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25話 実験体


 王城地下。


 十年前に閉鎖された研究施設。


 その奥で――。


 キラたちは、一体の巨大な魔物と対峙していた。


 全身を黒い毛に覆われた、人間より一回り大きな身体。


 鋭い爪。


 赤く光る瞳。


 そして胸元には、古びた研究番号。


> 『実験体――001』




 その魔物は、キラを見つめていた。


「……キ……ラ……」


「……!」


 キラの身体が固まる。


「今……僕の名前を呼んだ?」


 魔物は苦しそうに息を吐く。


「キ……ラ……」


 間違いない。


 キラの名前を呼んでいる。


「どうして……?」


 キラが一歩前へ出る。


 だが。


「キラ、待て!」


 ガルが腕を伸ばして止めた。


「危険だ」


「でも……」


「こいつからは、今まで感じたことのない魔力を感じる」


 ガルの毛が逆立つ。


「油断するな」


 キラも警戒を解かなかった。



---




「グルル……」


 魔物が唸る。


 その瞬間。


 キラの視界にスキルの表示が浮かんだ。


《神獣共鳴》――進化条件達成。

新たなスキルが発現します。

《万象神域》





> 対象:実験体001

種族:不明

危険度:極高

状態:重度の魔力汚染

能力:解析不能

テイム可能性:判定不能




「……テイムできない?」


 キラは驚いた。


 今まで見たことのない表示だった。


 リナが尋ねる。


「どうしたの?」


「僕のスキルが、あいつを解析できない」


「そんなことあるの?」


「分からない……」


 キラ自身にも初めての経験だった。



---




「近づくな!」


 突然、エドガーが叫んだ。


 キラが振り返る。


「お父さん?」


「そいつは危険だ!」


 エドガーの顔には明らかな恐怖が浮かんでいる。


「十年前、この研究施設で最初に作られた実験体だ」


「作られた……?」


「人間の魔力と魔物の魔力を融合させる研究だった」


 エドガーは苦しそうに話す。


「最初は失敗だった」


「じゃあ、あいつは……」


「人間だった」


 キラの目が大きくなる。


「……人間?」


 ミアも息を呑んだ。


「そんな……」


「実験体001は、魔物ではない」


 エドガーが言う。


「人間の身体に、魔物の力を無理やり植え付けた存在だ」


 キラは魔物を見る。


 赤い目。


 巨大な身体。


 だが、その目の奥には――。


 確かに知性がある。



---




 実験体001が再び口を開く。


「キ……ラ……」


「僕を知ってるの?」


「……ア……リ……ア……」


 キラの息が止まる。


「今……何て?」


「ア……リ……ア……」


 その名前。


 母親の名前。


「母さんを知ってるの?」


 キラが一歩近づく。


「キラ!」


 ガルが止める。


 だが、キラは立ち止まらなかった。


「教えて」


 実験体001を見つめる。


「母さんはどこにいるの?」


「……」


 実験体001の身体が震える。


「逃……げ……ろ……」


「え?」


「アリア……逃げろ……と……」


 キラは目を見開いた。


「母さんが逃げた?」


 実験体001は頷く。


「王……が……」


「王?」


 キラの顔が険しくなる。


「国王が母さんを追ったの?」


「……違……う」


「じゃあ誰?」


 実験体001は苦しそうに胸を押さえる。


「……黒……い……」


「黒い?」


「黒い……者……」


 そこで魔物が苦しみ始めた。


「グァァァァッ!」


「大丈夫!?」


 キラが駆け寄る。


「近づくな!」


 エドガーが叫ぶ。


 だが――。


 キラは止まらなかった。



---




 実験体001の身体から黒い魔力が噴き出す。


「危ない!」


 リナが防御魔法を展開する。


 ――ドォン!


 黒い魔力が壁にぶつかる。


「リナ!」


「大丈夫!」


 リナが歯を食いしばる。


「でも、長くは持たない!」


 ガルが前に出る。


「俺が押さえる!」


 ガルが実験体001へ飛びかかる。


「グルァッ!」


 爪と爪がぶつかる。


 ――ガキィン!


