第6話 新たな仲間は突然に
朝。
ミレアの町には、まだ薄い霧が残っていた。
宿屋の小さな部屋。
「……ん……」
キラはゆっくりと目を開けた。
「朝……?」
見慣れない天井。
一瞬だけ、ここがどこなのか分からなかった。
だが――
「ぷる……」
足元から小さな声が聞こえる。
「……ソラ」
青いスライムが、キラの布団の端で丸くなっていた。
「おはよう」
「ぷる!」
ソラが嬉しそうに跳ねる。
そしてもう一つ。
「……ワフ」
ベッドの横。
そこには黒い狼が座っていた。
「クロも、おはよう」
「ワフ」
クロは尻尾を一度だけ振った。
昨日まで敵だった魔物。
それが今では、自分のすぐそばにいる。
キラは少しだけ不思議な気持ちになった。
王都にいた頃。
朝、目を覚ましても誰かが自分を待っていてくれることなんてなかった。
起きれば仕事。
失敗すれば怒られる。
それが当たり前だった。
でも今は違う。
目を覚ませば、ソラとクロがいる。
「……変なの」
キラは小さく笑った。
「なんだか、嬉しいな」
すると。
「キラ!」
隣の部屋から声が飛んできた。
「起きてる!?」
「起きてるよ!」
「なら早く来て!」
「分かった!」
キラは急いで着替えた。
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食堂へ降りる。
そこにはリナが座っていた。
「おはよう」
「おはよう、リナ」
「今日はちゃんと早かったね」
「うん」
キラは椅子に座る。
テーブルにはパンとスープ。
そして――
小さな白い角ウサギ。
「……?」
キラが首を傾げる。
角ウサギはテーブルの下で、もぐもぐとパンを食べていた。
「……」
「……」
「…………」
「…………」
キラとリナが顔を見合わせる。
「リナ」
「なに?」
「この子……」
「昨日の薬草園にいた角ウサギでしょ?」
「うん」
「なんで宿にいるの?」
「それは私が聞きたい」
角ウサギが顔を上げる。
「ぴょん」
「……」
キラがしゃがみ込む。
「君、ついてきたの?」
「ぴょん!」
角ウサギは元気よく跳ねた。
キラの胸が少し温かくなる。
「そっか」
キラは頭を撫でる。
「じゃあ、一緒に行こうか」
「ぴょん!」
リナがため息をついた。
「また増えた……」
「でも、かわいいよ?」
「かわいいけど……」
リナはクロを見る。
ソラを見る。
そしてシロを見る。
「キラの周り、本当に魔物だらけになりそう」
「……そうかな?」
「そうだよ」
リナは呆れたように笑った。
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食事を終えると、キラたちは冒険者ギルドへ向かった。
ギルドの扉を開けた瞬間。
「おはようございます、キラ君」
昨日の受付嬢が声をかけてきた。
「おはようございます!」
キラが元気に答える。
その後ろから、
「ワフ」
「ぷる」
「ぴょん」
三種類の魔物が顔を出す。
受付嬢は固まった。
「……」
「……?」
「キラ君」
「はい?」
「昨日、何匹でした?」
「え?」
「魔物です」
「三匹です」
「……昨日は二匹でしたよね?」
「シロが仲間になりました」
「そうですか……」
受付嬢は頭を抱えた。
「一晩で増えるんですか……」
「たまたまです」
「本当に?」
「はい」
受付嬢はキラをじっと見つめる。
それからシロを見る。
そしてクロを見る。
「……まあ、いいでしょう」
受付嬢は依頼書を取り出した。
「今日から、正式に依頼を受けられます」
「本当ですか?」
「はい。ただし、まだ新人ですから無理はしないこと」
「分かりました!」
「それから……」
受付嬢がクロを見る。
「従魔登録をしておきましょう」
「従魔登録?」
「はい。テイマーが魔物を連れて歩く場合、町によっては登録が必要です」
「分かりました」
登録用の魔道具が運ばれてくる。
クロがその上に前足を置く。
魔道具が淡く光った。
> 種族:ブラックウルフ
個体名:クロ
主人:キラ
契約状態:正常
「……」
受付嬢が目を丸くした。
「どうしました?」
「いえ……」
受付嬢は魔道具を何度も確認する。
「ブラックウルフとの契約が、完全に成立しています」
「はい」
「……普通は、もっと時間がかかるんですが」
キラは首を傾げた。
「そうなんですか?」
「テイマーと魔物の契約は、魔物側の服従が基本です」
「服従……」
キラはクロを見る。
クロはキラの足元に座っている。
「僕は……服従させたつもりはありません」
「え?」
「クロが一緒にいたいって思ってくれたから」
