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10話 《万象共鳴》の秘密を知る者



 森の奥へ進む。


 キラたちの足音以外、何も聞こえない。


 鳥の声もない。


 獣の鳴き声もない。


 風が木々を揺らす音さえ、いつの間にか消えていた。


「……静かすぎる」


 リナが小さく呟いた。


「うん」


 キラも頷く。


 隣ではクロが鼻を地面に近づけている。


「何かいる?」


「……ワフ」


 クロは低く唸った。


 だが、敵の匂いを見つけたという感じではない。


 むしろ――


 何かを恐れている。


「クロ?」


 キラが頭を撫でる。


「大丈夫だよ」


「……」


 クロはキラを見る。


 それから森の奥へ視線を戻した。


 キラもそちらを見る。


「……あっちだ」


「何が?」


「分からないけど……」


 キラの胸が妙にざわついていた。


 《魔力感知》。


 それを使う。


 周囲に無数の魔力が見える。


 小さな動物。


 植物。


 魔物。


 そして――


「……」


 森の奥に、巨大な魔力がある。


 昨日見たものより、さらに近い。


「クウ」


「なんじゃ?」


「この先に何があるの?」


 クウは答えなかった。


 珍しく、真剣な顔をしている。


「……わらわにも分からぬ」


「クウでも?」


「うむ」


 クウが周囲を見回す。


「じゃが、一つだけ分かる」


「何?」


「この場所には、昔から誰かが『入ってはいけない』ようにしておった」


「……誰が?」


「知らぬ」


 クウは首を振った。


「わらわが生まれるよりずっと前の話じゃ」


 キラは足を止めた。


「じゃあ――」


 その瞬間。


 目の前の木々が途切れた。


「……!」


 森が開けている。


 そこには巨大な石造りの建物があった。


「遺跡……?」


 リナが息を呑む。


 建物は半分以上が地面に埋まっている。


 壁には蔦が絡みつき、ところどころ崩れている。


 だが――


 正面にある巨大な扉だけは、傷一つなかった。


「こんな場所に……」


 リナが近づく。


「町の人たちは知らないのかな?」


「たぶん」


 キラは扉を見る。


 中央には奇妙な紋章が刻まれていた。


 円。


 その中に無数の線。


 そして――


 四つの目のような模様。


「……これ」


 キラが胸を押さえる。


「知ってる」


「え?」


「知らないはずなのに……」


 頭の奥が痛む。


 見たことがない紋章。


 なのに、なぜか懐かしい。


 まるで――


 ずっと昔から知っていたような。


「キラ?」


「大丈夫」


 キラは扉へ手を伸ばした。


 触れた瞬間。


 ――ドクン。


 心臓が大きく鳴った。


 そして。


 扉の紋章が光った。


「……!」


 青白い光。


 次々と線が繋がっていく。


 円の中心に文字が浮かび上がる。


> 《万象共鳴》




 キラは息を呑んだ。


「……僕のスキル?」


 リナが驚く。


「キラ、それ……」


「うん」


 キラは自分の胸を見る。


「この遺跡……僕のスキルを知ってる」


 クウの顔から笑みが消えた。


「……ありえぬ」


「クウ?」


「《万象共鳴》は、おぬしが持っている世界で唯一のスキルのはずじゃ」


「でも――」


「うむ」


 クウが扉を見る。


「この遺跡は、明らかにそれを知っておる」


 ギギギギ……。


 巨大な扉が動き始めた。


-----


 扉の向こう。


 そこには長い階段が続いていた。


「……下?」


 リナが覗き込む。


「かなり深いね」


「行く?」


「行く」


 キラは即答した。


「やっぱり……」


 リナがため息をつく。


「そう言うと思った」


「だって、自分のスキルについて何か分かるかもしれない」


 キラは階段を降り始める。


 クロが続く。


 ソラ。


 シロ。


 リーフィ。


 そしてクウ。


 全員がキラの後ろを歩く。


「……」


 しばらく歩く。


 階段はどこまでも続いている。


「長い……」


 リナが呟く。


「何百段あるんだろう」


「まだ先がある」


 キラが答える。


「え?」


「魔力が下から来てる」


 《魔力感知》。


 地下深く。


 巨大な魔力。


 まるで大地そのものが生きているような――


 そんな魔力だった。


「……」


 キラは慎重に歩く。


 すると。


 階段の壁に文字が刻まれていることに気づいた。


「何だろう?」


 キラが近づく。


 古い文字。


 リナには読めない。


 だが――


 キラには読めた。


「……」


 キラが黙り込む。


「何て書いてあるの?」


「……」


 しばらくして。


「『力を奪う者よ』」


「え?」


「『汝は何を望む』」


 リナが不安そうな顔をする。


「続きは?」


 キラは読む。


> 『力を得る者は、必ず選ばねばならない』




> 『支配か』




> 『共存か』




 そして最後に。


> 『すべての力を手にした者は――』




 文字が途切れている。


「……続きは?」


「分からない」


 キラは首を振る。


「壊されてる」


 クウが壁を見る。


「誰かが意図的に削ったようじゃ」


「……」


 キラはその言葉を聞いて、少しだけ嫌な予感がした。


-----


 さらに地下へ。


 やがて。


 階段が終わった。


 そこには巨大な広間があった。


「……!」


 天井が見えない。


 壁には無数の魔石。


 中央には巨大な台座。


 そしてその上に――


 一冊の本が置かれていた。


「本?」


 キラが近づく。


 表紙は黒い。


 文字はない。


「触って大丈夫かな」


「待て」


 クウが止める。


「何かおかしい」


「……」


 キラは《魔力感知》を使う。


 本から魔力は出ていない。


