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16話 神獣契約


 ――ギィィィィン!!


 黒い炎が、《魔獣楽園》の空を覆った。


 キラの目の前に降り立った巨大な鳥。


 その身体は、全身を漆黒の炎に包まれている。


 炎は熱いはずなのに、不思議とキラの肌を焼かなかった。


「……」


 キラは黙って、その鳥を見上げる。


 大きい。


 あまりにも大きい。


 翼を広げれば、グラウディスにも匹敵するほどだった。


「こ、これは……」


 リナが言葉を失う。


 クウは杖を握ったまま固まっている。


「神獣……」


 ガルも警戒していた。


「キラ、近づくな」


「でも……」


「まだ何を考えているのか分からない」


「うん」


 キラも警戒していた。


 だが、不思議だった。


 怖くない。


 目の前の神獣からは、凄まじい力を感じる。


 それなのに――


 なぜか、懐かしいような感覚があった。


「……君」


 キラがゆっくり口を開く。


「僕に何か用なの?」


 黒い不死鳥は答えない。


 ただ、キラを見つめている。


 赤い瞳。


 まるでキラの奥底まで見透かすような視線だった。


「……」


 そして。


 不死鳥はゆっくりと頭を下げた。


「え?」


 キラが驚く。


 巨大な頭が、キラの目の前まで降りてくる。


「触っていいのかな?」


 誰も答えない。


 キラは恐る恐る手を伸ばす。


 そして――


 不死鳥の額に触れた。



---




 その瞬間。


 ――ドクン。


 キラの身体の奥で何かが鳴った。


「……っ!」


 視界が真っ白になる。


 そして頭の中に、見たことのない光景が流れ込んできた。


 燃える森。


 崩れ落ちる山。


 真っ赤な空。


 その中を、一羽の巨大な鳥が飛んでいる。


 一羽だけ。


 どこまでも。


 誰にも頼らず。


 誰にも従わず。


 ただ一羽で飛んでいた。


「……寂しい」


 キラの口から、思わず言葉が漏れる。


 不死鳥の身体がわずかに震えた。


「君……ずっと一人だったの?」


 返事はない。


 だが、キラには分かった。


 この神獣は――


 孤独だった。



---



 さらに映像が流れる。


 かつて、この不死鳥には仲間がいた。


 同じ種族の不死鳥たち。


 空を飛び。


 山に巣を作り。


 互いに寄り添って生きていた。


 しかし――


 ある日。


 人間たちがやって来た。


 神獣の力を利用するためだった。


 不死鳥たちは襲われた。


 戦った。


 逃げた。


 そして――


 仲間たちは次々と倒れていった。


「……」


 キラの胸が苦しくなる。


 最後に残ったのは、この一羽だけ。


 不死鳥は逃げた。


 それから何百年。


 誰とも群れず。


 誰にも近づかず。


 ただ一人で生きてきた。


 キラの視界が元に戻る。


「……そっか」


 キラは不死鳥の額に手を置いたまま呟く。


「ずっと一人だったんだね」


 不死鳥が静かに目を閉じた。


「僕も昔は……一人だったよ」


 キラは笑った。


「だから、少し分かる」



---



 その時。


 キラの目の前に文字が浮かんだ。


> 《万象共鳴》が対象との高位共鳴を確認。




> 対象:神獣・黒炎不死鳥




> 契約条件を満たしています。




> 《テイム》を実行できます。




 キラはその文字を見る。


「……」


 そして不死鳥を見る。


 契約すれば、この神獣は自分の仲間になる。


 能力も使えるようになる。


 きっと、とてつもなく強くなれる。


 だけど――


「……嫌だ」


 キラは首を横に振った。


「え?」


 リナが驚く。


「キラ?」


 クウも目を丸くする。


「なぜじゃ?」


「この子に無理やり従ってほしくない」


 キラは不死鳥を見る。


「僕は……仲間が欲しい」


 少し間を置いて。


「奴隷が欲しいわけじゃない」


 不死鳥の瞳が開く。


 赤い瞳がキラを見つめる。


「だから」


 キラは手を差し出す。


「君が僕と一緒にいたいなら、一緒に来てほしい」


「……」


「嫌なら、それでもいい」


 誰も口を挟まなかった。


 しばらくして。


 不死鳥が翼を広げた。


 ――ゴォォォォォッ!!


