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24話 母親の記録



 王城の謁見の間。


 キラは、目の前の研究者を見つめていた。


「……地下研究施設に、僕の母さんの記録があるんですね?」


「ああ」


 研究者――ミアの父、エドガーは静かに答えた。


「君が生まれた十年前の記録だ」


 キラの胸が大きく鳴る。


 十年前。


 つまり、自分が生まれた頃。


 今まで何も知らなかった、自分の出生。


 そして――母親。


「行きます」


 キラは即答した。


「僕の母さんのことを知りたい」


 エドガーは少しだけ目を伏せた。


「……分かった」


「お父さん!」


 ミアが声を上げる。


「私も行く」


「駄目だ」


「どうして?」


「研究施設は危険だ」


「でも――」


 ミアはキラを見る。


「キラ君だけ行かせる方が嫌」


 キラも頷いた。


「僕もミアに一緒に来てほしい」


「キラ……」


「ミアのお父さんなら、きっと何か知ってるんだよね」


 エドガーは黙った。


 そして小さく息を吐く。


「……分かった。だが、私の指示には従ってもらう」


「はい」



---




 謁見の間を出ると、エドガーが先頭を歩き始めた。


 王城の一般的な廊下とは違い、進むにつれて人の気配がなくなっていく。


 豪華な壁も消えた。


 代わりに現れたのは、古い石壁。


 階段。


 そして鉄の扉。


 キラは周囲を見回す。


「ここ……本当に王城?」


「王城の地下には、古い施設がいくつもある」


 エドガーが答えた。


「現在使われているのは一部だけだ」


「じゃあ、ここは?」


「十年前に閉鎖された研究区画だ」


 キラが足を止めた。


「十年前……」


「ああ」


 エドガーは扉の前に立つ。


「君が生まれた年に閉鎖された」


 キラは黙った。


 偶然とは思えなかった。



---




 エドガーが鍵を取り出す。


 カチャ。


 鍵を回す。


 しかし――。


「……?」


 鍵が途中で止まった。


「どうしたんですか?」


「おかしい」


 エドガーが眉をひそめる。


「この扉は十年間、誰も開けていないはずだ」


「じゃあ……」


 ガルが扉へ近づく。


 鼻を動かす。


「誰かいる」


「え?」


 全員が固まる。


 ガルが低い声で続けた。


「人間の匂いだ」


 リナが杖を構える。


「誰かが中にいるってこと?」


「ああ」


 キラは扉を見つめる。


 エドガーの顔色が変わった。


「……そんなはずは」


 その時。


 扉の向こうから――。


カツン。


 何かが落ちる音がした。


 全員が身構える。


「誰だ!」


 エドガーが叫ぶ。


 返事はない。



---




 エドガーが魔法を使う。


 ――ガチャン。


 古い扉が開いた。


 中は暗かった。


 リナが小さな光魔法を浮かべる。


 部屋の中が照らされる。


「……」


 キラは息を呑んだ。


 そこには大量の本。


 研究資料。


 魔道具。


 そして――。


 透明な容器が並んでいた。


「何……これ」


 ミアが呟く。


 エドガーは答えない。


 その表情は険しい。


「ここでは何を研究していたんですか?」


 キラが尋ねる。


「魔物の能力についてだ」


「魔物?」


「ああ」


 エドガーは棚を見る。


「魔物の魔力。


 進化。


 特殊能力。


 そして――」


 一拍。


「人間との融合について」


 キラの表情が変わる。


「融合……?」


「魔物の能力を、人間が使えるようにする研究だ」


 キラは自分の手を見る。


「……」


 自分の能力。


 テイムした魔物の能力を自分に追加できる力。


 まさか――。


「僕のスキルと関係あるんですか?」


 エドガーは答えなかった。


 それが答えのように感じられた。



---




 その時。


「キュ……!」


 セレネが突然、キラの腕から飛び降りた。


「セレネ?」


 セレネは部屋の奥へ走っていく。


「待って!」


 キラも追いかける。


 セレネが立ち止まった場所。


 そこには、古い装置があった。


 装置の中央には――。


白い羽根。


「……」


 セレネが震える。


「知ってるの?」


「キュ……」


 セレネの額の紋章が光る。


 装置が反応した。


 ――ピッ。


 古い魔道具が起動する。


 リナが驚く。


「まだ動くの?」


 エドガーも驚いていた。


「電源は切ってあるはずだ……」


 しかし装置は止まらない。


 光が強くなる。


 そして空中に――。


映像が浮かび上がった。



---




 そこに映し出されたのは、一人の女性だった。


 長い赤い髪。


 優しい表情。


 そして――。


「……母さん?」


 キラの声が震える。


 写真ではない。


 記録映像だった。


 女性が誰かに話しかけている。


> 「この子は……普通の子です」




 キラは息を呑む。


