17話 冥界喰らい
朝。
キラは、いつもより早く目を覚ました。
「……ん?」
妙な静けさだった。
いつもなら、外からソラの声が聞こえてくる。
「ぷるる~!」
クロが走り回る音。
シロが草原を駆ける音。
リーフィが木の上から騒ぐ声。
けれど今日は――。
妙に静かだった。
「……何かあったのかな」
キラはベッドから降りる。
そして小屋の外へ出た。
「キラ!」
すぐにリナが駆け寄ってきた。
「リナ? どうしたの?」
「こっち!」
リナの顔は真剣だった。
「変なものがあるの」
「変なもの?」
「うん。昨日まではなかったはずなのに……」
キラはリナについて歩いていく。
そして。
「……え?」
目の前に広がっていた光景を見て、キラは立ち止まった。
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黒い卵
草原の中央。
そこに巨大な卵があった。
キラの胸くらいまである大きさ。
表面は漆黒。
しかし、よく見ると赤い線が無数に走っている。
まるで血管のようだった。
そして――。
卵の周囲には黒い炎が揺らめいている。
「……これ、何?」
キラが近づく。
「分からない」
リナが首を振る。
「朝になったら突然ここにあったの」
「誰かが置いたのかな?」
「それも分からない」
少し離れた場所には、ガルとクウもいた。
ガルが腕を組む。
「俺が最初に見つけた」
「危険じゃない?」
「分からない」
ガルは卵を睨む。
「ただ……俺が近づくと反応する」
「反応?」
ガルが一歩近づく。
――ボッ!
卵を包む炎が大きくなった。
ガルが一歩下がる。
――シュゥ……。
炎が小さくなる。
「……なるほど」
キラは考える。
「じゃあ、僕なら?」
「キラ、待って」
リナが止める。
「危ないかもしれないよ」
「うん。でも、確かめたい」
キラは慎重に近づく。
一歩。
また一歩。
――ボッ!
卵の炎が激しく燃え上がった。
「わっ!」
キラは慌てて下がる。
リナがキラの腕を掴む。
「大丈夫!?」
「うん……」
キラは卵を見る。
「僕にも反応する」
クウが眉をひそめる。
「普通の卵ではなさそうじゃな」
「クウにも分からない?」
「さっぱりじゃ」
「……そっか」
その時だった。
「ギィ……」
空から声が聞こえた。
全員が見上げる。
黒い炎をまとったカグラが、ゆっくりと降りてきた。
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カグラの異変
カグラは卵の前に降り立った。
「ギィ……」
先ほどまでとは明らかに違う。
警戒している。
いや――。
怯えている。
「カグラ?」
キラが声をかける。
カグラは卵から目を離さない。
「知ってるの?」
「ギィ……」
答えはない。
ただ、カグラの羽毛が逆立っている。
グラウディスが近づいてきた。
「……」
卵を見る。
そして。
「これは……」
グラウディスの表情が変わった。
「グラウディス?」
「その模様……」
黄金の瞳が鋭くなる。
「見覚えがある」
「本当?」
「ああ」
グラウディスは卵の周囲をゆっくり歩く。
「我がまだ若かった頃、竜族の古い記録で一度だけ見た」
「何の卵なの?」
「分からぬ」
「分からない?」
「記録そのものが禁忌とされていた」
クウが驚く。
「禁忌……?」
「誰も詳しいことを知ることを許されていなかった」
キラは卵を見る。
「じゃあ、この卵は……」
「危険な存在かもしれぬ」
グラウディスはそう言った。
しかし。
「でも……」
キラは卵を見つめる。
「中にいる子、怖がってる」
「……何?」
リナが驚く。
「分かるの?」
「うん」
キラは胸に手を当てる。
「カグラと契約したからかな。何となく分かる」
卵から伝わってくる感情。
恐怖。
孤独。
そして――。
助けを求める気持ち。
「この子、出たいんだと思う」
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《万象共鳴》が反応する
その瞬間。
キラの視界に文字が浮かんだ。
> 《神獣共鳴》反応。
> 対象:不明
> 状態:未孵化
> 危険度:測定不能
「……測定不能?」
キラの顔が強張る。
「どうしたの?」