 むしろ――


「魔力が吸い込まれてる」


「何?」


「この本が、周りの魔力を吸ってる」


 キラが一歩下がる。


 その瞬間。


 ――パチッ。


 本が勝手に開いた。


「!」


 ページが風もないのにめくれていく。


 一枚。


 二枚。


 三枚。


 そして――


 あるページで止まった。


 そこに描かれていたのは。


赤い髪の少年。


「……」


 キラの顔が青ざめる。


「僕……?」


 絵の少年は、キラと同じ赤い髪。


 同じ年頃。


 そして――


 その周囲には無数の魔物。


 狼。


 鳥。


 獣。


 巨大な魔獣。


 ドラゴン。


 さらに、人間。


 獣人。


 魔族。


 まるで――


 キラがこれから出会う仲間たちを描いているようだった。


「なんで……」


 キラの声が震える。


「僕が描かれてるの?」


 リナも絶句している。


「分からない……」


 クウが本を見る。


「これは予言書……?」


 ページの下には文字があった。


> 《万象を繋ぐ者》




> 赤き髪を持つ幼子




> すべての種族に手を差し伸べる者




> やがて世界の境界を越え――




 そこで文章が途切れている。


「また……」


 キラが呟く。


「また途中で切れてる」


 その時。


 広間の奥から声がした。


「当然だ」


「!」


 全員が振り返る。


「誰!?」


 リナが身構える。


 クロがキラの前に出る。


 クウも空間を歪める。


 暗闇。


 誰もいない。


 だが――


「お前が知るには、まだ早い」


 声だけが響く。


 キラは周囲を見る。


「誰なの!?」


「お前は……」


 声が止まる。


「まだ何も知らない」


「何を?」


「自分が何者なのか」


「……」


「なぜ《万象共鳴》を持つのか」


「……!」


「なぜ、お前だけが魔物たちの力を取り込めるのか」


 キラは拳を握る。


「教えて!」


「今は無理だ」


「どうして!」


「知れば――」


 声が低くなる。


「お前は、狙われる」


 キラの背筋が凍った。


「もう狙われてる」


「……」


「王都の奴ら?」


「それだけではない」


 暗闇の奥。


 一瞬だけ、二つの赤い光が見えた。


「人間だけではない」


 そして。


「魔族も」


「……」


「神も」


「……神?」


 キラが聞き返す。


 しかし――


 赤い光が消える。


「待って!」


 キラが走る。


 誰もいない。


 ただ、床に一枚の紙が落ちていた。


 キラが拾う。


 そこには一言だけ。


> 『仲間を増やせ。』




「……」


 キラは紙を握る。


「何なんだ……」


 リナが心配そうに近づく。


「キラ……」


「大丈夫」


 キラは無理に笑った。


「ただ――」


 紙を見る。


「仲間を増やせって言われた」


「……誰に?」


「分からない」


 クウが腕を組む。


「怪しいのう」


「うん」


「信用するのか?」


「しない」


 キラは即答した。


「でも――」


 仲間たちを見る。


「仲間を増やすこと自体は、僕が決めたことだから」


 クウが少し笑った。


「そうじゃな」


 その時。


 ――ズズズズズ。


 広間全体が揺れ始めた。


「地震!?」


 リナが叫ぶ。


「違う!」


 クウが叫ぶ。


「何かが起きておる!」


 中央の台座。


 そこに巨大な魔法陣が浮かび上がる。


「……」


 キラは息を呑む。


 魔法陣の中央。


 そこから――


 巨大な扉が現れた。


 扉には、見覚えのある紋章。


 《万象共鳴》。


「……」


 キラは立ち尽くす。


「ここまで来いってこと?」


 誰も答えない。


 ただ。


 扉の向こうから――


 圧倒的な魔力が漏れている。


 クロが震えた。


 ソラも動かない。


 シロはキラの足元に隠れる。


 リーフィはキラの肩にしがみつく。


 そして。


 クウですら――


「……この先は、まずい」


 そう呟いた。


「クウが怖がるなんて珍しいね」


「わらわは怖がっておるのではない」


「じゃあ?」


「警戒しておるだけじゃ」


 だが、その声は少し震えていた。


 キラは扉を見る。


「……行こう」


「キラ!」


「大丈夫」


 キラは振り返る。


 仲間たちを見る。


「一人じゃないから」


 クロが立ち上がる。


「ワフ」


 ソラがキラの肩へ。


「ぷる」


 シロも続く。


「ぴょん」


 リーフィが光る。


「……仕方ないのう」


 クウがため息をつく。


「最後まで付き合ってやる」


「ありがとう」


 キラは扉へ手を伸ばした。


 そして――


 ゆっくりと押し開ける。


 ――ゴゴゴゴゴゴ。


 扉の向こうには、巨大な空間が広がっていた。


 中央には――


 巨大な石棺。


 そしてその石棺の周囲には、無数の鎖。


「……誰かが封印されてる?」


 キラが呟く。


 すると。


 石棺の中から――


 ドクン。


 心臓の音がした。


「……!」


 ドクン。


 もう一度。


 鎖が揺れる。


 そして。


 石棺の中から、低い声が響いた。


「……《万象共鳴》」


 キラの目が見開かれる。


「……お前か」


 石棺の隙間から――


 黄金色の瞳が覗いた。


「ようやく……来たか」


 キラは息を呑む。


 その声には――


 千年もの間、誰かを待ち続けていた者の重みがあった。


 そして。


 石棺を覆っていた鎖の一本が――


バキンッ!!


 砕けた。


「……!」


 キラは知らない。


 この先にいる存在こそが――


 《万象共鳴》の秘密を知る者。


 そして。


 キラの運命を大きく変えることになる存在だということを。


第十話 終



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