11話 封印されしグラウディス
――バキンッ!
巨大な鎖が砕けた。
石棺の中から、黄金色の瞳が覗いている。
キラは動けなかった。
怖い。
目の前にいる存在が、明らかに普通ではないことだけは分かる。
圧倒的な魔力。
それなのに――
なぜか、敵だとは思えなかった。
「……お前が」
石棺の中から声が響く。
「《万象共鳴》を持つ者か」
「……うん」
キラは頷いた。
「僕はキラ」
「キラ……」
黄金の瞳が細くなる。
「その名まで……同じか」
「え?」
「いや」
声の主は何かを思い出すように呟いた。
「長い年月を待った甲斐があった」
キラは一歩前へ出る。
「あなたは誰?」
「……」
しばらく沈黙。
そして。
「我が名は――」
石棺が震える。
残っていた鎖が次々と軋む。
「グラウディス」
その名が広間に響いた瞬間。
キラの《万象共鳴》が激しく反応した。
> 警告。
> 対象から極めて高濃度の魔力を検知。
> 種族判定――失敗。
> 再解析――失敗。
「……え?」
キラは驚く。
これまで解析できなかったことなど、ほとんどなかった。
魔物。
オーガ。
フェアリーリーフ。
どんな相手でも、ある程度の情報は見えていた。
なのに――
「種族すら分からない……?」
クウが青ざめる。
「ありえぬ……」
「クウ?」
「このわらわですら、あやつの正体が分からぬ」
グラウディスが笑った。
「当然だ」
声だけで空気が震える。
「我は、この世界において『種族』という枠から外れた存在だからな」
「……」
キラは唾を飲み込む。
「じゃあ……何なの?」
「それを知るには――」
黄金の瞳がキラを見つめる。
「まず、お前が自分自身を知らねばならぬ」
---
「……僕自身?」
「ああ」
グラウディスは答える。
「お前は自分のスキルをどう思っている?」
「どうって……」
キラは考える。
「便利なスキルだと思ってる」
「それだけか?」
「……」
「魔物の能力を取り込める」
「うん」
「獣人の力も、魔族の力も、聖獣の力も、ドラゴンの力も――」
グラウディスの声が低くなる。
「すべて、お前のものにできる」
「……」
「それを『便利』と言うか?」
キラは答えられなかった。
今までなら、そう思っていた。
ソラの能力。
クロの能力。
シロの能力。
リーフィの《生命領域》。
クウの《異次元収納》。
みんなの力を自分も使える。
仲間が増えれば増えるほど、自分は強くなる。
それはキラにとって嬉しいことだった。
でも。
「……怖い」
キラは初めて口にした。
「時々、怖くなる」
グラウディスは黙って聞いている。
「僕が強くなりすぎたら……どうなるのかなって」
「ほう」
「今は仲間を守りたいだけ」
キラは自分の手を見る。
「でも、力を持ちすぎたら……僕も、昔僕をいじめてた貴族たちみたいになるのかなって」
その言葉に。
リナがキラを見る。
クウも何も言わない。
キラは続ける。
「力があるからって、他の人を見下したり……」
「……」
「自分の言うことを聞かせたり……」
「……」
「そんな人にはなりたくない」
グラウディスの黄金の瞳が細くなった。
「なるほど」
「何?」
「ならば、まだ大丈夫だ」
「え?」
「自分の力を恐れる者は、力に飲まれにくい」
グラウディスが静かに言う。
「本当に危険なのは――」
声が重くなる。
「自分には絶対に間違いがないと思う者だ」
