第9話 特殊個体
翌朝。
キラは、いつもより早く目を覚ました。
「……ん」
目を開ける。
まず目に入ったのは――天井ではなかった。
「……」
視線を少し下げる。
「ぷる……」
ソラが枕元で眠っている。
「ぴょ……」
シロはキラの足元。
「すぅ……」
クロは部屋の入口で丸くなっている。
そして――
「おはようじゃ、キラ」
クウが窓際から声をかけてきた。
「……おはよう」
さらに肩を見る。
小さな緑色の妖精、リーフィが眠っていた。
「……」
キラは思わず笑った。
昨日までは、一人だった。
今は違う。
目を覚ませば、仲間がいる。
「なんか……」
胸の奥が温かい。
「いいな」
「何がじゃ?」
「こういうの」
キラは仲間たちを見る。
「家みたいで」
クウは少しだけ目を細めた。
「……そうか」
だが――
キラにはまだ「家」がない。
今いるのは宿屋。
いつか出ていかなければならない。
仲間たちを自由にできる場所もない。
だからこそ。
「魔獣異界……」
キラは小さく呟いた。
《異次元収納》と《生命領域》。
まだ融合できない。
必要な能力は、あといくつか。
「探さないと」
キラはベッドから起き上がった。
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「今日の依頼は?」
朝食を終えたキラたちは、冒険者ギルドに向かった。
受付嬢が依頼書を並べる。
「今日は少し変わった依頼があります」
「変わった依頼?」
「はい」
受付嬢が一枚の紙を取り出した。
《森の動物たちの異常調査》
「ここ数日、森の動物たちが町の近くまで逃げてきているんです」
「逃げてきてる?」
「はい」
受付嬢が頷く。
「鹿やウサギ、鳥など、本来なら人間を避ける動物まで町に入ってきています」
「何か怖いものがいる?」
「おそらく」
キラは依頼書を見る。
「魔物ですか?」
「分かりません」
受付嬢が声を落とす。
「ですが、森の奥から強い魔力反応が確認されています」
「……」
クウの耳がぴくりと動いた。
「キラ」
「うん」
「これは少し気になるのう」
「何が?」
「昨日の森でも、空間の流れが妙じゃった」
「……」
キラは頷いた。
「この依頼、受けます」
「分かりました」
受付嬢は依頼書を渡す。
「ただし、無理はしないでください」
「はい」
キラは依頼書を受け取った。
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森へ向かう途中。
「キラ」
リナが隣を歩きながら言った。
「今日も魔物を探すつもり?」
「依頼が終わってからね」
「絶対探すじゃん」
「……」
「図星?」
「……うん」
リナは笑った。
「まあ、いいけど」
その横でクウが胸を張る。
「おぬしが仲間を増やすなら、わらわも協力するぞ」
「ありがとう」
「ただし!」
クウが指を立てる。
「変な奴を仲間にするのは禁止じゃ」
「変な奴?」
「そうじゃ」
「例えば?」
「人間を食べる奴とか」
「それは仲間にしないよ」
「それから、わらわより偉そうな奴」
「……」
キラは苦笑した。
「クウより偉そうな人、いるかな」
「何じゃと?」
リナが吹き出す。
「ふふっ」
「笑うでない!」
森の中に笑い声が響く。
しかし――
その笑い声は、すぐに消えた。
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「……静か」
キラが呟く。
森の中に入ってから、鳥の声がしない。
虫の音もない。
動物の気配もない。
「昨日とは違う」
リナが周囲を見る。
「うん」
クロも立ち止まる。
「ワフ……」
「どうした?」
クロが地面を嗅ぐ。
そして――
「グルル……」
牙を見せた。
「何かいる?」
「ワフ」
キラは《魔力感知》を使う。
周囲に小さな魔力がいくつもある。
しかし、そのほとんどが――
「逃げてる?」
森の動物たちだった。
木の根元。
