30話 王都再訪
魔獣楽園。
朝。
キラは湖のそばで目を覚ました。
「……ん」
柔らかな草の上で身体を起こす。
周囲では、魔獣たちがそれぞれ自由に過ごしていた。
ソラは湖の中を泳ぎ、クロとシロは森の中を走り回っている。
リーフィは木の枝に座り、朝の光を浴びていた。
そして――。
少し離れた場所には、黒い炎に包まれた巨大な卵。
「……」
キラは卵を見る。
昨日より、ほんの少しだけ――。
表面の亀裂が広がっている。
「まだ生まれないか」
キラが近づく。
そっと手を当てる。
――ドクン。
「……!」
卵が反応した。
「聞こえてる?」
――ドクン。
もう一度。
キラは笑った。
「そっか」
肩に乗っていたカグラが卵を見る。
「ギィ……」
しかし、その目には警戒の色があった。
「カグラ?」
「ギィ」
カグラは卵から目を離さない。
どうやら、この卵に何かを感じているらしい。
キラは卵を見つめた。
必要な素材は三つ。
《聖なる涙》
《竜王の血》
《魔王の魂》
聖なる涙は――。
すでに手に入れている。
残る二つ。
「竜王の血と、魔王の魂……」
まだ手掛かりすら少ない。
その時。
「キラ」
後ろから声がした。
振り返る。
ガルだった。
「朝食ができてるぞ」
「分かった!」
キラは卵をもう一度見る。
「待っててね」
卵は静かだった。
だが――。
黒い炎が一瞬だけ、大きく揺れた。
---
朝食を終えたキラたちは、森の入口に集まっていた。
キラ。
リナ。
ガル。
クゥ。
ノア。
グラディウス。
そしてソラ、カグラたち。
「本当に王都へ戻るのか?」
ガルが聞く。
「うん」
キラは頷いた。
「卵のこともあるけど、王城地下の研究施設について、まだ分からないことが多すぎる」
ノアも静かに頷く。
「俺も行く」
「ノアは……大丈夫?」
「問題ない」
ノアは王都の方向を見る。
「施設の記憶が、まだ残っている」
「……」
「何があったのか、知りたい」
キラは頷いた。
「じゃあ、一緒に行こう」
クゥが杖を持つ。
「王都には、まだ調べるべきことが残っておる」
「例えば?」
「アリアのことじゃ」
キラの表情が変わった。
「……母さん」
「それだけではない」
クゥは続ける。
「地下施設。そして、あの謎の人物」
キラは拳を握る。
「うん」
王都で何が待っているのか。
まだ分からない。
だが――。
逃げているだけでは、何も分からない。
「行こう」
---
数時間後。
キラたちは王都へ到着した。
以前とは違う。
門の周辺には兵士が増えている。
「警備が厳しくなってる」
リナが呟く。
「俺たちを探している可能性があるな」
ガルが周囲を見る。
「それでも入る」
キラは歩き出した。
王都の中へ。
人々が行き交う。
商人の声。
馬車の音。
冒険者たち。
いつもと変わらない街。
しかし――。
キラは感じていた。
「……何か変」
「何がじゃ?」
クゥが尋ねる。
「見られてる気がする」
キラが振り返る。
誰もいない。
「気のせいかな」
ノアが小さく首を振った。
「いや」
「ノア?」
「俺も感じる」
その瞬間。
路地の奥。
一人の男がキラたちを見ていた。
黒いローブ。
顔は見えない。
男はキラと目が合うと――。
静かに路地の奥へ消えた。
「待って!」
キラが走る。
「キラ!」
リナたちも追いかける。
しかし――。
路地の先には誰もいなかった。
「……逃げられた」
ガルが周囲を見る。
クゥは地面に残った魔力を確認していた。
「普通の人間ではない」
「分かるの?」
「魔力の痕跡が妙じゃ」
ノアが呟く。
「施設の人間かもしれない」
「……」
キラは拳を握った。
「気をつけよう」
---
キラたちは冒険者ギルドへ向かった。