受付嬢は少し黙った。
「……そういうテイマーもいるんですね」
そして、シロの登録を始める。
> 種族:ホーンラビット
個体名:シロ
主人:キラ
「これで二匹」
受付嬢が書類を整理する。
「それでは、本日の依頼ですが――」
キラが身を乗り出した。
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「魔物討伐は?」
「ありません」
「……」
「キラ君」
「はい」
「昨日も言いましたが、あなたは十歳です」
「でも……」
「駄目です」
「……はい」
キラは肩を落とした。
リナが隣で笑う。
「諦めなよ」
「強くなりたいのに」
「強くなるために死んだら意味ないでしょ」
「……それはそうだけど」
受付嬢が依頼書を一枚差し出す。
「こちらならどうでしょう?」
《薬草園の警備》
町の外れにある薬草園で、薬草を荒らす小型魔物を追い払う。
報酬――銀貨五枚。
「やります!」
「早いですね」
「銀貨五枚……」
キラは報酬欄を見つめる。
銀貨五枚。
それがあれば、数日は宿に泊まれる。
食事もできる。
そして何より――
「自分で稼いだお金……」
キラは拳を握った。
「やります!」
受付嬢は微笑んだ。
「では、お願いしますね」
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薬草園。
そこは町の外れに広がる広大な畑だった。
薬草は傷を治す薬。
魔力を回復させる薬。
毒を消す薬。
様々な種類が植えられている。
「最近、夜になると魔物が入ってくるんです」
依頼主の女性が説明する。
「薬草を食べてしまったり、畑を荒らしたり……」
「どんな魔物ですか?」
「主に角ウサギやゴブリンです」
「分かりました」
キラは周囲を見る。
「それなら、すぐ終わりそうですね」
「……それが」
女性の表情が曇る。
「最近、少し変なんです」
「変?」
「ええ」
「何がですか?」
「昨日の夜……」
女性が声を落とした。
「畑の奥で、誰かがこちらを見ていたんです」
キラは黙った。
「人ですか?」
「分かりません」
「どんな姿でした?」
「……見えなかったんです」
女性が震える。
「でも、目だけが……」
「目?」
「赤く光っていました」
キラはクロを見る。
クロは何も言わない。
ただ、森の方向を見つめている。
「……」
嫌な感じがした。
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その日の仕事は、薬草の周囲を見回ることから始まった。
「クロ」
「ワフ」
「何か見つけたら教えて」
「ワフ」
クロが鼻を地面に近づける。
シロも地面をぴょこぴょこ跳ねる。
ソラは畑の隙間へ入り込んでいく。
「すごいね」
リナが感心する。
「魔物だけでこんなに役割が違うんだ」
「うん」
キラはソラを見る。
スライム。
最初に出会った、最弱の魔物。
でも今では――
キラにとって、大切な仲間だ。
クロを見る。
ブラックウルフ。
昨日まで敵だった。
今は、自分のそばにいる。
そしてシロ。
今日から仲間になった小さな角ウサギ。
「……」
キラは思った。
魔物には、それぞれ違う力がある。
もし――
それを組み合わせられたら?
その瞬間。
頭の中に文字が浮かぶ。
> 《万象共鳴》
> 現在の共鳴対象:3
> 能力情報を確認しますか?
「……!」
キラは思わず立ち止まった。
「どうしたの?」
リナが振り返る。
「ううん……」
キラは目を閉じる。
すると――
自分の中に、いくつもの能力が浮かび上がった。
ソラ
《自己再生》
《吸収》
《物理耐性》
クロ
《俊足》
《身体強化》
《夜目》
《嗅覚強化》
《威圧》
シロ
《魔力感知》
《跳躍》
《角撃》
「……すごい」
今まで、能力は一つずつ覚えていくものだと思っていた。
でも違う。
自分のスキルは――
仲間の能力を組み合わせることができる。
「これなら……」
キラはクロの《俊足》を見る。
そして《身体強化》。
> 融合条件を満たしています。
> 《俊足》+《身体強化》
> 上位スキルへの進化が可能です。
「……やってみたい」
キラが選択する。
> 実行しますか?
「はい」
瞬間。
キラの身体を青白い光が包んだ。
「っ……!」
全身が熱い。
筋肉の奥に力が流れ込んでくる。
そして。
> 《高速身体強化》を獲得しました。
「……」
キラは目を開いた。
「これが……上位スキル」
身体が軽い。
今までとは全然違う。
キラは一歩踏み出す。
ドンッ!