> 「この子を利用しないでください」




 映像の女性。


 それは間違いなく――。


キラの母親だった。


「母さん……」


 キラの目から涙が落ちる。


 初めて見る母親。


 記憶の中にはない。


 それでも。


 なぜか分かった。


 この人が母親だ。



---



 映像が続く。


> 「私はこの子を守ります」




 別の男の声が聞こえる。


> 「しかし、王家は認めない」




> 「……分かっています」




> 「この子には特別な力がある」




 母親は首を振る。


> 「だからこそ、普通に育てたいんです」




 そして。


 映像の最後。


 女性がこちらを見る。


> 「キラ」




 キラの身体が固まった。


> 「もし、この映像を見る日が来たなら――」




 女性が悲しそうに笑う。


> 「あなたは、きっと一人じゃない」




 そこで映像が途切れた。


「……」


 キラは動けなかった。


 涙が止まらない。


「僕……」


 唇が震える。


「母さんに……名前を呼んでもらった」


 リナがそっとキラの肩に手を置く。


「うん」


「僕のこと……知ってた」


「うん」


 キラは涙を拭う。


「じゃあ……」


 顔を上げる。


「母さんはどうなったの?」



---




 沈黙。


 エドガーは答えない。


「お父さん」


 ミアが睨む。


「答えて」


「……」


「キラ君のお母さんは?」


 エドガーは目を閉じる。


「……十年前」


 ゆっくり口を開く。


「彼女は、この施設から逃げた」


「逃げた?」


「キラを連れて」


「じゃあ……」


 キラの顔に希望が浮かぶ。


「生きてるの?」


「分からない」


「……」


「王家の追手が彼女を追った」


 キラは息を呑む。


「私は研究員だった」


 エドガーが続ける。


「止めようとしたが……できなかった」


 ミアが父を見る。


「……お父さん」


「彼女はキラを連れて逃げた」


「そして?」


「その後の記録はない」


 キラは俯いた。


「……」


 しばらく何も言えなかった。



---




 キラはもう一度、装置を見る。


 映像の最後。


 そこに記録された名前が浮かんでいた。


『アリア・グランディス』


「……アリア」


 キラはその名前を口にする。


「母さんの名前……」


 初めて知った。


 たったそれだけのことなのに。


 胸がいっぱいになる。


「アリア……」


 何度も呟く。


 忘れないように。



---



 その時。


 ガルが突然、振り返った。


「……来るぞ」


「え?」


 全員が入口を見る。


 ――ドン。


 扉の向こうから音がした。


 続いて。


 ――ドン。


 さらに大きな音。


「何?」


 リナが杖を構える。


「魔物か?」


 ガルが唸る。


「違う」


「じゃあ……」


「複数いる」


 キラは立ち上がる。


「敵?」


「分からん」


 その瞬間。


 研究施設の奥から、巨大な魔力が流れ込んできた。


 セレネが震える。


「キュウッ!」


「セレネ!」


 キラが抱きしめる。


 すると。


 キラのスキルが反応した。


> 《神獣共鳴》が対象の能力を検知しました。




 キラの目が見開かれる。


「……何?」


 目の前に見えたのは――。


> 対象:不明

能力:解析不能

危険度:極高




「解析できない……?」


 キラは驚いた。


 今まで。


 魔物の能力なら、ある程度見ることができた。


 だが。


 今回の相手は違う。



---




 エドガーの顔が青ざめる。


「まさか……」


「知ってるんですか?」


「……この施設には」


 エドガーが震える声で言う。


「十年前から、封印されているものがある」


「何を?」


 答えようとした瞬間。


 ――バキィィン!


 研究施設の奥で、何かが砕けた。


 巨大な咆哮が響く。


グオオオオオオオッ!!


 床が揺れる。


 天井から埃が落ちる。


「全員、構えろ!」


 ガルが叫ぶ。


 キラは仲間たちを見る。


「ソラ!」


 《異次元収納》を開く。


「ぷるっ!」


 スライムのソラが飛び出す。


「クロ! シロ!」


「ワン!」


「ガウ!」


 次々と仲間たちが現れる。


 キラの目が鋭くなる。


「僕たちで止める」


 そして。


 研究施設の奥から――。


巨大な影が姿を現した。


 赤い目。


 黒い身体。


 しかし、その姿にはどこか――。


 人間のような面影があった。


「……何だ、あれ」


 キラは息を呑む。


 その怪物の胸には。


 古い研究番号が刻まれていた。


『実験体――001』


 そして、その怪物がキラを見た。


「……キ……ラ……」


 かすれた声。


 キラの顔から血の気が引く。


「……僕の名前を?」



---


第24話 終

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