受付嬢がキラを見る。
「……お久しぶりです」
「こんにちは」
受付嬢は少し驚いた顔をする。
「また王都へ戻ってきたんですね」
「はい」
キラは尋ねる。
「王城地下の研究施設について、何か分かったことはありますか?」
「研究施設……?」
受付嬢の表情が固まった。
「何か?」
「いえ……」
受付嬢は周囲を確認する。
「その話は、ここではしない方がいいです」
「……」
キラたちは顔を見合わせる。
「どうして?」
受付嬢は声を落とした。
「最近、王都では妙な噂が流れているんです」
「噂?」
「王城地下で、昔の研究が再開されたらしい、と」
キラの目が鋭くなる。
「……再開?」
「はい」
「誰が?」
「それは分かりません」
受付嬢は首を振る。
「ただ――」
「ただ?」
「王城の地下から、夜になると奇妙な魔力が漏れているという話があります」
キラは黙り込む。
ノアの表情が変わった。
「……あそこだ」
「ノア?」
「俺がいた場所」
---
夜。
キラたちは王城から少し離れた建物の屋根の上にいた。
「本当に行くのか?」
ガルが聞く。
「うん」
キラは頷く。
「でも、無茶はしない」
クゥが笑う。
「それを言うのは珍しいのう」
「僕だって学習するよ」
リナが笑う。
「ほんとかなぁ」
キラは王城を見る。
地下。
そこには、まだ秘密が残っている。
そして――。
母、アリアの手掛かりも。
「行こう」
キラたちは王城地下へ向かった。
---
以前訪れた研究施設。
しかし。
そこには以前とは違う光景が広がっていた。
「……」
装置が動いている。
「誰かが使ってる」
ノアが言う。
壁には新しい魔法陣。
床には新しい足跡。
そして――。
中央の装置には、見覚えのある紋章。
「これ……」
キラが近づく。
黒い石と同じ紋章だった。
「どうしてここに?」
クゥが魔法陣を調べる。
「これは古い術式じゃ」
「古い?」
「いや……」
クゥの表情が変わる。
「古い術式を、誰かが再構築しておる」
キラが息を呑む。
「誰かが研究を続けてる?」
「そのようじゃ」
その時。
――カチッ。
奥の扉が開いた。
「!」
全員が振り返る。
暗闇。
その奥から――。
足音が聞こえる。
コツ。
コツ。
コツ。
一人の人物が姿を現した。
老人だった。
長いローブ。
白い髪。
そして――。
キラを見る目。
まるで昔から知っているかのような目だった。
「……」
キラは構える。
「誰?」
老人は答えない。
ただ、キラを見つめ――。
小さく笑った。
「ほほう……」
一歩。
老人が近づく。
「随分と大きくなったものじゃ」
「……!」
キラの身体が固まる。
「僕を……知ってるの?」
老人は答えない。
ただ――。
「お前がここへ来ることも、分かっておった」
ノアが武器を構える。
「何者だ」
老人はノアを見る。
「お前もまだ生きておったか」
「……!」
ノアの表情が険しくなる。
「俺を知っている?」
老人は再びキラを見る。
「さて……」
そして。
「今はまだ、名乗る必要はないじゃろう」
老人の足元に魔法陣が浮かぶ。
「待って!」
キラが手を伸ばす。
しかし――。
光が弾ける。
老人の姿が消えた。
「……」
残されたのは、一枚の紙。
キラが拾う。
そこには――。
『竜王の記録を探せ』
とだけ書かれていた。
キラは紙を握りしめる。
「竜王……?」
クゥが目を細める。
「卵に必要なものと同じじゃな」
「……うん」
そして。
キラの懐にある黒い石が――。
初めて、強く光った。
王都地下。
眠っていた過去が、再び動き始める。
そしてキラはまだ知らない。
竜王の血を探す旅が、自分自身の過去へ繋がっていくことを。
第30話 終




