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26話 王都に潜む者


 王城地下。


 古びた研究施設の奥で、キラたちは床に浮かび上がった文字を見つめていた。


『継承者が目覚めた時、扉は開く』


「継承者……」


 キラはその言葉を繰り返す。


 その隣では、ノアがじっと文字を見つめていた。


「……俺は、この文字を知っている気がする」


「本当?」


「ああ。だが……思い出せない」


 ノアは頭を押さえる。


 すると――。


 カチッ。


 再び、施設の奥から音が響いた。


「また……?」


 リナが杖を構える。


 ガルも低く唸った。


「まだ何かいるな」


 エドガーは青ざめていた。


「違う」


「え?」


「いるんじゃない」


 エドガーは震える声で続ける。


「起きたんだ」


 その瞬間。


 地下施設全体が大きく揺れた。


 ――ゴゴゴゴゴ……!


「きゃっ!」


 ミアが壁に手をつく。


「何が起きてるの!?」


 床に描かれていた古代文字が、一つずつ光り始める。


 そして。


 研究施設の最奥にあった巨大な壁が――。


 ゆっくりと左右に開いていった。


「……扉?」


 キラが呟く。


 その向こうには、長い階段が続いていた。


 階段の先は完全な闇。


 ただし。


 闇の中から、かすかに魔力が流れてきている。


 それはノアが持つ魔力とは違った。


 もっと古く。


 もっと静かで。


 そして――。


 異常なほど強い。


「キラ」


 ガルが前に出る。


「ここから先は俺が先に行く」


「うん」


 キラたちは慎重に階段を下りていく。


 一段。


 二段。


 三段。


 そして最後の階段を下りた瞬間。


 巨大な部屋が姿を現した。


「……!」


 部屋の中央には、巨大な魔法陣。


 その周囲には無数の古い本と研究資料。


 そして壁には――。


 何人もの人物の名前が刻まれていた。


「これ……」


 ミアが近づく。


「研究対象者の名前?」


 エドガーが顔をしかめた。


「そうだ」


「お父さん、知ってるの?」


「ああ」


 エドガーは苦しそうに答える。


「ここは、最初の研究施設よりも古い」


「十年前より前からあったってこと?」


「……少なくとも、五十年以上前から存在していた」


 キラが驚く。


「五十年……?」


 その時。


 ノアが突然、魔法陣の前で立ち止まった。


「……ここだ」


「ノア?」


「俺は……ここに来たことがある」


 ノアの瞳が揺れる。


「いや……」


 頭を押さえる。


「俺が生まれた場所……なのか?」


 すると。


 魔法陣が強く光った。


 ――バシュッ!


