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27話 生命の世界


 王城地下の研究施設から脱出したキラたちは、森の中を進んでいた。


 しばらく誰も口を開かなかった。


 あまりにも多くのことが起こりすぎた。


 ノアの過去。


 キラの母――アリア。


 実験体001。


 そして、キラのことを知っていた謎の人物。


 まだ分からないことばかりだった。


「……はぁ」


 キラは大きく息を吐いた。


「疲れた」


 隣を歩いていたリナが苦笑する。


「そりゃ疲れるよ。今日だけでいろいろありすぎたもん」


「うん……」


 キラは後ろを見る。


 ガルが周囲を警戒しながら歩いている。


 クゥは杖を持って何かを考えている。


 ノアは少し離れたところを歩いていた。


 カグラは小さな鳥の姿でキラの肩に止まっている。


 そして――。


 グラディウスは、いつものように静かについてきていた。


 戦う必要はない。


 ただ、そこにいる。


 それだけで妙な安心感があった。


「……帰ろう」


 キラが言った。


「どこへ?」


 リナが尋ねる。


 キラは少しだけ笑った。


「魔獣楽園」


 その言葉に、ソラがキラの足元で跳ねた。


「ぷる!」


「うん」


 キラも笑う。


「みんなのところへ帰ろう」


---




 しばらく歩く。


 やがて、キラたちの前に空間の門が現れた。


 キラが手を伸ばす。


 淡い光が広がる。


 ――シュン。


 門が開く。


 その向こうには――。


 森。


 草原。


 湖。


 川。


 そして、魔獣たちが暮らす広大な自然。


「……」


 キラは足を止めた。


「やっぱり……落ち着く」


 ソラが真っ先に飛び込んでいく。


「ぷるるる!」


 森の中を駆け回る。


 遠くから魔獣たちの鳴き声が聞こえてくる。


 キラたちが戻ってきたことに気づいたのだろう。


 次々と魔獣たちが集まってくる。


 キラの周りを走る。


 鳴く。


 身体を擦りつける。


「ちょ、ちょっと待って!」


 キラが笑う。


「みんな、ただいま!」


 魔獣たちの声が森に響く。


 ガルも少しだけ笑った。


「……やっぱりここはいいな」


 リナも頷く。


「うん」


 ノアは少し離れた場所で、その光景を見ていた。


「……」


 キラが振り返る。


「ノア」


「何だ?」


「こっち来てよ」


「……」


 ノアは少し迷った。


 そして、ゆっくり近づいてきた。


 魔獣たちがノアを見る。


 ノアも魔獣たちを見る。


「……」


 一匹の小さな魔獣が、ノアの足元へ近づいた。


 ノアは動かなかった。


 魔獣が鼻先を近づける。


 そして――。


 ちょこん。


 ノアの足に触れた。


「……」


 ノアの表情が少し変わった。


「こいつは……俺を怖がらないのか」


 キラが笑う。


「仲間だからじゃない?」


「……仲間」


 ノアはその言葉を静かに繰り返した。


---




 キラは魔獣楽園を見回した。


 ここにはすでに、豊かな自然がある。


 森。


 草原。


 湖。


 川。


 いろいろな植物。


 魔獣たちが暮らす場所。


 以前のように、


「何もない空間に森を作ろう」


などという段階ではない。


 この場所は、すでに十分に豊かだった。


「……」


 キラは森を見る。


「ここ、もうかなり大きくなったよね」


「うむ」


 クゥが頷く。


「時間をかけて、ずいぶん安定してきたのう」


「でも……」


 キラは眉をひそめる。


「なんか、変」


「何がじゃ?」


「前より……みんなの気配が近い」


 クゥが少し目を見開く。


「ほう」


「森も」


「……」


「湖も」


 キラは胸に手を当てる。


「全部が、どこかで繋がってるような感じがする」


 クゥが杖を持ち上げた。


「少し調べてみるかの」


---




 クゥが地面へ杖を当てる。


 ――トン。