茂み。
洞窟。
動物たちが身を隠している。
「みんな怖がってる」
キラが小さな鹿に近づく。
鹿は震えている。
「大丈夫だよ」
キラが手を伸ばす。
鹿は逃げなかった。
その瞬間。
――ドン。
地面が揺れた。
「!」
鹿が一斉に逃げ出す。
「今の……」
リナが顔を上げる。
――ドン。
もう一度。
「近い」
クロが森の奥を見る。
「ワフ!」
「行こう」
キラたちは走り出した。
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森の奥。
そこには巨大な木があった。
幹の太さは、普通の木の十倍以上。
枝は空を覆い、葉は淡い緑色に輝いている。
「……何これ」
リナが呆然とする。
木の周囲には、無数の魔物が集まっていた。
ウサギ。
鹿。
小鳥。
小型の魔物。
そして――
「……あれ」
キラが木の根元を見る。
一匹の巨大な熊。
だが、普通の熊ではない。
身体から青白い魔力が漏れている。
「魔物……?」
キラの《万象共鳴》が反応する。
> 解析開始。
> 種族:グレートベア
> 危険度:中
> 状態:重度の魔力汚染
「魔力汚染?」
キラが驚く。
「どういうこと?」
クウが木を見る。
「……あの木じゃ」
「木?」
「何かがおかしい」
クウが近づく。
「この森の魔力が、一箇所に集まっておる」
「集まる?」
「うむ」
巨大な木の根元。
そこから黒い魔力が漏れている。
「……!」
キラは息を呑む。
黒い魔力が森の中へ広がっている。
「だから動物たちが逃げてるんだ」
リナが言う。
「たぶん」
キラは木に近づく。
すると――
「……痛い」
胸の奥がズキッとした。
「キラ?」
「この木……」
キラは胸を押さえる。
「苦しんでる」
クウが目を見開く。
「木の気持ちが分かるのか?」
「分からない。でも……」
キラは木に手を触れる。
「悲しい感じがする」
その瞬間。
巨大な木が震えた。
――ズズズズズ。
地面から根が伸びる。
「危ない!」
リナが叫ぶ。
しかし。
根はキラを攻撃しなかった。
キラの身体を優しく包む。
「……」
頭の中に声が響く。
> 『……助けて……』
「!」
キラが目を見開く。
> 『……この子たちを……』
> 『守って……』
「誰?」
> 『……森を……』
声が消える。
木の根が地面へ戻る。
「今の……」
リナが呆然とする。
「聞こえた?」
「ううん」
キラは首を振る。
「僕にだけ聞こえた」
クウが木を見る。
「なるほど……」
「何か分かった?」
「この木は、ただの木ではない」
クウが呟く。
「古代樹じゃ」
「古代樹?」
「長い年月を生きた、特殊な植物じゃ」
そして――
「おそらく、意志を持っておる」
「……」
キラはもう一度木を見る。
「助けてあげたい」
リナが心配そうにする。
「でも、どうやって?」
「分からない」
キラも分からない。
だが――
その時だった。
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「グオオオオオオッ!!」
森全体に咆哮が響いた。
「!」
動物たちが一斉に逃げる。
地面が大きく揺れる。
「何!?」
リナが叫ぶ。
森の奥から――
一匹の巨大な魔物が現れた。
全身を黒い霧に包まれている。
四本の腕。
巨大な角。
赤い目。
「オーガ……!」
昨日の個体とは違う。
明らかに強い。
> 《万象共鳴》
> 解析不能。
> 警告。
> 通常のオーガではありません。
「……」
キラは息を呑む。
オーガの身体から黒い魔力が溢れている。
「魔力汚染……」
昨日の森の異常。
動物たちの逃走。
そしてこの魔物。
全部繋がっている。
「キラ!」
リナが叫ぶ。
「来るよ!」
「分かってる!」
オーガが地面を蹴る。
「グオオッ!」
巨大な拳。
「クロ!」
「ワフ!」
クロが飛び出す。
しかし――
「速い!」
オーガの拳がクロを吹き飛ばした。
「クロ!」
ドォン!
