつけだ。それ以外にもあるが、さほど重要じゃないことが多い。
「私、NNくんの名前知らないんですけど、教えてはくれないんですか?」
てっきり冗談で言ってるのかと思ったが、この言い方は結構本気のテンションだ。しかしフルネームのイニシャルを教えてるんだから自分で調べれば済む話だろうに。
それこそいつも大人気なのだから、適当男子に聞くとかすればすぐに判明するのだが、どうやら本人から聞き出さないと気が済まないタイプらしい。
「調べれば分かると思うので……」
素直に教えれば佐倉の俺への好感度が一ミリくらいは増えるだろう。だが今の俺は、名前を教えることよりもいかに睡魔に打ち勝つかが勝負の分かれ目。
正直言って放っておいてほしいのが本音だ。
頼むから少しでも寝かせてくれ。というか、ぼっち生活に徹しているのになぜ分かってくれないのか。
「……意外に意地悪なんですね!」
「あーはい」
「むむむ……もういいです!」
ようやく分かってくれたようで、佐倉は自分の席へと戻って行ったようだ。その行方まで確認するわけじゃないので確信はないが、休み時間があと何分もない以上そうに違いない。
そうして残りの僅かな時間をひたすら閉じ目に集中させた後、プリント授業が開始された。プリントを使う授業は眠くても理解が追いつくから結構好きな授業だ。
それにしても、遠く離れているあの場所から俺に睨みを利かせてきているのはどう見ても佐倉なる女子。
だが、俺には全く身に覚えがないので見てくることを気にしても仕方がないという結論にしたうえで、きっと俺の気のせいだと思うことにして午前の授業を終えた。