キラはその言葉を胸に刻んだ。
---
「じゃあ、どうしてあなたはここに封印されてるの?」
キラが尋ねる。
グラウディスは答えない。
「……」
「グラウディス?」
「封印された理由か」
黄金の瞳が閉じられる。
「簡単な話だ」
石棺の中から魔力が漏れる。
「我が強すぎたからだ」
「……」
「人間は恐れた」
「何を?」
「我の力を」
グラウディスの声には、怒りがない。
ただ、寂しさがあった。
「我は何度も説明した」
「……」
「敵ではないと」
「……」
「だが、誰も信じなかった」
キラは黙って聞く。
「結局、人間たちは我を討つことにした」
グラウディスが続ける。
「だが、殺すことはできなかった」
「だから封印?」
「そうだ」
キラは拳を握る。
「……ひどい」
その言葉に。
グラウディスが少し驚いた。
「お前は我の話を聞いただけで、そう思うのか?」
「だって……」
キラは答える。
「話を聞かないで、怖いからって閉じ込めるのは……」
キラは一瞬、言葉を止めた。
自分も同じだった。
生まれつき《万象共鳴》を持っていた。
それだけで恐れられた。
貴族たちはキラを「気味の悪い子供」と呼んだ。
父親も母親も守ってくれなかった。
そして王国から追放された。
「……僕も似たようなことされたから」
グラウディスは目を開く。
「そうか」
それ以上、何も言わなかった。
---
「グラウディス」
「何だ?」
「僕の父親を知ってるって言ったよね」
黄金の瞳が動く。
「ああ」
「教えて」
「……」
「僕の父さんは何者なの?」
しばらく沈黙。
そして。
「お前の父は――」
グラウディスが言葉を選ぶ。
「かつて我の封印を見届けた男だ」
「……え?」
「お前の父親は、この遺跡に来たことがある」
「いつ?」
「お前が生まれるより前だ」
キラの胸が高鳴る。
「じゃあ、父さんはここで何をしたの?」
「我に一つの約束をした」
「約束?」
「『いつか、息子がここへ来る』と」
キラの目が大きくなる。
「……僕が?」
「ああ」
「どうして?」
「それは我にも分からない」
「……」
キラは混乱した。
父親は、自分がここへ来ることを知っていた。
いや。
自分が《万象共鳴》を持つことも知っていたのではないか?
「父さんは……僕のスキルを知ってた?」
「知っていた」
即答だった。
「……!」
キラの頭が真っ白になる。
「じゃあ……」
父親は。
自分が《万象共鳴》を持って生まれることを知っていた?
それなのに――
なぜ何も教えてくれなかった?
「どうして……」
キラの声が震える。
「どうして父さんは僕に何も言わなかったの?」
グラウディスは答えない。
代わりに。
「それは、お前の父自身に聞け」
「……」
「我から話せることには限りがある」
「父さんは今どこにいるの?」
「分からぬ」
「……」
「だが」
グラウディスが続ける。
「死んだとは限らぬ」
キラの目が見開かれた。
「……生きてる可能性がある?」
「ああ」
「どこにいるの?」
「それまでは分からぬ」
キラは拳を握った。
「……探す」
「ほう」
「いつか絶対に探す」
グラウディスは笑った。
「その目だ」
「え?」
「お前の父も、同じ目をしていた」
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その瞬間。
――ゴゴゴゴゴゴゴゴッ!!
