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22話 王都到着。再び出会う過去


 ――王都。


 キラたちを乗せた馬車は、巨大な城門の前でゆっくりと速度を落とした。


「……すごい」


 窓から外を見たキラは、思わず声を漏らした。


 高くそびえる城壁。


 白い石で造られた巨大な塔。


 その向こうには、この国の中心である王城が見える。


 キラにとって、初めて見る景色だった。


 いや。


 正確には――。


 初めて、自分の意思で見る王都だった。


 かつて貴族家にいた頃、王都へ来る機会はあった。


 だが、その時のキラはいつも屋敷の馬車の中。


 窓から外を見ることすら嫌がられた。


 まして、自由に街を歩くことなど許されなかった。


「これが……王都」


 キラは窓に顔を近づける。


「人がいっぱいだ……」


「田舎から出てきた子供みたい」


 隣のリナが笑う。


「初めてなんだから仕方ないよ」


「ふふっ」


 リナが楽しそうに笑った。


 向かいに座っていたルナも、窓の外を眺めている。


「王都は以前と変わりませんね」


「ルナは来たことあるんだよね?」


「はい」


 少しだけ表情が曇る。


「……何度か」


 キラはその変化に気づいた。


「嫌な思い出がある?」


「少しだけです」


 ルナは笑った。


「でも、今はキラ様たちと一緒ですから」


「……そっか」


 キラも笑った。



---


◆ ガルの警戒


 その時。


「……」


 ガルが窓の外を睨んでいた。


 普段より明らかに警戒している。


「ガル?」


「人が多すぎる」


「王都だからね」


「違う」


 ガルは低く唸る。


「人が多い場所では、敵がどこにいるか分からない」


 キラも黙る。


 確かにそうだ。


 森なら、敵が来れば気配で分かる。


 だが、この街には何千、何万という人間がいる。


 その中に敵がいても――。


 見つけるのは難しい。


「じゃあ、今日はなるべく一緒に行動しよう」


 キラが言う。


「当然だ」


 ガルが答えた。



---



「次!」


 門番の声が響く。


 馬車が一台ずつ検査を受けている。


 やがてキラたちの馬車の番になった。


「身分証を」


 御者が提出する。


 門番が確認する。


「……問題なし」


 そして馬車の中を確認する。


 門番の目が止まった。


「……」


 セレネ。


 白い毛並み。


 額には小さな光の紋章。


 明らかに普通の動物ではない。


「そちらは?」


 キラは少し緊張した。


「僕の仲間です」


「……聖獣か?」


「はい」


 門番の顔が険しくなる。


 周囲の兵士もセレネを見る。


 キラは無意識にセレネを庇う。


「この子は誰かを傷つけたりしません」


「……」


 しばらく沈黙が続く。


 やがて門番が言った。


「王都では魔物の管理が厳しい。問題を起こさないように」


「分かりました」


 キラが頭を下げる。


「通ってよし!」


 巨大な門が開く。


 キラたちは王都へ入った。



---




 街へ入った瞬間。


「うわぁ……!」


 キラの目が輝いた。


 大通りには店が並んでいる。


 武器。


 防具。


 魔法薬。


 魔道具。


 食料。


 装飾品。


 見たこともない品物が大量に並んでいた。


「すごい……」


 キラが思わず馬車から降りると、すぐにリナが腕を掴んだ。


「待って」


「え?」


「勝手に走らない」


「走ってないよ」


「今にも走りそうだった」


「……」


 ガルが小さく笑う。


「その通りだ」


「ガルまで……」


 キラは頬を膨らませた。


 その様子を見て、ルナが微笑む。


「なんだか、普通の十歳の男の子ですね」


「僕は普通だよ」


「そうですね」


 ルナが笑った。


 キラは少し照れながら歩き出す。



---




 キラたちは人目の少ない路地へ入った。


「みんな、出ておいで」


 キラが《異次元収納》を開く。


 ――シュンッ。


「ぷるー!」


 ソラが飛び出す。


「ワン!」


 クロ。


「ガルル!」


 シロ。


 続いてリーフィが地面へ根を伸ばす。


「キュッ」


 カグラは小鳥の姿でキラの肩へ。


 最後にセレネ。


 それぞれが王都を見回す。


「ソラ、食べ物探してるでしょ」


「ぷるっ!」


「駄目だよ」


「ぷる……」


 クロとシロは鼻を動かし、周囲を確認している。


 ガルはそのさらに外側を見る。


 リーフィは石壁に触れ、植物の状態を調べている。


「みんな、それぞれできることが違うね」


 リナが言った。


「うん」


 キラは嬉しそうに笑った。


 以前の自分なら――。


 こんなに多くの仲間が自分の周りにいるなんて、想像できなかった。



---




 しかし。


 セレネだけは違った。


「……」