 ガルが押し返される。


「ガル!」


「問題ない!」


 ガルが踏ん張る。


 キラは叫んだ。


「ソラ!」


「ぷるっ!」


 ソラが飛び出す。


「《スライム強化》!」


 キラの身体に魔力が流れ込む。


 身体能力が一気に上がる。


「行く!」


 キラが走る。


 実験体001の腕をかわし、懐へ潜り込む。


「キラ!」


 リナが叫ぶ。


 キラは手を伸ばした。


「僕は敵じゃない!」


 実験体001の胸へ手を当てる。


「僕は――」


 一瞬。


 キラのスキルが強く輝いた。


> 《万象神域》




> 対象の魂に接触しました。




> 強制テイムを解除します。




「……え?」



---


◆ 001の記憶


 キラの視界が真っ白になった。


 次の瞬間。


 そこには――。


 十年前の研究施設が映っていた。


「……!」


 キラは気づいた。


 これは記憶だ。


 誰かの記憶。


 白衣を着た研究員たち。


 怒鳴り声。


 魔法陣。


 そして――。


 一人の女性。


「母さん……」


 アリアだった。


 腕には、生まれたばかりの赤ん坊。


 キラ。


「この子を実験に使うつもりですか?」


 アリアが怒鳴っている。


「王命です」


 研究員が答える。


「この子には特殊な魔力がある」


「だから何です!」


「魔物の能力を取り込める可能性がある」


 キラの心臓が跳ねる。


「そんなこと……」


 アリアが赤ん坊のキラを抱きしめる。


「絶対にさせません」



---




 記憶の中。


 アリアは誰かに助けを求めていた。


「お願いです」


「この子を逃がしてください」


 そこにいた人物は――。


 黒いローブを着ていた。


 顔は見えない。


「アリア」


 男が言う。


「時間がない」


「分かっています」


「王家に知られた」


「……」


「この子を狙っている」


 アリアはキラを抱きしめる。


「この子だけは……」


 その時。


 研究施設の扉が開いた。


「アリア!」


 兵士たちが入ってくる。


「子供を渡せ!」


「嫌!」


 アリアはキラを抱えて逃げる。


 その途中。


 実験体001の部屋の前を通る。


 当時の001は、まだ人間の姿をしていた。


「アリア……!」


 001が叫ぶ。


「キラを連れて逃げろ!」


 アリアが頷く。


「ありがとう!」


 そして――。


 キラを抱えたアリアは、地下施設の奥へ消えていった。



---



「……!」


 キラが目を開ける。


 目の前には実験体001。


 その目から――。


 涙が流れていた。


「……母さんを助けてくれたの?」


 001は小さく頷く。


「……約束……した」


「約束?」


「キラを……守る……」


 キラの目にも涙が浮かぶ。


「ありがとう」


 キラは001の手を握る。


「母さんを守ろうとしてくれて……ありがとう」


 その瞬間。


 キラのスキルが再び輝いた。


> 《万象神域》




> 対象の魂との親和率が上昇しました。




> テイム可能性――




> 発生。




 キラが驚く。


「……!」


 さらに表示が変わる。


> 特殊条件を確認。




> 対象は本来、テイム可能な存在ではありません。




> しかし、対象は主人公への敵意を持っていません。




> テイムを実行しますか?




 キラは迷わなかった。


「……はい」



---



 光が実験体001を包み込む。


「グ……」


 黒い魔力が少しずつ消えていく。


 巨大な身体が小さくなる。


 そして――。


 光が消えた。


「……」


 そこにいたのは。


 黒い毛並みを持つ、人間に近い姿の青年だった。


 年齢は十代後半ほどに見える。


 頭には獣の耳。


 腕には黒い爪。


 しかし、先ほどまでの凶暴さはない。


 青年はキラを見る。


「……主」


「主?」


「……あなたが……俺を……救った」


 キラは戸惑う。


「僕はただ……」


 青年は頭を下げる。


「俺の名は……」


 しばらく考える。


「……ない」


「名前がないの?」


「ああ」


 キラは少し考えた。


「じゃあ……」


 黒い毛。


 狼のような耳。


 そして、母を守った存在。


「ノア」


「……ノア」


 青年はその名を口にする。


「いい名だ」


 キラが笑う。


「今日から君はノアだ」


 ノアは静かに頷いた。


「……よろしく、キラ」


「うん!」



---




 仲間が増えた。


 それを喜ぶキラたち。


 だが。


 エドガーだけは笑っていなかった。


「……そんな」


 彼は震えていた。


「001が……完全に制御された?」


「お父さん?」


 ミアが尋ねる。


 エドガーはキラを見る。


「君のスキルは……」


 言葉を失う。


「やっぱり……普通じゃない」


 キラは自分の手を見る。


「僕も、まだよく分からない」


「……」


 エドガーは答えない。


 その時。


 研究施設の奥から――。


カチッ。


 何かが起動する音がした。


「……?」


 リナが振り返る。


「まだ何かあるの?」


 エドガーの顔色が変わった。


「……まずい」


「何が?」


「この施設には――」


 エドガーが奥を見る。


「もう一つ、封印された研究区画がある」


「そこには何が?」


 エドガーは答えなかった。


 代わりに。


 床に古い文字が浮かび上がった。


> 『継承者が目覚めた時、扉は開く』




 キラはその文字を見つめる。


「継承者……?」


 そして。


 遠く離れた王都のどこか。


 誰かが、キラの覚醒を感じ取った。


「……ほう」


 まだ姿は見えない。


 ただ、静かな声だけが響く。


「とうとう目覚めたか」


 そして――。


「少しばかり、様子を見に行くとするかの」


 その人物の正体を、キラたちはまだ知らない。



---


第25話 終

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