「!」
遺跡全体が揺れた。
「何!?」
リナが叫ぶ。
天井から石が落ちてくる。
キラはリーフィを抱き上げる。
「みんな、離れて!」
クロがキラの前に立つ。
ソラが身体を大きくする。
シロが角を構える。
クウが空間を歪める。
「まずい!」
クウが叫ぶ。
「遺跡そのものが崩れ始めておる!」
「どうして!?」
「封印が解除されたからじゃ!」
「じゃあグラウディスを出したから?」
「違う!」
クウが石棺を見る。
「封印が弱まったことで、地下の魔力が一気に流れ込んでおる!」
グラウディスは冷静だった。
「キラ」
「何?」
「ここから出ろ」
「でも!」
「我はまだ動けぬ」
残った鎖がグラウディスの身体を縛っている。
「お前たちは逃げろ」
「嫌だ」
「……」
「助ける」
キラは即答した。
「僕は仲間を置いていかない」
「我はお前の仲間ではない」
「じゃあ――」
キラが笑う。
「今から仲間になればいい」
グラウディスが目を見開いた。
「……お前は」
「何?」
「本当に変わらぬな」
「?」
「父親と同じだ」
キラは鎖を見る。
「この鎖、壊せる?」
「無理だ」
グラウディスが答える。
「普通の攻撃ではな」
キラの目が光る。
「じゃあ、普通じゃなければ?」
《万象共鳴》。
キラが発動する。
対象――封印。
解析開始。
> 《古代封印》
> 構成:空間・魔力・生命・魂
> 解析難度:極高
「……」
キラの額から汗が流れる。
「空間……」
クウ。
「生命……」
リーフィ。
「魔力……」
ソラ。
「そして魂……」
キラ自身。
複数の力を組み合わせる。
今までとは違う。
仲間の能力を単純に使うのではない。
能力同士を繋ぐ。
> 《万象共鳴》
> 特殊連携を開始します。
> 《空間干渉》
> 《生命干渉》
> 《魔力吸収》
> 《魂魄干渉》
「うあああああっ!」
キラの身体から光が溢れる。
鎖が震える。
「馬鹿な……」
グラウディスが呟く。
「この年齢で……」
――バキッ!
一つ目の鎖が砕けた。
――バキンッ!
二つ目。
三つ目。
「あと少し……!」
キラが叫ぶ。
だが。
> 警告。
> 身体への負荷が限界を超えています。
「まだ……!」
> 使用を停止してください。
「嫌だ!」
キラは力を込める。
「仲間を助けるんだ!」
最後の鎖へ手を伸ばす。
――バキィィィン!!
砕け散った。
---
石棺が開く。
中から、一人の男が立ち上がった。
長い銀色の髪。
黄金色の瞳。
額には一本の黒い角。
背中には――
巨大な黒い翼。
「……」
リナが息を呑む。
「人……?」
「違う」
クウが答える。
「魔族……?」
「それも違う」
グラウディスが翼を広げる。
地下遺跡全体が震えた。
「我は――」
黄金の瞳がキラを見る。
「古代竜グラウディス」
「……!」
キラは驚く。
ドラゴン。
それも――
ただのドラゴンではない。
遥か昔から生きる、伝説級の存在。
グラウディスがキラの前に立つ。
そして――
片膝をついた。
「……!」
キラが驚く。
「な、何してるの?」
「約束を果たす」
「約束?」
「お前の父との約束だ」
グラウディスは頭を下げる。
「我、古代竜グラウディス」
「……」
「今日より――」
黄金の瞳がキラを見上げる。
「お前を主として認める」
キラの《万象共鳴》が反応する。
> 特殊個体との契約条件を確認。
> 対象:古代竜グラウディス
> 契約可能。
> ただし――
キラの目の前に、見たことのない文字が浮かぶ。
> 警告。
> この存在を完全に取り込んだ場合、世界法則への干渉が発生する可能性があります。
「……」
キラは息を呑んだ。
グラウディスの力は、あまりにも大きい。
それを自分のものにしていいのか。
キラは迷う。
そして――
「……今は、取り込まない」
「ほう」
「グラウディスはグラウディスだから」
キラは笑う。
「僕の能力にするんじゃなくて、仲間になってほしい」
グラウディスはしばらく黙っていた。
そして。
「……承知した」
小さく笑った。
「それでこそ、あの男の息子だ」
---
「話は後!」
リナが叫ぶ。
「遺跡が本当に崩れる!」
「……そうじゃった!」
クウが慌てる。
「キラ、走るぞ!」
「うん!」
全員が階段へ向かう。
だが――
キラの身体がふらついた。
「……あれ?」
「キラ!」
リナが支える。
「大丈夫?」
「ちょっと……疲れただけ」
グラウディスがキラを見る。
「……」
「何?」
「無理をするな」
「でも」
「力を得ることと、力を使いこなすことは別だ」
グラウディスが言う。
「今のお前では、我の力など到底扱えぬ」
「……」
「だからこそ、焦るな」
キラは頷く。
「うん」
そして。
全員で地上へ走る。
最後の階段を駆け上がった瞬間――
遺跡が崩壊した。
――ドォォォォン!!