「うわっ!」


 光の中から、一つの映像が浮かび上がる。


 そこには――。


 幼いキラを抱いたアリア。


 そして、その前に立つ一人の男。


 黒いローブ。


 顔は見えない。


 キラは息を呑んだ。


「この人……」


 記憶の中で、アリアが話していた人物。


 自分を逃がすために協力していた男だ。


 映像の中の男が口を開く。


『アリア。この子の力は、いずれ目覚める』


『……分かっています』


『その時、王家だけではなく――別の者たちも動く』


『別の者……?』


『この国の裏側にいる者たちだ』


 そこで映像が途切れる。


「……」


 キラは黙り込む。


「僕の力を……昔から知っていた?」


 エドガーも険しい表情を浮かべる。


「そんな馬鹿な……」


「お父さん?」


「いや……」


 エドガーは首を振る。


「アリアが、この施設の秘密を知っていたとは聞いていない」


「じゃあ、あの人は誰なの?」


「分からない」


 その時。


 部屋の奥から――。


 パチ……。


 小さな拍手が聞こえた。


「……!」


 全員が振り返る。


 暗闇の中から。


 一人の老人が姿を現した。


 白い髪。


 長い黒いローブ。


 杖を手にしている。


 顔には深い皺が刻まれている。


 だが、その目だけは異様に鋭かった。


「ほほう……」


 老人はキラを見つめる。


「随分と大きくなったものじゃ」


「……誰?」


 キラが尋ねる。


 老人は答えない。


 ただ、楽しそうに笑った。


「その顔……」


 一歩。


 また一歩。


 キラへ近づいてくる。


「アリアによく似ておる」


「……!」


 キラの表情が変わる。


「母さんを知ってるの?」


「ああ」


 老人は即答した。


「よく知っておるとも」


 ガルが前に出る。


「これ以上近づくな」


 老人はガルを見る。


「ほう」


 目を細める。


「狼族か」


「……何?」


「いやいや。懐かしいのう」


 ガルの毛が逆立つ。


「こいつ……」


 ノアも老人を睨む。


「俺も……お前を知っている気がする」


「それはそうじゃろう」


 老人が笑う。


「おぬしは――」


 そこで言葉を止める。


「……いや。今はまだ話す必要はあるまい」


 キラが拳を握る。


「僕の母さんについて知ってるなら、全部教えて!」


「全部?」


 老人は首を傾げる。


「おぬしはまだ何も知らぬ」


「だったら教えてよ!」


「焦るな」


 老人が杖を床につく。


 ――コツン。


 その瞬間。


 キラのスキルが反応した。


《神獣共鳴》


 対象を認識――。


 警告。


 対象の情報を取得できません。


「……!」


 キラの目が見開かれる。


「また……解析できない?」


 ノアを見た時とは違う。


 今度は――。


 そもそも対象として認識できていない。


 老人が笑う。


「そのスキルか」


「……!」


「なるほど」


 老人の表情が変わる。


「本当に目覚めたのじゃな」


「どうして僕のスキルを知ってるの?」


「昔から知っておる」


「昔から……?」


 キラの胸がざわつく。


 老人は静かに言った。


「おぬしが生まれる前からな」


 ――沈黙。


「……僕が生まれる前?」


「ああ」


 老人はキラを見つめる。


「アリアがおぬしを身籠った時から、すべては始まった」


「何が……?」


「王家の計画じゃ」


 エドガーが息を呑む。


「まさか……」


 老人はエドガーを見る。


「久しぶりじゃな、エドガー」


「……!」


 エドガーの顔から血の気が引いた。


「お前……」


「覚えておったか」


 エドガーが震える。


「どうしてお前がここにいる……!」


「ここはわしの研究所でもあるからの」


「……!」


 キラがエドガーを見る。


「お父さん、この人を知ってるの?」


 エドガーは答えない。


 老人が代わりに答えた。


「昔、わしとエドガーは同じ研究をしておった」


「研究?」


「魔物と人間の力を融合させる研究じゃ」


 キラの視線がノアへ向く。


「……じゃあ、ノアも?」


「001は、その研究の最初の成功例じゃ」


 ノアの瞳が揺れる。


「成功……?」


「そうじゃ」


 老人はノアを見る。


「ただし、001は完成品ではない」


 ノアが拳を握る。


「俺は……失敗作なのか?」


「違う」


 老人は首を振った。


「おぬしは――鍵じゃ」


「鍵?」


「そう」


 老人が魔法陣を指す。


「継承者を目覚めさせるための鍵」


 キラが息を呑む。


「僕が……継承者?」


「そうじゃ」


 老人は微笑む。


「おぬしは王家の血だけを継いだ存在ではない」


「……どういう意味?」


「その答えは――」


 老人がキラの胸を指差す。


「おぬし自身が、いずれ知ることになる」


 その瞬間。


 研究施設全体に警報音が鳴り響いた。


 ――ウゥゥゥゥン!


「何!?」


 リナが周囲を見回す。


 エドガーが叫ぶ。


「まずい!」


「どうしたの?」


「王城の兵士がここへ向かっている!」


「どうして分かるの?」


「この施設には外部から侵入された時に知らせる警報がある!」


 老人が笑う。


「ほう」


「何がおかしいの?」


「ちょうどよい」


 老人は杖を掲げる。


「役者が揃ってきたようじゃ」


 キラが警戒する。


「あなたは何をするつもり?」


 老人は答えない。


 ただ、キラの前を通り過ぎ――。


 魔法陣の中央へ立つ。


「キラ」


「……?」


「おぬしには、まだ早い」


 老人の目が鋭くなる。


「じゃが――」


 魔法陣が青白く輝く。


「王都に戻れば、すべてが動き始める」


「何が……?」


「おぬしを狙う者」


 老人は静かに告げた。


「おぬしを守ろうとする者」


 そして――。


「そして、おぬしの母を知る者」


 キラの心臓が跳ねる。


「母さんを知っている人が……王都にいるの?」


「ああ」


 老人が笑う。


「それも一人ではない」


 ――ドン!


 遠くで扉が破られる音が響いた。


「来たようじゃな」


 ガルが構える。


「敵か?」


「王城の兵士だ」


 エドガーが答える。


 キラは老人を見る。


「あなたは誰なの?」


 老人はしばらく黙っていた。


 そして。


「今は名乗らぬ」


「どうして?」


「おぬしが自分の力で、わしの正体に辿り着くのを待つとしよう」


 老人の身体が黒い霧に包まれる。


「待って!」


 キラが手を伸ばす。


 しかし。


 老人の姿は消えていく。


「最後に一つだけ教えてあげよう」


 声だけが響く。


「アリアは――」


 キラが息を止める。


「まだ生きておる」


「……!」


 そして。


「探すがよい」


 黒い霧が消えた。


 そこには誰もいなかった。


「母さんが……生きてる……?」


 キラの目に涙が浮かぶ。


 だが、その直後。


 地下施設の入口から大量の兵士がなだれ込んできた。


「いたぞ!」


「継承者を確保しろ!」


「誰一人逃がすな!」


 キラたちは一斉に身構える。


 ノアがキラの前に立った。


「主」


「ノア?」


「俺が守る」


 キラはノアの背中を見る。


 そして――。


 強く頷いた。


「うん」


 キラの手に魔力が集まる。


「僕も戦う」


 こうして。


 王城地下で始まった小さな事件は――。


 ついに王都全体を巻き込む戦いへと変わろうとしていた。


 そして王都のどこか。


 黒いローブの老人は、窓から夜の街を眺めていた。


「さて……」


 老人が静かに笑う。


「十年ぶりの再会じゃ」


 その視線の先には――。


 巨大な王城。


「アリアの息子よ」


 老人は小さく呟いた。


「おぬしが、どこまで真実に辿り着けるか……」


 そして。


「楽しみにしておるぞ」


 第26話 終

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