第8話 まだ足りない
朝。
キラは、いつもより早く目を覚ました。
「……」
目を開ける。
昨日と同じ宿の天井。
窓から差し込む朝日。
そして――
「ぷる……」
枕元にはソラ。
「ぴょん……」
足元にはシロ。
入口にはクロ。
さらに。
「ほほう。ようやく起きたかのう」
「……」
部屋の隅に、紫色の小さな魔物が座っている。
「クウ……」
「なんじゃ?」
「どうして僕の部屋にいるの?」
「わらわはおぬしの仲間になったのであろう?」
「そうだけど……」
「なら、ここにいてもよいではないか」
「……」
キラは少し考えた。
「まあ、いいか」
「ほほほ。物分かりのいい子じゃ」
クウは満足そうに笑った。
昨日、森で出会った空間を操る魔物。
《スペースモンキー》。
そして――キラの新しい仲間。
固有能力は《空間収納》。
キラが欲しかった能力そのものだった。
ただし。
今の《空間収納》には、大きな問題がある。
生き物を収納できない。
キラは昨日からずっと、そのことを考えていた。
「クウ」
「なんじゃ?」
「もう一度、能力を見せてくれる?」
「よいぞ」
クウが指を軽く振る。
すると――
空間に小さな黒い穴が開いた。
「……!」
穴の向こうは真っ暗。
クウが手を入れる。
そして――
「ほれ」
リンゴを取り出した。
「すごい……」
キラが目を輝かせる。
「これが《空間収納》?」
「そうじゃ」
「中はどうなってるの?」
「何もない空間じゃ」
「時間は?」
「止まっておる」
「食べ物も腐らない?」
「うむ」
「便利……!」
キラは思わずクウの両手を握った。
「ありがとう!」
「お、おう……」
クウが少し驚いた顔をする。
「そんなに喜ぶことかの?」
「だって!」
キラは部屋を見回した。
今でさえ、荷物が増えてきている。
これから冒険者として旅をするなら、武器や食料、薬、テントなども必要になる。
「これがあれば、旅が楽になる!」
「それだけではないぞ」
「え?」
クウがニヤリと笑う。
「おぬしは《万象共鳴》を持っておる」
「うん」
「ならば、わらわの《空間収納》も……」
クウがキラの胸を指差す。
「いずれ変わるやもしれぬぞ?」
「……!」
キラの表情が変わった。
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朝食を終えたキラたちは、町を出た。
目的地は――昨日の森。
今日は依頼ではない。
「今日は何をするの?」
リナが尋ねる。
「クウの能力をもっと調べたい」
「空間収納?」
「うん」
キラは頷く。
「魔物を収納できるようになれば、みんなを連れて旅をするのが楽になるから」
クロが歩く。
シロはキラの肩に乗っている。
ソラは頭の上。
クウはキラの隣。
リナはその横。
現在はたった三匹。
それでも――
全員を連れて歩くと、意外と大変だった。
特にシロ。
「キラ」
「なに?」
「シロが寝てるよ」
「え?」
肩を見る。
「ぴょ……」
シロがキラの肩で丸くなっている。
「かわいい」
「そうだけど」
リナが笑う。
「これからドラゴンとか仲間にしたら、どうするの?」
「……」
キラが想像する。
巨大なドラゴンが町を歩く。
道が塞がる。
建物が壊れる。
人々が逃げる。
「……収納しないと駄目だね」
「でしょ?」
リナが笑った。
「だから、早く《魔獣異界》を作らないと」
キラは拳を握る。
「うん」
ただの収納ではない。
仲間たちが安心して暮らせる場所。
それを作る。
それが今のキラの新しい目標になった。
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森の中。
クウは大きな木の前で立ち止まった。
「ここじゃ」
「何?」
「空間の流れが安定しておる」
クウが木に手を当てる。
「この世界には、目には見えぬ『境界』がある」
「境界?」
「うむ」
クウが説明する。
「この世界と、別の場所を隔てる壁のようなものじゃ」
キラは興味深そうに聞く。
「じゃあ、クウはその壁を破れるの?」
「破るというより……」
クウが指を動かす。
空間に細い線が走る。
「少しだけ、ずらすのじゃ」
パチッ。
空間が開いた。
「……!」
キラは目を見開いた。
そこには何もない。
ただ、真っ黒な空間がある。
「これが《空間収納》?」
「そうじゃ」
クウが手を入れる。
「物を入れておくための場所じゃ」
「僕も使える?」
「もちろんじゃ」
キラは恐る恐る手を伸ばす。
指先が黒い空間に入る。
「……冷たくない」
「温度という概念がないからの」