巨大な砂煙が森を覆う。
「……」
キラは振り返る。
そこにはもう、遺跡の入口はなかった。
完全に地面へ埋まっている。
「終わった……」
リナが息を切らす。
「いや」
グラウディスが言った。
「始まったのだ」
キラは空を見る。
森の上空。
黒い魔力が消えていく。
動物たちが少しずつ戻ってくる。
そして。
森の巨大な古代樹から――
淡い緑色の光が放たれた。
リーフィが嬉しそうに飛ぶ。
「ぴょん!」
キラは笑った。
「森が元気になってる」
クウが頷く。
「どうやら《生命領域》がうまく作用したようじゃ」
キラは仲間たちを見る。
ソラ。
クロ。
シロ。
リーフィ。
クウ。
そして――
新たな仲間。
古代竜グラウディス。
「……」
キラは小さく笑った。
「仲間が増えた」
その言葉を聞いて。
グラウディスも、ほんの少しだけ笑った。
---
森の中で野営することになった。
キラは焚き火の前に座っている。
グラウディスは少し離れた場所に座っていた。
「グラウディス」
「何だ?」
「父さんって……どんな人だった?」
グラウディスは空を見上げた。
「愚かで」
「……」
「優しく」
「……」
「そして、恐ろしく強い男だった」
キラが驚く。
「強かったの?」
「ああ」
「じゃあ、どうして……」
「お前の父は、力を使わなかった」
「え?」
「使える力を持ちながら、それを使わないことを選んだ」
キラは黙る。
「だから我は、あの男を信頼した」
「……」
「お前も、同じ道を歩め」
グラウディスがキラを見る。
「強くなることは悪くない」
「うん」
「だが――」
黄金の瞳が真っ直ぐキラを見る。
「何のために強くなるのかだけは、忘れるな」
キラは頷いた。
「僕は……」
仲間を見る。
「みんなを守るために強くなる」
焚き火が小さく揺れた。
その言葉を聞いたグラウディスは――
満足そうに目を閉じた。
---
そして王都では
同じ夜。
王宮。
一人の兵士が国王の前に跪いていた。
「報告いたします」
「言え」
「森に派遣していた監視兵から連絡が途絶えました」
「森だと?」
「はい」
「例の少年は?」
「……確認できません」
国王の顔が険しくなる。
「捜索隊を出せ」
「しかし、森には強大な魔力反応が――」
「構わん!」
国王が怒鳴る。
「キラという少年を見つけ次第、連れてこい!」
「はっ!」
兵士が去る。
王は知らない。
その森で――
キラが新たな仲間を得たことを。
そして。
その仲間が――
古代竜であることを。
さらに。
王国の動きとは別に。
遠く離れた場所でも、一人の人物が空を見上げていた。
「……目覚めたか」
黒いローブ。
顔は見えない。
「古代竜グラウディス」
男は笑う。
「そして――」
手元の水晶に、赤い髪の少年の姿が映る。
「《万象共鳴》の継承者」
男はゆっくり立ち上がった。
「ようやく……役者が揃い始めたな」
その水晶の中で。
キラの姿が淡く揺れた。
第十一話 終。
次回予告
第十二話「初めての野営と、竜の力」
古代竜グラウディスを仲間にしたキラ。
しかし――グラウディスは強すぎた。
「これでは旅ができないぞ?」
「え?」
「我が本来の姿で歩けば、町が消し飛ぶ」
「…………」
そこでキラは、新たな問題に気づく。
「グラウディスも《異次元収納》に入れられないの?」
そしてキラは、《異次元収納》と《生命領域》をさらに進化させる方法を探し始める。
その先で出会うのは――
「魔物たちが安心して暮らせる、本当の家」への第一歩だった。