 街を見た瞬間から、身体が震えている。


「セレネ?」


 キラがしゃがむ。


「大丈夫?」


 セレネはキラの服を咥えた。


「怖いの?」


「……」


 小さく頷く。


「ここで何かあったの?」


 セレネは王都の中心――。


 王城の方を見る。


 そして。


 震えた。


「……」


 キラはセレネを抱き上げる。


「大丈夫」


 優しく頭を撫でる。


「僕がいるよ」


 セレネがキラの胸に顔を埋める。


 その光景を見ていたガルが、静かに言った。


「この街は、セレネにとって良い場所ではないらしいな」


「うん」


 キラは王城を見る。


「何があったのか……知りたい」



---




 宿を探す前に、必要な物を買うことになった。


「食料は多めに買っておこう」


 リナが言う。


「王都から次の街まで、また何日かかかるか分からないから」


「じゃあ、これも」


 キラが大量の干し肉を指差す。


「それ、ソラが全部食べるよ」


「……」


 キラがソラを見る。


「ぷる?」


「……買おう」


 リナが笑った。


 食料を《異次元収納》へ入れていく。


 以前なら荷物が増えるたびに苦労していた。


 今では――。


 異次元収納のおかげで、かなり楽になっている。


「このスキル、本当に便利だね」


「便利すぎて頼りすぎないようにね」


 リナが注意する。


「うん」



---




 大通りを歩いている時だった。


 キラの足が止まった。


「……」


 向こうから、一台の豪華な馬車がやってくる。


 周囲の人々が道を開ける。


 馬車の扉には――。


グランディス家の紋章。


 キラの顔から笑顔が消えた。


「……キラ?」


 リナが気づく。


 馬車が止まる。


 扉が開いた。


 一人の少年が降りてきた。


 金色の髪。


 整った顔。


 高級な服。


 腰には立派な剣。


 その少年は――。


アルベルト・グランディス。


 かつてキラをいじめていた少年だった。


「……」


 アルベルトもキラを見る。


 そして目を見開いた。


「……お前」


 一歩近づく。


「まさか……」


 キラの胸が締め付けられる。


「キラ……?」



---




 アルベルトは、すぐに笑った。


「ははっ!」


 昔と同じ笑い方だった。


「お前、生きてたのかよ!」


「……」


「てっきり魔物に食われて死んだと思ってた」


 キラは何も言わない。


「それとも、どこかで野垂れ死んで――」


「やめて」


 リナが言った。


「キラに何の用?」


 アルベルトがリナを見る。


「お前は?」


「キラの仲間」


「仲間?」


 アルベルトは笑う。


「こいつに仲間なんているのか?」


 キラの手が震える。


 昔の記憶が蘇る。


『無能』


『落ちこぼれ』


『役立たず』


『お前なんか必要ない』


 何度も。


 何度も。


 言われた言葉。


 キラは目を閉じた。


 そして。


「……いるよ」


 静かに答えた。


「何?」


「僕には仲間がいる」


 ガルがキラの横に立つ。


 クロ。


 シロ。


 ソラ。


 リーフィ。


 カグラ。


 セレネ。


 クゥ。


 そしてリナとルナ。


「たくさんいる」



---


◆ アルベルトの侮辱


「ふん」


 アルベルトはセレネを見る。


「なるほど」


 目が変わった。


「聖獣か」


 キラはセレネを庇う。


「セレネに近づかないで」


「俺にその態度?」


「……」


「お前、自分の立場を分かってるのか?」


 アルベルトは胸を張る。


「グランディス家は王都でも有数の名門だ」


「だから?」


「だから――」


 アルベルトが笑う。


「俺の方が上なんだよ」


 キラは黙ってアルベルトを見る。


「……」


「昔のお前は、俺に逆らうことすらできなかったよな」


 アルベルトが魔力を集める。


「今から思い出させてやるよ」



---




「やめて!」


 リナが杖を構えた。


「キラにこれ以上近づくなら、私が相手になる」


「女が?」


 アルベルトが笑う。


「お前も大したことなさそうだ」


 リナの眉がピクリと動く。


「……言ったね?」


 風がリナの周囲に集まる。


 アルベルトが一瞬だけ驚いた。


「……魔法使い?」


「そうだけど?」


「……」


 リナは笑っている。


 だが、その目は笑っていなかった。


「キラをいじめる人って、本当に嫌い」


 アルベルトが一歩下がる。



---




 今度はガルが前へ出る。


「キラ」


「うん」


「下がっていろ」


「ガル?」


「こいつは、お前を傷つけようとしている」


 ガルの瞳が鋭くなる。


「なら、俺が止める」


 アルベルトが剣を抜いた。


「魔物風情が!」


 ガルは動かない。


「……」


 アルベルトが突っ込む。


 ――ガキィン!


