19話 双極共鳴
森の中に、緊張した空気が流れていた。
キラの目の前には、数人の男たちが立っている。
全員が鎧を身につけ、腰には剣。
手には、聖獣を捕らえるためなのか、長い鎖や捕獲用の道具を持っていた。
「おい、坊主」
先頭に立つ男が、キラを睨む。
「そこをどけ」
キラは動かなかった。
「……嫌だ」
「聞こえなかったのか?」
「聞こえたよ」
キラは後ろを見る。
そこには、傷ついた聖獣がいる。
白い身体を震わせながら、キラの背中に隠れている。
さっきまで森の中で怯えていた。
人間の姿を見ただけで、明らかに恐怖を感じている。
「この子を傷つけたのは……あなたたち?」
キラが尋ねる。
男は鼻で笑った。
「だったら何だ?」
「……」
「そいつは商品だ。捕まえただけだ」
「でも、あんなに傷だらけだった」
「逃げようとしたからな」
男は悪びれもしない。
「抵抗するから、少し大人しくさせただけだ」
キラの拳が、ぎゅっと握られた。
「……少し?」
リナが隣に立つ。
「キラ……」
「この子の翼、折れてた」
「そうだな」
ガルも武器を構える。
「どうやら話し合いで済む相手じゃないらしい」
男たちが笑った。
「ガキが何人か増えたところで同じだ」
「俺たちは王都所属の《聖獣捕縛隊》だ」
その言葉を聞いた瞬間。
ルナの顔が変わった。
「王都……」
キラが振り返る。
「ルナ?」
「……人間の王国には、聖獣を保護するための組織があるって聞いたことがある」
「じゃあ、この人たちも?」
ルナは首を横に振った。
「違う」
小さな声。
「お父様から聞いた話では……」
ルナは男たちを見る。
「王国には、聖獣を保護する部隊と、聖獣を捕らえて研究する部隊がある」
「研究?」
「聖獣の魔力を利用するために……」
キラの表情が険しくなる。
「つまり、この子も……」
「売るだけじゃないかもしれない」
リナが息を呑む。
先頭の男が笑った。
「余計なことを知ってるガキだな」
男が剣を抜いた。
「だが、知ったところでどうにもならん」
――カチャッ。
男たちも一斉に武器を構える。
「その聖獣を渡せ」
「嫌だ」
即答だった。
「……何?」
「この子は渡さない」
キラは聖獣を背中に庇う。
「僕が守る」
---
「ガキ一人で何ができる!」
男が突っ込んできた。
「キラ!」
ガルが前へ出ようとする。
しかしキラが手を伸ばした。
「ガル、待って!」
「何?」
「僕がやる」
キラは剣を抜いた。
相手は大人。
自分は十歳。
まともに戦えば、体格差は大きい。
でも――。
キラには仲間がいる。
そして。
何より。
「この子を守る」
その気持ちだけは、誰にも負けなかった。
「死ね!」
男の剣が振り下ろされる。
キラは横へ飛んだ。
――ガキィン!
剣が地面を叩く。
「速い……!」
キラ自身も驚いた。
以前なら、こんな攻撃を避けることはできなかった。
カグラとの《神獣共鳴》。
《神獣の眼》。
敵の動きが、はっきり見えている。
肩。
腕。
腰。
次にどこへ攻撃するのか。
「そこ!」
キラが剣を振る。
――ガンッ!
「ぐっ!」
男の剣を弾き飛ばした。
「なっ……」
男が驚く。
キラは追撃しなかった。
代わりに剣先を地面へ向ける。
「もうやめて」
「……ふざけるな!」
男が腰から短剣を取り出した。
「殺す!」
「キラ!」
リナが叫ぶ。
男が突っ込んでくる。
キラは一歩下がる。
だが――。
足が木の根に引っかかった。
「しまっ――」
バランスを崩す。
男の短剣が迫る。
――ガキィン!!
その瞬間。
黒い炎が二人の間に割り込んだ。
「ギィィィ!」
カグラだった。
小さな鳥の姿から一瞬で元の姿へ戻り、翼で短剣を弾き飛ばした。
「……カグラ!」
キラが驚く。
カグラがキラの前に立つ。
全身から黒い炎が噴き出している。
「ギィィィィ……!」
男の顔が青ざめた。
「な……何だ……?」
カグラの瞳が赤く光る。
「そ、その魔力……」
男が震える。
「まさか……」
その言葉を聞いた仲間の男が叫ぶ。
「隊長! こいつ、黒炎不死鳥じゃないですか!?」
「何だと!?」
「伝説級の神獣ですよ!」
男たちがざわめく。
「どうしてこんなところに……」
キラはカグラを見る。
まずい。
正体がバレた。
「カグラ、戻って!」
カグラは一瞬キラを見る。
そして小さな鳥へ戻った。
キラの肩へ飛んでくる。
「……」
男たちの目が変わった。
「捕まえろ!」
「神獣だ!」
「こいつを連れて帰れば――!」
キラの顔から表情が消える。
「……」
今度は怒っていた。
自分を狙うならまだいい。
でも。
カグラまで狙う。
そして――。
傷ついた聖獣まで。
「……許さない」
---
「キラ!」
ガルが前へ出る。
「俺たちもいるぞ」
「ガル……」
「一人で全部背負うな」
ガルが剣を構える。
クロとシロも左右へ散った。
「ワン!」
「グルルル!」
リナが杖を構える。
「私も戦う」
ルナも一歩前へ出た。
「私も……」
「ルナは後ろにいて!」
「でも!」
「お願い!」
キラは真剣な顔で言う。
「今は、僕たちが守るから」
ルナは少し迷い――。
「……分かった」
その場に残る。
そして。
キラは仲間たちを見る。
「みんな、行こう!」
「おう!」
ガルが突撃。
クロとシロが左右から攻める。
リナが魔法を放つ。
「《風刃》!」
――ヒュンッ!