「スキルが、この卵のことを調べてるんだけど……」
キラは表示を読み上げる。
「種族も分からない」
「神獣ではないのか?」
ガルが聞く。
「分からない」
キラは首を振る。
「カグラのときはちゃんと『神獣級』って出たのに」
グラウディスが黙り込む。
「……」
「グラウディス?」
「いや」
グラウディスは卵を見る。
「ただ、嫌な予感がする」
その瞬間。
――ドクン。
「!」
卵が震えた。
まるで心臓の鼓動のようだった。
――ドクン。
もう一度。
キラの手の甲の紋章が光る。
「……!」
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卵の声
キラの視界が白く染まった。
「ここ……どこ?」
周囲は何もない。
真っ白な世界。
キラが歩く。
「誰かいるの?」
返事はない。
しかし――。
遠くに巨大な影が見えた。
『……なぜ来た』
「!」
声がした。
「君は誰?」
『……我は……』
影がゆっくり動く。
『まだ……生まれていない』
「この卵の中にいるの?」
『そうだ』
「じゃあ、どうして僕と話せるの?」
『お前と繋がっているからだ』
「僕と?」
『《万象共鳴》』
キラは息を呑む。
「どうして君が僕のスキルを知ってるの?」
『……』
影は答えない。
やがて――。
『お前が……我を呼んだからだ』
「僕が?」
『そうだ』
「でも、僕は何もしてないよ」
『お前は知らぬ』
影が言う。
『まだ……何も知らぬ』
「何を?」
『我が何者なのかも』
「……」
『お前自身が何者なのかも』
キラが目を見開く。
「僕が……何者?」
その瞬間――。
「キラ!」
遠くからリナの声が聞こえた。
「キラ! 起きて!」
白い世界が崩れていく。
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現実
「……っ!」
キラが目を開けた。
「キラ!」
リナが心配そうに覗き込んでいる。
「大丈夫?」
「……うん」
「急に動かなくなったから……」
キラは卵を見る。
何も変わっていない。
「夢……?」
しかし。
> 特殊反応を確認。
> 対象との仮契約を確認。
> 対象名:未設定
> 種族:不明
> 出生条件:不明
「……夢じゃない」
キラが呟く。
グラウディスが尋ねる。
「何を見た?」
キラは少し迷った。
そして話した。
「この卵の中の子と話した」
「何と?」
「僕が……この子を呼んだって」
グラウディスが険しい顔になる。
「……」
「それと」
キラは続けた。
「僕自身が何者なのかも、まだ知らないって」
その言葉に。
グラウディスは何も答えなかった。
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突然の侵入者
――ズドォォォン!!
「うわっ!」
地面が大きく揺れた。
森の木々が次々に倒れる。
「何!?」
リナが振り返る。
クロが吠えた。
「ワォン!」
シロも牙を剥く。
「ガルルル……!」
ガルが武器を構える。
「敵だ!」
グラウディスが空を見上げる。
「来たか……」
「何が?」
「この卵を狙う者だ」
森の奥から――。
巨大な魔物が現れた。
全長十メートルを超える異形。
四本の腕。
黒い甲殻。
口から紫色の煙を吐いている。
> 敵性存在を確認。
> 種族:冥界喰らい
> 危険度:A+
> 目的:対象《神獣の卵》の捕食
「この子を食べるつもりなの……?」
キラの表情が変わる。
冥界喰らいが咆哮する。
――グォォォォォ!!
「させない!」
キラが叫んだ。
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仲間たちの戦い
クロとシロが左右へ走る。
「クロ!」
「ワン!」
「シロ!」
「ガルル!」
二匹が同時に飛びかかる。
冥界喰らいが腕を振る。
クロがかわす。
シロが懐へ潜り込む。
「今だ!」
ガルが斬り込む。
――ガキィン!
「硬い!」
刃が弾かれる。
「ぷるるる!」
ソラが巨大化する。
身体を盾のように広げ、魔物の突進を受け止める。
「ソラ!」
「ぷる!」
リーフィも地面から蔓を伸ばす。
「いけ!」
無数の蔓が魔物の脚へ絡みつく。
しかし。
――ブチブチブチッ!