クロが木に激突する。
「……!」
キラの表情が変わる。
「大丈夫!?」
「ワ……フ」
クロが立ち上がろうとする。
だが、足が震えている。
「……」
キラは拳を握る。
怒りがこみ上げる。
だが――
クウが叫ぶ。
「キラ!」
「何!?」
「怒りに任せるでない!」
「……!」
「よく見ろ!」
キラがオーガを見る。
黒い霧。
そして、その中心。
オーガの胸に――
黒い結晶が埋め込まれていた。
「……あれは?」
「魔力汚染の核じゃ!」
「壊せば?」
「分からん!」
クウが叫ぶ。
「じゃが、あれが原因なのは間違いない!」
キラは考える。
クロの《俊足》。
《身体強化》。
自分の《高速身体強化》。
ソラの《吸収》。
シロの《角撃》。
リーフィの《生命領域》。
そして――
「……そうか」
キラの目が変わる。
「力を合わせればいい」
キラの《万象共鳴》が強く光る。
> 能力連携を確認。
> 複数対象との共鳴が可能です。
「みんな!」
キラが叫ぶ。
「力を貸して!」
クロが立ち上がる。
「ワオオオッ!」
ソラが巨大化する。
「ぷるるる!」
シロが角を構える。
「ぴょん!」
リーフィが緑色の光を放つ。
クウが空間を歪ませる。
「ほほう……!」
キラの周囲に、五つの能力が集まっていく。
> 《俊足》
> 《身体強化》
> 《吸収》
> 《角撃》
> 《生命領域》
> 《空間収納》
> 《万象共鳴》発動。
「行くよ!」
キラが走る。
クウが空間を歪める。
キラの身体が一瞬でオーガの目の前へ移動した。
「《高速身体強化》!」
拳を握る。
「はああああっ!」
オーガの胸。
黒い結晶へ――
拳を叩き込む。
――ドゴォン!!
「グオオオオオッ!!」
黒い結晶にヒビが入った。
「今!」
ソラが飛び込む。
「ぷるるる!」
身体を広げ、黒い魔力を吸収する。
「グオ……!」
オーガの動きが止まる。
リーフィが緑色の光を放つ。
「……!」
オーガの身体から黒い霧が抜けていく。
最後に――
「シロ!」
「ぴょん!」
シロが飛ぶ。
小さな角が、黒い結晶を直撃した。
――パキン。
結晶が砕けた。
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静寂。
オーガがゆっくり倒れる。
「……」
キラは息を切らしながら立っていた。
「終わった……?」
オーガの身体から黒い霧が消えていく。
巨大な身体が少しずつ小さくなる。
そして――
普通のオーガへ戻った。
「……」
キラは近づく。
「大丈夫?」
オーガは目を開ける。
「……人間……」
「うん」
「なぜ……」
「え?」
「なぜ……助けた?」
キラは少し考えて。
「仲間を傷つけたから、怒った」
オーガが驚く。
「だが……俺は……」
「君も苦しんでたんでしょ?」
「……」
「なら、助けるよ」
オーガはしばらくキラを見る。
そして――
頭を下げた。
「……感謝する」
その瞬間。
キラの胸に、何かが響いた。
> 対象があなたを認識しました。
> テイム可能状態。
キラは驚く。
「……仲間になる?」
オーガは少し考え――
「……俺でよければ」
キラは笑った。
「もちろん」
新しい仲間。
オーガ。
しかし――
> 《万象共鳴》が警告します。
> 特殊個体を確認。
> 《魔力汚染》の原因は未解決です。
「……え?」
キラが顔を上げる。
森の奥。
黒い魔力が、まだ流れている。
つまり。
本当の敵は、まだ倒していない。
そして、その黒い魔力は――
森のさらに奥へ。
まるで何かが待っているかのように、続いていた。