 黒い炎が空へ舞い上がる。


「……!」


 キラたちが身構える。


 だが。


 不死鳥は攻撃しなかった。


 炎が徐々に小さくなっていく。


 そして――


 巨大だった身体が、光に包まれた。



---




 光が消える。


 そこにいたのは――


 先ほどまでの巨大な不死鳥ではなかった。


 翼を広げても二メートルほど。


 身体は黒い羽毛。


 翼の先端には赤い炎。


 瞳は美しい金色に変わっている。


「……小さくなった?」


 キラが驚く。


 不死鳥はキラの肩へ飛んできた。


「えっ」


 重い。


「お、重い……!」


 キラがよろける。


「ふふっ」


 リナが笑う。


「神獣を肩に乗せる10歳って……」


「笑わないでよ!」


 不死鳥はキラの肩の上で堂々としている。


「……」


 ガルが呟く。


「ずいぶん気に入られたな」


「そうなのかな?」


 グラウディスが不死鳥を見る。


「間違いない」


「分かるの?」


「ああ」


 グラウディスが少し笑う。


「こやつが自分から誰かの肩に乗るなど、初めて見た」



---




 キラは不死鳥を見る。


「でも、名前がないと困るね」


 不死鳥が首を傾げる。


「名前……」


「うん」


「何がいいかな……」


 キラは考える。


 黒い身体。


 炎。


 そして、何度でも蘇る不死鳥。


「……カグラ」


 不死鳥の目が少し細くなる。


「カグラ?」


「うん」


 キラが笑う。


「炎みたいで、綺麗な名前だから」


「……」


 不死鳥はキラの頬へ頭を寄せる。


「気に入った?」


「――ギィ」


 小さく鳴く。


「じゃあ、君はカグラ!」


 その瞬間。


 キラのスキルが反応した。


> 対象の真名を確認。




> 契約意思を確認。




> 特殊契約を開始します。




「……!」


 キラの手の甲に赤黒い紋章が浮かぶ。


 カグラの胸元にも同じ紋章。


 しかし、普通のテイム契約とは違う。


> 神獣との契約を確認。




> 通常の《テイム》では処理できません。




> 《万象共鳴》が契約形式を変更します。




> 《神獣契約》へ移行。




 キラの身体から光が溢れた。


 カグラも炎を放つ。


 黒と赤の炎が空を覆う。



---




 ――ドォォォォォン!!


 衝撃波が《魔獣楽園》を駆け抜ける。


「うわっ!」


 キラが吹き飛ばされる。


「キラ!」


 クロが飛び出す。


 だが。


「大丈夫!」


 キラは空中で体勢を立て直した。


 自分でも驚くほど身体が軽い。


 着地。


「……何?」


 身体の奥が熱い。


 でも、苦しくない。


 むしろ――


 力が満ちている。


> 《神獣契約》完了。




> 対象:カグラ




> 種族:黒炎不死鳥




> ランク:神獣級




> 固有能力:《不死》




> 固有能力:《黒炎》




> 固有能力:《転生》




> 固有能力:《神獣の眼》




> 特殊能力:《炎獄再生》




> 共鳴可能能力を確認。




> 《万象共鳴》が進化します。




 キラの目の前に、さらに文字が浮かぶ。


> 新スキル――




《神獣共鳴》


 キラは目を見開いた。


「……新しいスキル」


 グラウディスが驚いた顔をする。


「神獣との契約で、スキルそのものが進化したか」


 クウが震える。


「そんなこと、聞いたことがないぞい……」


「僕も聞いたことないよ」


 キラは自分の手を見る。


「これって……」


 カグラが肩へ戻ってくる。


「ギィ」


 その瞬間。


 キラの髪の一部が――


 一瞬だけ赤黒い炎に変わった。


「……!」


 リナが驚く。


「キラの髪……!」


「え?」


 キラが触れる。


 すぐに元へ戻った。


「何だったんだろう?」


 グラウディスは険しい顔をしている。


「……気をつけろ」


「え?」


「神獣の力は、今までの魔物とは次元が違う」


「うん」


「そしてお前自身も変わり始めている」



---



「じゃあ……」


 キラは少し離れた場所を見る。


「試してみてもいい?」


 グラウディスが頷く。


「制御できるならな」


「うん」


 キラはカグラへ意識を向ける。


「《神獣共鳴》」


 ――ゴォッ!!


 黒い炎がキラの身体を包む。


「キラ!」


 リナが驚く。


「大丈夫!」


 炎はキラを焼かない。


 むしろ身体を守る鎧のようにまとわりつく。


「……すごい」


 キラが右手を握る。


 黒い炎が拳を覆う。


「これが……カグラの力」


 少し離れた岩へ向けて拳を振る。


 ――ドンッ!!