 淡い光が地面へ広がる。


「……」


 しばらく目を閉じる。


「これは……」


「どう?」


 キラが聞く。


「予想以上じゃ」


「何が分かったの?」


 クゥは森を見る。


「《生命領域》そのものが、変化を始めておる」


「変化?」


「うむ」


 クゥが説明する。


「以前の《生命領域》は、おぬしの魔力によって自然を維持する側面が強かった」


「うん」


「じゃが、今は違う」


 クゥが森を見る。


「この場所に暮らす魔獣たち」


「森の木々」


「草花」


「湖の水」


「それぞれの生命が互いに影響を与え始めておる」


「……」


「つまり――」


 クゥが微笑んだ。


「この魔獣楽園そのものが、自分で生命を循環させ始めたのじゃ」


 キラは目を見開いた。


「自分で?」


「そうじゃ」


---




 キラが森を見る。


 木々が風に揺れている。


 葉が落ちる。


 土へ戻る。


 そこへ小さな草が生える。


 草を小さな魔獣が食べる。


 その魔獣が残したものが大地へ戻る。


 そしてまた、植物が育つ。


 今までにもあった自然の循環。


 それが――。


 この空間の中で、明確な「生命の循環」として成立し始めていた。


「……すごい」


 キラは呟く。


「僕が何もしなくても?」


「完全に何もしなくてよいわけではない」


 クゥが答える。


「じゃが、以前のようにおぬしが一つ一つ維持する必要はなくなっていくじゃろう」


「じゃあ……」


 キラは笑った。


「この場所自身が、成長するってこと?」


「そういうことじゃ」


---




 その時だった。


「……あれ?」


 リナが声を上げる。


「どうしたの?」


「私の魔力が、少し回復してる」


 キラも気づく。


 ガルの身体からも、僅かに魔力が戻っている。


「俺もだ」


 ガルが手を握る。


「森に入ってから、身体が軽い」


 ノアも自分の手を見る。


「……俺も同じだ」


「ノアも?」


「ああ」


 クゥが頷く。


「この場所の生命力が、少しずつ住人へ還元され始めておる」


「住人……」


 キラは魔獣たちを見る。


 ソラも元気そうだ。


「ぷる!」


 カグラも肩の上で小さく羽ばたいた。


「ギィ」


 キラは笑った。


「みんなが元気になる場所なんだ」


---



 突然――。


 森に風が吹いた。


「……?」


 キラが顔を上げる。


 木々の葉が揺れる。


 そして、ほんのわずかに色が変わった。


「葉っぱが……」


 リナが驚く。


 緑色だった葉の一部が、淡い黄色へ変わっている。


 さらに。


 別の場所では花が咲いた。


 その隣では、新しい芽が出ている。


「何が起こってるの?」


「……季節じゃ」


 クゥが静かに言った。


「季節?」


「うむ」


 クゥは空を見上げる。


「これまで、この場所は『自然が存在する空間』だった」


「……」


「じゃが今は――」


 クゥが魔獣楽園を見回す。


「時間の流れと生命の循環が、一つに結びつき始めておる」


 キラの目が輝く。


「春とか夏とか、そういうの?」


「そうじゃ」


「この場所にも?」


「うむ」


 キラは嬉しそうに笑った。


「じゃあ、本当に世界みたいだ」


---



 その時。


 森の奥から――。


 淡い光が見えた。


「……?」


 キラが振り向く。


「あれは何じゃ?」


 クゥが呟いた。


「行ってみよう」


 キラたちは森の奥へ進む。


 やがて、一行は一本の巨大な古木の前に出た。


「……」


 この木は、以前からここにあった。


 魔獣楽園ができた頃から、ずっとここに立っている。


 だが――。


 今は幹の一部が白く光っていた。


「こんな色だったっけ?」


 リナが尋ねる。


「いや」


 クゥが首を振る。


「この光は、今までなかった」


 キラが木へ近づく。


 そっと手を当てる。


 ――ドクン。


「……!」


 キラの身体に、何かが流れ込んできた。


 森。