「不思議……」
キラは小石を拾い、収納してみる。
小石が消えた。
「入った!」
「出してみよ」
キラが意識する。
「出てきて」
小石が手の中に現れた。
「すごい!」
キラは嬉しそうに笑った。
だが――
「これなら、ソラたちも入れる?」
クウの表情が曇った。
「無理じゃ」
「……やっぱり?」
「《空間収納》は『物』を保存する場所じゃ」
「生き物は?」
「拒絶される」
クウが説明する。
「無理に入れようとすれば、空間が弾き飛ばす」
「……」
キラはソラを見る。
ソラは、
「ぷる?」
と首を傾げた。
「ソラ……」
キラは少し寂しそうな顔をする。
「みんなと一緒に旅したいのに」
クウは黙ってキラを見る。
「……」
「どうしたの?」
「おぬしは、本当に変わっておるのう」
「え?」
「普通なら『魔物を運ぶのが面倒だから収納したい』と考える」
「……」
「だが、おぬしは『一緒に旅したい』と言った」
クウは小さく笑った。
「ならば、作ればよい」
「何を?」
「生き物が入れる空間を」
「……!」
「《空間収納》を土台にして、生命が存在できる領域を作る」
キラの目が輝く。
「できるの?」
「わらわ一人では無理じゃ」
「……」
「じゃが」
クウがキラを指差す。
「おぬしには《万象共鳴》がある」
キラの胸が高鳴る。
「……!」
「必要な能力を集めればよい」
「必要な能力……」
「空間を維持する力」
「うん」
「生命を守る力」
「うん」
「食物や水を生み出す力」
「うん」
「そして――」
クウが空を指差した。
「世界そのものを作り変えるほどの力」
キラは息を呑んだ。
「そこまで必要なの?」
「最初から全部必要ではない」
クウが笑う。
「少しずつでよい」
その言葉に、キラは頷いた。
「じゃあ、探そう」
「何を?」
「必要な能力を持つ仲間を」
「ほほう」
クウが楽しそうに笑う。
「よい顔になったではないか」
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そのときだった。
――ドンッ!
森の奥から、大きな音が響いた。
「……!」
クロが立ち上がる。
「ワフッ!」
ソラも跳ねる。
「ぷる!」
シロがキラの肩から飛び降りた。
「何の音?」
リナが周囲を見る。
――ドン。
また音がする。
木々が揺れる。
「何かが戦ってる?」
キラが森の奥を見る。
「……行こう」
「待って」
リナが腕を掴む。
「昨日の依頼で言われたでしょ。森の奥には入るなって」
「でも……」
「危険かもしれない」
「……」
キラは迷った。
するとクロが低く唸る。
「グルル……」
「クロ?」
クロは森の奥を見つめている。
そして――
走り出した。
「クロ!」
キラたちも追いかける。
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森の奥。
そこには巨大な魔物がいた。
体長は三メートルを超える。
岩のような皮膚。
巨大な牙。
四本の腕。
「オーガ……!」
リナが息を呑む。
そのオーガは、一匹の小さな魔物を追い詰めていた。
「……!」
キラは目を凝らす。
小さな魔物。
白い毛。
長い耳。
だが、シロではない。
もっと小さい。
そして――
身体から淡い緑色の光が出ている。
「何だろう……」
キラの《万象共鳴》が反応する。
> 対象を解析します。
> 種族:フェアリーリーフ
> 危険度:低
> 固有能力:《生命領域》
「……!」
キラの目が大きく開く。
「生命領域……」
クウも気づいた。
「ほう……」
「クウ?」
「おぬしが探していた力じゃ」
「……!」
キラは理解した。
《魔獣異界》に必要な能力。
その一つが――
目の前にある。
だが。
オーガが小さな魔物へ拳を振り下ろす。
「危ない!」
キラが走り出した。
「《高速身体強化》!」
ドンッ!
地面を蹴る。
一瞬で距離を詰める。
「クロ!」
「ワフ!」
クロがオーガの横から飛びつく。
「グオオオ!」
オーガが腕を振る。
クロが吹き飛ばされる。
「クロ!」
キラの顔色が変わる。
クロは地面を転がる。
「大丈夫!?」
「……ワフ」
立ち上がる。
だが、明らかにダメージを受けている。
「許さない……」
キラの目が鋭くなる。
「リナ!」
「任せて!」
リナが飛び込む。
爪でオーガの腕を切りつける。
「グオッ!」
オーガが怯む。
その隙に――
「ソラ!」
「ぷる!」
ソラが巨大化。
オーガの足へ絡みつく。
「今!」
キラが走る。
《高速身体強化》。
拳を握る。
「うあああっ!」
ドンッ!