「え?」
気づいた時には、十メートルほど先にいた。
「……ええっ!?」
リナが驚く。
「キラ!?」
「今、僕……」
「走ったの?」
「うん……」
「速すぎるよ!」
キラ自身も驚いていた。
「すごい……」
自分の力が。
少しずつ変わっている。
昨日までは、ただ能力をもらうだけだった。
でも今は違う。
能力を組み合わせ、新しい能力を生み出せる。
「……僕のスキルって」
キラは自分の手を見る。
「本当に、すごいのかもしれない」
その言葉を口にした瞬間。
遠くで。
――グルルルル。
獣の唸り声が響いた。
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「来るよ」
クロが低く唸る。
「何匹?」
リナが構える。
「……ワフ」
クロの耳が動く。
「三……いや、五匹」
草むらからゴブリンが現れた。
「ギャギャッ!」
五匹。
棍棒や短剣を持っている。
「キラ、下がって!」
「ううん」
キラは首を振った。
「今度は僕も戦う」
リナが驚く。
「大丈夫?」
「うん」
キラは一歩前へ出る。
「クロ!」
「ワフ!」
クロが一気に駆ける。
ゴブリンの横をすり抜ける。
その速さは、昨日とは別物だった。
「速い!」
リナが驚く。
クロが一匹のゴブリンを転倒させる。
そこへシロが飛び込む。
「ぴょん!」
角撃。
小さな身体からは想像できない勢いでゴブリンを吹き飛ばす。
「すごい……」
ソラも負けない。
「ぷる!」
身体を広げてゴブリンの足を絡め取る。
「今!」
キラが走る。
《高速身体強化》。
一瞬で距離を詰める。
「はあっ!」
木の棒を叩き込む。
一匹。
二匹。
ゴブリンが次々と倒れていく。
「……」
戦いが終わった。
キラは息を整える。
「勝った……」
リナが呆然とする。
「キラ」
「なに?」
「さっきまでのキラと、別人みたい」
「……僕もそう思う」
キラは拳を握った。
確実に強くなっている。
でも――
この力を使えば使うほど、もっと強くなりたいと思ってしまう。
その気持ちが少し怖かった。
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依頼を終え、ギルドへ戻る。
報酬の銀貨五枚。
キラはそれを両手で受け取った。
「ありがとうございます」
「こちらこそ。助かりました」
キラは銀貨を見る。
「……」
前世でも。
王都でも。
こんなに嬉しいお金はなかった。
誰かに与えられたものじゃない。
自分が働いて得たもの。
「これで……」
「食べ物が買えるね」
リナが言う。
「うん」
キラは笑った。
「今日は少しだけ、いいもの食べよう」
「賛成」
「ソラも?」
「ぷる!」
「クロは?」
「ワフ!」
「シロは?」
「ぴょん!」
四つの声が重なった。
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その日の夕食。
キラは久しぶりにお腹いっぱいになるまで食べた。
「おいしい……」
スープ。
パン。
肉。
どれも特別高級な料理ではない。
でも。
「おいしいね」
リナが笑う。
「うん」
キラも笑った。
その夜。
キラは布団に入った。
ソラは枕元。
シロは足元。
クロは部屋の入口。
リナは隣の部屋。
「……」
キラは目を閉じる。
静かだ。
安心できる。
そんな夜だった。
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――しかし。
キラは知らない。
シロが持っていた《魔力感知》が、キラの《万象共鳴》によってさらに変化し始めていることを。
そして翌朝。
「……ん?」
キラは目を覚ました。
「何だ……これ?」
世界の見え方が変わっていた。
部屋の中。
リナ。
ソラ。
クロ。
シロ。
それぞれの身体から、淡い光が出ている。
「魔力……?」
キラには、それが見える。
さらに窓の外。
町。
城壁。
その向こうの森。
「……!」
キラは息を呑んだ。
森の奥に――
巨大な魔力が存在している。
クロよりも。
シロよりも。
今まで見たどんな魔物よりも。
圧倒的に大きい。
「……何?」
その魔力は、まるで森そのものが生きているかのようだった。
そして。
森の奥で――
一対の黄金色の瞳が開いた。
「……」
巨大な存在は、ゆっくりと顔を上げる。
「人間の子供……」
低い声。
「面白いものを連れているな」
キラはまだ知らない。
この森には――
「魔物」という言葉では片付けられない存在がいる。
そして、その存在との出会いが。
キラの《万象共鳴》を、次の段階へ進ませることになる。
だが、その前に――
キラには、もう一つ知らなければならないことがあった。
自分が追放された理由。
父親が恐れたもの。
王が隠そうとしているもの。
そして――
《万象共鳴》が、なぜ世界でキラだけに発現したのか。
その答えは。
まだ、誰にも分からない。