 ガルの爪と剣がぶつかる。


「なっ……!」


 アルベルトの剣が弾かれる。


 ガルは追撃しない。


 ただ。


「二度とキラを傷つけるな」


 低い声。


 アルベルトの顔が青ざめる。



---




「そこまでにしましょう」


 ルナが前へ出た。


 アルベルトが睨む。


「お前は何だ?」


「ルナと申します」


「貴族か?」


「……元、です」


 アルベルトの表情が変わる。


 ルナは静かに言った。


「あなたは自分の家柄を誇っているようですが――」


 一歩近づく。


「家柄が立派でも、本人の行動まで立派になるわけではありませんよ」


「……!」


 アルベルトの顔が赤くなる。


 キラが思わずルナを見る。


「ルナ……」


「事実です」


 淡々としている。


 だが、どこか嬉しそうだった。



---




 アルベルトが再び魔力を集めた。


「なら、まとめて――!」


 火球が生まれる。


 その瞬間。


 セレネがキラの前へ出た。


「セレネ!」


 白い光が広がる。


 ――シュンッ。


 火球が消える。


「……!」


 アルベルトが絶句する。


 キラはセレネを見る。


「ありがとう」


 セレネはキラを見上げた。


 もう震えていない。


 むしろ――。


 キラを守ろうとしている。



---




 そして。


 キラの肩にいたカグラが翼を広げる。


「ギィ……」


 黒い炎。


 ほんの一瞬。


 それだけだった。


 だが。


 アルベルトは明らかに怯えた。


「な……何だ……その魔物……」


 カグラの目が赤く光る。


「ギィ」


 アルベルトの足が震える。


「……」


 キラはカグラの頭を撫でる。


「大丈夫」


 カグラが翼を閉じる。


 キラはアルベルトを見る。


「僕は戦わない」


「……」


「あなたと戦っても、何も変わらないから」


 アルベルトは悔しそうに唇を噛んだ。



---




 その時。


「そこまで!」


 衛兵が駆けてきた。


「何をしている!」


 アルベルトがすぐに声を上げる。


「この魔物たちが――!」


 しかし。


「見ていました」


 衛兵の一人が言った。


「先に魔法を使ったのはあなたでしょう」


「なっ……」


「今回は警告だけにします」


 アルベルトは怒りに震える。


「……キラ」


 最後にキラを睨む。


「覚えておけ」


「……」


「この王都では、俺の方が上だ」


 アルベルトは馬車へ戻っていった。


 やがて馬車は遠ざかる。



---



 アルベルトがいなくなると。


「……」


 キラは黙り込んだ。


 リナが隣に来る。


「キラ」


「うん」


「大丈夫?」


「……分からない」


 キラは正直に答えた。


「怖くはない」


 少し間を置く。


「でも……悔しい」


「……」


「昔のことを思い出した」


 キラは拳を握る。


「僕は、あいつらに負けたくない」


 ガルが言う。


「なら、強くなればいい」


「うん」


「だが、復讐するためではない」


 キラを見る。


「守るためだ」


 キラは頷いた。


「分かってる」


 セレネがキラの足に身体を寄せる。


 キラは笑った。


「僕には、もう仲間がいるから」