力任せに引きちぎられる。
「強い……!」
キラが驚く。
その上空。
「ギィィィィ!」
カグラが黒炎を放つ。
――ゴォォォォッ!
魔物を炎が包む。
だが。
「グオオオ!」
冥界喰らいは炎を吸収していく。
「効いてない!?」
キラが叫ぶ。
クウが叫ぶ。
「奴は闇や呪いの力を喰らう性質を持っておる!」
「じゃあ、カグラの炎は……」
「普通に撃っても駄目じゃ!」
キラは考える。
《神獣の眼》を使う。
――世界が変わる。
魔力の流れが見える。
敵の身体の中。
大量の闇が集まっている。
しかし――。
「……あそこ!」
胸の奥。
一ヶ所だけ。
闇が逆流している。
「弱点がある!」
「どこだ!」
ガルが叫ぶ。
「胸の真ん中!」
グラウディスが笑う。
「ならば、そこを穿て!」
---
キラはカグラを見る。
「カグラ!」
「ギィ!」
「力を貸して!」
カグラがキラの前へ降りる。
黒い炎が二人を包む。
> 《神獣共鳴》発動。
> 対象:《カグラ》
> 《黒炎》共有
> 《不死》共有
> 《神獣の眼》共有
「……!」
キラの瞳が赤く輝く。
敵の動きがはっきり見える。
「いける!」
キラが走る。
冥界喰らいの腕。
右。
左。
上。
全て見える。
「遅い!」
キラが懐へ潜り込む。
黒炎を拳に集中。
「カグラ!」
「ギィィィィ!」
キラの拳が――。
魔物の胸へ突き刺さる。
――ドンッ!!
黒炎が一点から内部へ広がった。
「グ……」
冥界喰らいの動きが止まる。
「グオ……」
そして。
巨大な身体が――。
ゆっくりと倒れた。
――ズズゥゥン。
静寂。
---
守りたいもの
キラは荒い息を吐いた。
「……終わった」
ガルが近づいてくる。
「やったな」
「みんながいてくれたから」
「それでも最後に倒したのはお前だ」
キラは笑う。
「うん」
その時。
カグラが突然、卵の前へ飛んだ。
「ギィィ!」
「どうしたの?」
卵を見る。
――ピシッ。
「……!」
ヒビが入った。
さらに――。
――ピシッ、ピシッ。
「生まれるの!?」
リナが息を呑む。
しかし。
卵は割れなかった。
代わりに――。
表面に文字が浮かび上がった。
> 第一試練――完了。
「……第一試練?」
キラが呟く。
文字が続く。
> 次なる条件を提示します。
> 《聖なる涙》
> 《竜王の血》
> 《魔王の魂》
「……」
全員が凍りついた。
「魔王の……魂?」
リナが呟く。
ルナの顔が青ざめる。
「……お父様」
グラウディスも卵を睨む。
「竜王の血……だと?」
クウが震える。
「これは……ただの卵ではないぞい」
そして最後の文字が浮かび上がった。
> 三つの力が揃った時――
> 《世界を変える存在》が孵化します。
キラは卵を見る。
「世界を……変える?」
カグラが小さく鳴く。
「ギィ……」
キラはそっと卵に手を触れた。
「……分かった」
卵は静かだった。
「君が何者なのか、僕が何者なのか……」
キラは笑う。
「一緒に探そう」
――ドクン。
卵が一度だけ鼓動した。
まるで――
返事をするように。
---
第十七話 終
次回 第十八話
「聖なる涙を求めて」
卵を孵化させるために必要な三つの力。
《聖なる涙》
《竜王の血》
《魔王の魂》
まずキラたちは、《聖なる涙》の手掛かりを探すため、人間の街へ向かう。
しかし、街へ向かう途中――
キラは森の中で、傷ついた一匹の聖獣と出会う。
その聖獣は人間を恐れ、キラたちにも怯えていた。
そしてキラは知る。
《聖なる涙》は、聖獣なら誰でも流せるものではない。
その涙を流すためには――
「心から誰かを信じること」
が必要だった。