 湖。


 魔獣たち。


 そして――。


 キラ自身。


 全部が一本の線で繋がっている。


「……」


 キラが手を離す。


「今、みんなのことが見えた」


「何じゃと?」


「この木を通して……」


 キラは胸に手を当てる。


「魔獣楽園全体が、繋がってるみたいだった」


 クゥが黙る。


 しばらくして。


「この古木が……」


 クゥが呟く。


「生命領域の核になっておるのかもしれぬ」


「核?」


「この場所の生命を繋ぐ中心じゃ」


 キラは白い光を見る。


「大事にしよう」


「うむ」


---




 その瞬間。


 キラの視界に文字が浮かんだ。


«《万象神域》»


«生命領域との完全接続を確認。»


«魔獣楽園の生命循環が安定しました。»


«領域機能が一段階進化します。»


「……!」


 キラが目を見開く。


 だが、今回は新しいスキル名は出てこなかった。


 代わりに――。


«既存生命の自律成長が可能になりました。»


«環境変化による自然進化を確認。»


«魔獣楽園は、自律的に成長します。»


「……自分で成長する」


 キラが呟く。


 クゥが頷いた。


「それこそが、おぬしが最初から求めていたものではないか?」


「……」


 キラは魔獣たちを見る。


 以前は、


「みんなを収納して安全にする場所」


を考えていた。


今は――。


「みんなが自分の力で、生きていける場所」


になろうとしている。


「うん」


 キラは笑った。


「これがいい」


---




 夕方。


 キラたちは湖の近くに集まっていた。


「この場所、これからどうしたい?」


 キラが皆に尋ねる。


 ガルが答えた。


「魔獣たちが安全に暮らせるなら、それでいい」


 リナは、


「水場や食べ物が安定していれば、もっと暮らしやすいね」


 ノアは森を見る。


「守るための場所も必要だ」


「うむ」


 クゥが頷く。


「じゃが、まずは住人が増えても困らぬよう、生活の基盤を整えるべきじゃろう」


 キラは頷いた。


「じゃあ――」


 森を見る。


「家を作ろう」


「家?」


 リナが笑う。


「とうとうそこに行くんだ」


「うん」


 キラが嬉しそうに答える。


「森もある」


「湖もある」


「食べ物もある」


「でも……」


 キラは魔獣たちを見る。


「帰ってきて眠れる場所が欲しい」


 ノアが静かに頷いた。


「それなら、俺も手伝う」


 ガルも立ち上がる。


「俺もだ」


 クゥは杖を肩に担ぐ。


「では、次は村づくりじゃな」


「村!」


 キラの目が輝く。


「うん!」


---




 夜。


 魔獣楽園には星が浮かんでいた。


 湖には月が映っている。


 森は静かに呼吸している。


 魔獣たちはそれぞれの場所で眠っている。


 キラは湖のほとりに座った。


 ソラが隣で丸くなっている。


「……ソラ」


「ぷる?」


「ここ、どんどん変わっていくね」


「ぷる」


「でも、ちょっと嬉しい」


 キラは笑う。


「僕だけじゃなくて、みんなで作ってる感じがするから」


 ソラがキラの足に寄り添う。


「……うん」


 キラは空を見上げた。


 まだ知らないことはたくさんある。


 アリアのこと。


 王城地下の老人。


 ノアの記憶。


 《万象神域》の本当の意味。


 そして――。


 この白い古木の正体。


 でも。


「少しずつでいいよね」


 キラは呟いた。


 まずは、この場所を大切にする。


 仲間たちが安心して帰れる場所にする。


 それから――。


 母のことを探す。


「明日は家作りだね」


「ぷる!」


 キラは笑った。


 こうして。


 魔獣楽園は「自然が存在する異空間」から、「自ら成長する生命の世界」へと一歩進んだ。


 そして次に始まるのは――。


この世界で暮らすための、最初の村づくりだった。


第27話 終

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