オーガの腹へ拳が入る。
「グ……オ……!」
オーガが後退する。
「まだ!」
キラは追撃しようとする。
だが。
「キラ!」
リナが叫ぶ。
「やりすぎないで!」
キラが止まる。
オーガはすでに戦意を失っていた。
森の奥へ逃げていく。
「……」
キラは拳を見る。
少し震えていた。
怖かった。
でも。
クロが傷ついた瞬間。
怒りがこみ上げてきた。
「……クロ」
キラは駆け寄る。
「大丈夫?」
「ワフ」
クロがキラの手を舐める。
「よかった……」
キラはクロを抱きしめる。
「無茶しないでよ」
「……ワフ」
リナがその光景を見る。
「本当に……」
「?」
「キラは、魔物を仲間だと思ってるんだね」
「うん」
キラは迷わず答えた。
「だって仲間だから」
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キラは小さなフェアリーリーフへ近づいた。
「大丈夫?」
小さな魔物は怯えている。
キラが手を伸ばす。
「怖くないよ」
フェアリーリーフは少し後退する。
だが。
キラの胸から《万象共鳴》の光が溢れた。
> 《生命領域》を確認。
> 《空間収納》との融合条件――一部達成。
> 現時点では融合不可。
「……」
キラは残念そうにする。
「まだ足りない」
クウが頷く。
「当然じゃ」
「でも、近づいた」
「うむ」
キラはフェアリーリーフを見る。
「君の力があれば……みんなが安心して暮らせる場所を作れる」
フェアリーリーフはキラを見る。
そして――
小さな手を伸ばした。
キラの指先に触れる。
「……!」
> 対象があなたに興味を示しています。
> テイム可能。
キラは微笑んだ。
「一緒に来る?」
フェアリーリーフは少し考えて。
――コクン。
頷いた。
「……!」
> テイム条件達成。
> 契約を開始します。
緑色の光が森を包む。
キラの胸へ新しい力が流れ込んでくる。
> 《生命領域》を取得しました。
そして――
> 《空間収納》との融合候補を確認。
> 融合可能条件:不足
「……まだなんだ」
キラは苦笑する。
「じゃあ、もっと仲間を探そう」
フェアリーリーフは嬉しそうにキラの肩へ乗った。
------
その日の夕方。
キラたちは町へ戻った。
しかし、今日は一つだけ変化があった。
「キラ」
「なに?」
「その子……」
リナがフェアリーリーフを見る。
「ずっと肩にいるね」
「うん」
小さな妖精のような魔物。
名前は――
「名前、どうしよう?」
キラは少し考える。
「リーフ……」
「安直じゃない?」
リナが笑う。
「じゃあ……ミドリ?」
「もっと安直」
「……」
キラが悩む。
フェアリーリーフが、
くすっ。
と笑った。
「笑った?」
「ふふ」
リナも笑う。
「この子、気に入った名前なら自分で反応するんじゃない?」
「そうかな」
キラはしばらく考え――
「……リーフィ」
フェアリーリーフが顔を上げた。
「……!」
「気に入った?」
小さな妖精は嬉しそうに飛び跳ねる。
「これで決まりだね」
「うん」
新しい仲間。
リーフィ。
その夜。
キラは《万象共鳴》の能力一覧を眺めていた。
> 《異次元収納》
《生命領域》
まだ融合できない。
だが――
二つの能力が揃った。
「あと何が必要なんだろう」
クウが横から覗く。
「恐らく、まだ二つか三つほど必要じゃろう」
「二つか三つ……」
「空間を維持する力」
「うん」
「生命を維持する力」
「うん」
「そして……」
クウが少しだけ真剣な顔になる。
「世界そのものを支えるほどの魔力じゃ」
「……」
キラは黙った。
そんな能力を持つ魔物が、本当にいるのだろうか。
その答えを知るのは――
まだ先のことだった。
-----
同じ頃。
王都。
王宮の地下深く。
一人の老人が古い書物を開いていた。
「……《万象共鳴》」
震える指で文字をなぞる。
「空間を喰らい」
「生命を取り込み」
「万物の力を己のものとする――」
老人は顔を上げた。
「まさか……」
その背後。
王国の第一王子が立っていた。
「何か分かったか?」
「はい」
「例の少年について?」
「……」
老人は答える。
「まだ断定はできません」
「ならば言え」
「《万象共鳴》は――」
老人が声を震わせる。
「過去に一度だけ、世界を変えたスキルです」
「世界を?」
「はい」
王子の表情が変わる。
「その使い手は、最後に――」
老人は古文書を閉じた。
「一つの国を消しました」
「……」
「そして、その後に姿を消した」
王子はしばらく黙っていた。
「キラという少年が、その使い手の再来だと?」
「分かりません」
老人は首を振る。
「ですが――」
「何だ?」
「もし同じ道を歩むのであれば」
老人の顔が青ざめる。
「この国は……」
そこで言葉が止まった。
王宮の外。
遠く離れた森。
キラはまだ知らない。
自分の小さな冒険が。
すでに王国の歴史を動かし始めていることを。
-----
夜。
キラは宿の窓から星空を見上げる。
隣には仲間たち。
ソラ。
クロ。
シロ。
クウ。
そしてリーフィ。
「……」
キラは静かに呟いた。
「もっと仲間が増えたら……」
どんな場所になるだろう。
草原。
森。
湖。
山。
そして家。
みんなが自由に走り回れる場所。
誰にも追い出されない場所。
「いつか……」
キラは笑った。
「みんなの家を作ろう」
この時。
キラはまだ知らなかった。
その「家」が――
やがて世界中から追われた魔物や魔族、獣人、聖獣たちが集まる場所になることを。
そしてその場所が。
後に人々からこう呼ばれることを。
――万魔の楽園。