風の刃が男たちの足元を切り裂く。
「うわっ!」
バランスを崩す。
その隙にガルが飛び込む。
「はあっ!」
剣を振る。
「ぐっ!」
男が防御する。
しかし。
――ドンッ!
ソラが巨大化して突進した。
「ぷるるるる!」
「うわあああ!」
男が吹き飛ぶ。
「ソラ、やりすぎないで!」
「ぷるっ!」
リーフィの蔓が別の男の腕へ絡みつく。
「な、何だこの植物は!」
クロが飛びかかる。
「ワン!」
「ぐあっ!」
男の武器が落ちる。
数では敵が上。
しかし――。
キラたちは連携していた。
誰かが攻撃すれば、別の誰かが隙を作る。
一人では弱くても。
仲間が集まれば強い。
---
だが。
「……くだらん」
先頭の男――隊長が呟いた。
「遊びは終わりだ」
男の身体から魔力が噴き出す。
「《身体強化・三重》」
――ドンッ!
地面が砕ける。
「!」
キラが目を見開く。
「速い!」
次の瞬間。
隊長がキラの目の前にいた。
「キラ!」
ガルが叫ぶ。
――ズンッ!
キラは吹き飛ばされた。
「ぐっ!」
背中から木へ叩きつけられる。
「キラ!」
リナが叫ぶ。
「大丈夫……!」
キラは立ち上がる。
胸が痛い。
息も苦しい。
それでも立つ。
隊長が剣を構える。
「これで終わりだ」
キラは剣を握る。
だが。
身体が震えた。
怖い。
十歳の少年が、大人の剣士と戦っている。
怖くないはずがない。
その時。
背後から小さな鳴き声がした。
「……」
聖獣だった。
傷ついた身体で、それでも立ち上がっている。
そして。
キラを見ていた。
「……」
キラは笑った。
「そっか」
怖いのは、自分だけじゃない。
この子も怖い。
だから――。
「僕が逃げたら、この子はもっと怖いよね」
キラは剣を構え直す。
「なら……逃げない」
---
キラの手の甲が光った。
「……?」
《万象共鳴》。
そして。
カグラとの契約紋が輝く。
«《神獣共鳴》発動条件を確認。»
«対象:カグラ»
«対象:聖獣セレネ»
キラが目を見開く。
「セレネ……?」
聖獣が反応した。
「君の名前?」
聖獣が小さく頷く。
「……セレネ」
その瞬間。
新たな文字が浮かんだ。
«特殊共鳴を検知。»
«複数対象との同時共鳴が可能です。»
«《神獣共鳴》が一時的に拡張されます。»
「……!」
キラの身体に、白い光と黒い炎が同時にまとわりつく。
黒い炎はカグラ。
白い光は――。
セレネ。
「何だ……その力は!」
隊長が初めて怯えた。
キラは剣を構える。
「僕にも分からない」
そして。
「でも――」
白と黒の力が一つになる。
「この子たちを守るためなら!」
キラが走った。
---
隊長が剣を振る。
キラが避ける。
今までよりも速い。
そして。
キラの剣が隊長の剣へぶつかる。
――ガキィン!
「なっ……!」
隊長の腕が震える。
「子供の力じゃない!」
キラは一歩踏み込む。
「僕一人の力じゃない!」
黒炎が剣にまとわりつく。
白い光が身体を包む。
「みんなの力だ!」
――ドンッ!!