---




 その日の夕方。


 ようやく宿を見つけた。


 部屋に入り、荷物を整理する。


 キラは窓から王城を見る。


 夕日を浴びた王城は、まるで別世界の建物のようだった。


「……」


 あそこに国王がいる。


 自分を追放した男。


 そして。


 なぜか、自分の存在を探している者たちがいる。


 キラは胸元に手を当てる。


「僕を追放した理由……」


 ただの無能だから。


 本当に、それだけだったのだろうか。


 最近は、どうしてもそう思えない。



---




 その夜。


 ミアがキラたちの部屋を訪ねてきた。


「キラ君……」


「ミア?」


 ミアの顔は真剣だった。


「話したいことがあるの」


「何?」


「私の父のこと」


 ミアは部屋へ入る。


「私の父は、王城の研究施設で働いてる」


 セレネが反応する。


「……」


「聖獣の研究にも関わっている」


 キラの顔が険しくなる。


「セレネも?」


「……分からない」


 ミアは首を振る。


「でも、研究施設には過去の聖獣の記録が大量に残ってる」


「そこへ行けば、セレネのことが分かる?」


「たぶん」


 ミアは答えた。


「そして――」


 少し迷う。


「あなたのことも」


「僕?」


「研究施設には、十年前に作られた資料があるの」


 キラの心臓が跳ねた。


「そこには――」


 ミアが言葉を続けようとした。


 その瞬間。


コンコン。


 宿の扉が叩かれた。


 全員が黙る。


「……誰?」


 リナが尋ねる。


「失礼いたします」


 外から聞こえた声。


「王城より参りました」


 キラの表情が変わる。


 扉の向こうから、一枚の封筒が差し出された。


 封蝋には――。


王家の紋章。


「キラ様に、国王陛下からの書状をお届けに参りました」


 キラは封筒を見つめる。


 手が震えた。


 恐怖ではない。


 怒りでもない。


 ただ――。


 十年前に自分を捨てた国王が。


 今になって。


 なぜ自分を呼ぶのか。


「……」


 キラは封筒を受け取った。


 封を切る。


 中には、短い文章だけが書かれていた。


> 『赤髪の少年キラよ。


明日、王城へ来い。


そなたに話さねばならぬことがある。』




 キラは手紙を握りしめる。


「……国王が、僕に話したいこと?」


 ガルが静かに言った。


「罠かもしれない」


「うん」


 リナも頷く。


「でも、行かなきゃ何も分からない」


 ルナが続ける。


「王城には危険が多いでしょう」


 ミアも不安そうにする。


「キラ君……」


 キラは仲間たちを見る。


 そして――。


「行く」


 迷いはなかった。


「僕は、ずっと知りたかった」


 自分がなぜ追放されたのか。


 母親は誰だったのか。


 自分のスキルは何なのか。


 そして。


「国王が僕を捨てた理由を」


 キラは王城を見上げた。


「全部、聞く」


 その夜。


 キラたちはまだ知らなかった。


 明日。


 十年ぶりに――。


キラと国王が再び顔を合わせることを。



---


第22話 終


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