隊長の剣が弾き飛ばされた。
「ぐっ!」
隊長が膝をつく。
キラは剣を首元へ突きつける。
「……もうやめて」
隊長は悔しそうに睨む。
「殺さないのか?」
「殺さない」
「なぜだ」
「僕は……あなたたちみたいになりたくないから」
隊長が黙る。
「この子たちを傷つけた人と同じにはなりたくない」
キラは剣を下ろした。
---
戦いが終わった。
男たちは全員、武器を失っている。
ガルが隊長の腕を拘束する。
「これで動けない」
リナが周囲を見る。
「キラ……どうする?」
「この人たちを街へ連れていく」
「街に?」
「うん」
キラは隊長を見る。
「この人たちが本当に王都の人なら、ちゃんと調べてもらう」
隊長が鼻で笑う。
「甘いな」
「え?」
「王都へ行けば、お前たちが捕まる」
「どうして?」
「神獣を連れているんだぞ」
隊長は笑った。
「王国は神獣を欲しがる」
キラの表情が変わる。
「……」
「お前がどれだけ強くても、国を相手にすれば――」
その言葉を遮るように。
「ギィ」
カグラが鳴いた。
隊長の顔が引きつる。
キラは静かに言った。
「だったら……」
赤い髪が風に揺れる。
「王都が間違ってるなら、僕がそれを知る」
リナが隣に立つ。
「私も行く」
ガルも頷く。
「俺もだ」
ルナも小さく笑う。
「私も」
キラは仲間を見る。
「……ありがとう」
---
その時。
セレネがキラの前へ歩いてきた。
「セレネ?」
白い聖獣は、キラの手を舐める。
そして――。
キラの胸へ頭を押しつけた。
「……」
キラは優しく撫でる。
「一緒に来たいの?」
セレネが頷く。
「でも、無理はしなくていいよ」
もう一度。
頷く。
「……そっか」
キラは笑った。
「じゃあ、一緒に行こう」
その瞬間。
«対象:聖獣セレネ»
«契約意思を確認。»
«《テイム》が可能です。»
キラは表示を見る。
そして――。
「……契約する?」
セレネはキラを見る。
キラは手を差し出した。
「僕の仲間になってくれる?」
セレネがその手に鼻先を触れた。
«契約成立。»
«《聖獣契約》を開始します。»
«《万象共鳴》が対象を認識しました。»
«セレネとの契約を完了。»
キラの手の甲に、新しい紋章が浮かぶ。
カグラの黒炎。
セレネの白い光。
二つの紋章が重なった。
«《万象共鳴》――新たな段階へ移行。»
«《双極共鳴》を獲得しました。»
「……双極共鳴?」
キラが呟く。
クウが驚く。
「また新しいスキルじゃと……」
グラウディスは黙ってキラを見る。
「……」
その目には、驚きだけではない。
何かを確信したような色があった。
---
セレネがキラの前に座る。
キラの手のひらには、先ほどの聖なる涙がある。
すると。
«《聖なる涙》を卵へ使用できます。»
«使用しますか?»
キラは少し考えた。
「……まだ使わない」
リナが驚く。
「どうして?」
「分からないことが多すぎるから」
キラは卵を思い出す。
聖なる涙。
竜王の血。
魔王の魂。
そして――。
『お前が我を呼んだ』
あの声。
「この卵が何なのか、ちゃんと分かってから使いたい」
グラウディスが頷いた。
「それがいい」
「グラウディスもそう思う?」
「ああ」
グラウディスは空を見る。
「この卵には、我らの知らぬ古い力が関わっている」
「じゃあ、次は?」
「まずは街だ」
グラウディスが言う。
「そして王都へ行く前に――」
一瞬、グラウディスが言葉を止めた。
「人間の国について知る必要がある」
「うん」
キラは頷いた。
「行こう」
---
森で野営することになった。
キラは焚き火の前に座っていた。
隣にはセレネ。
肩には小さな姿になったカグラ。
クロとシロは少し離れた場所で眠っている。
ソラは丸くなっている。
リーフィは木に絡みついていた。
リナとルナは少し離れた場所で話をしている。
ガルは見張り。
「……」
キラは空を見上げる。
まだ十歳。
なのに。
自分の知らないことが、どんどん増えていく。
自分のスキル。
黒炎不死鳥。
謎の卵。
聖なる涙。
魔王。
竜王。
そして――。
「僕自身のこと……」
キラは小さく呟いた。
するとセレネが顔を上げる。
「……大丈夫」
キラが笑う。
「ありがとう、セレネ」
カグラも小さく鳴く。
「ギィ」
「カグラも?」
キラは二匹を撫でる。
「うん」
少しだけ安心した。
しかし。
キラたちが去った森の奥。
倒れた木の陰から――。
一人の男が姿を現した。
「……見つけた」
男の手には、王国の紋章。
だが。
先ほどの捕縛隊とは違う。
黒い外套。
顔を隠す仮面。
「黒炎不死鳥……」
男は呟く。
「そして……白き聖獣」
さらに。
「《双極共鳴》……」
男の口元がわずかに笑う。
「間違いない」
男は懐から一枚の古びた紙を取り出した。
そこには――。
赤い髪の少年の姿が描かれていた。
「十年前から探していた」
男はキラが眠る方向を見る。
「ようやく見つけたぞ」
そして紙の端には――。
『世界を変える少年』
という文字が記されていた。
男は静かに森の闇へ消えていった。
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