 岩が一瞬で消し飛んだ。


「……」


 全員が固まる。


「……」


 キラも固まる。


「やりすぎた?」


 ガルが岩のあった場所を見る。


「……跡形もないな」


 クロも目を丸くする。


「ワフ……」


 クウが頭を抱える。


「まだ十歳なのじゃぞ……」


 リナが苦笑する。


「キラ、どこまで強くなるの?」


「僕にも分からない……」


 キラ自身も少し怖かった。


 強くなる。


 それは嬉しい。


 仲間を守れる。


 でも――


 この力を間違えて使えば。


 誰かを傷つける。


 そう思った瞬間。


 カグラがキラの肩を軽くつついた。


「……」


 キラはカグラを見る。


「大丈夫って言ってるの?」


「ギィ」


 キラは笑った。


「そっか」



---




 その日の昼。


 ガルはカグラをじっと見ていた。


「……」


 カグラもガルを見る。


「……」


「……」


「……ギィ」


「……何だ?」


 カグラが羽を広げる。


 ガルも耳を動かす。


 しばらく睨み合う。


 キラが首を傾げる。


「二人とも、どうしたの?」


 ガルが答える。


「別に」


 カグラも鳴く。


「ギィ」


 そして二人とも反対方向を向いた。


 リナが笑う。


「なんだか似てるね」


「どこがだ?」


 ガルが不満そうに言う。


「カグラもガルも、キラのことを心配してるところ」


「……」


 ガルが黙る。


 カグラも黙る。


「……そうかもしれない」


 ガルが小さく呟いた。


 カグラが翼を広げる。


 そして――


 ガルの頭に羽を一枚落とした。


「……」


 ガルが羽を見る。


「……悪くない」


 カグラが鳴く。


「ギィ」


 いつの間にか。


 カグラも、この場所の仲間になり始めていた。



---



 夕方。


 ルナが湖の近くで座っていた。


 まだ完全には回復していない。


 そこへカグラが飛んでくる。


「……」


 ルナが顔を上げる。


「あなたが……新しい仲間?」


「ギィ」


 カグラはルナの前に降りる。


 ルナは少し迷ってから、手を伸ばした。


「触ってもいい?」


 カグラは動かない。


 ルナが頭を撫でる。


「……暖かい」


 カグラの炎は不思議と熱くない。


 ルナは少し笑った。


「あなたも……一人だったの?」


「ギィ……」


「私も」


 ルナは空を見る。


「ずっと一人だった」


 カグラはルナの隣に座った。


「……」


 その姿を少し離れた場所からキラが見ていた。


 リナが隣に来る。


「何を見てるの?」


「カグラとルナ」


「仲良くなったね」


「うん」


 キラは嬉しそうに笑った。


「ここに来てくれてよかった」



---




 その夜。


 キラは眠っていた。


 ――だが。


 カグラが突然目を開いた。


「……」


 黒い炎が揺れる。


 空を見上げる。


「ギィ……」


 何かを感じ取った。


 同時に――


 キラの《神獣共鳴》が反応する。


> 警告。




> 遠方より高位魔力を検知。




> 対象――不明。




 キラが目を覚ます。


「……何?」


 外へ出る。


 カグラが空を睨んでいる。


 グラウディスもすでに起きていた。


「グラウディス?」


「感じたか」


「うん」


 クウも出てくる。


「これは……」


 そして。


 空に一本の光が走った。


 ――ヒュンッ。


 星空を横切る。


 流星。


 しかし違う。


 キラの《神獣共鳴》が警告を発している。


「……あれ、何?」


 グラウディスが低い声で言う。


「魔王の使者が帰還したのだろう」


「じゃあ……」


「魔王に、報告が届いた」


 キラは空を見上げる。


 カグラが隣に立つ。


 ルナも小屋から出てきた。


「……お父様」


 小さな声。


「怖い?」


 キラが聞く。


「……少し」


 キラはルナを見る。


「大丈夫」


 ルナが顔を上げる。


「どうして?」


「だって」


 キラは仲間たちを見る。


 クロ。


 ソラ。


 シロ。


 リーフィ。


 ガル。


 クウ。


 グラウディス。


 カグラ。


 そして――


 ルナ。


「僕たちは一人じゃないから」


 ルナは少しだけ笑った。


「……うん」



---




 漆黒の玉座。


 魔王が一人、窓から夜空を見ていた。


 そこへ先ほどの使者が戻ってくる。


「陛下」


「報告を」


「はい」


 使者は跪く。


「ルナは、あの少年と行動を共にすることを選びました」


「そうか」


「さらに――」


 使者が一瞬ためらう。


「少年は、新たな神獣と契約しました」


 魔王の目が細くなる。


「神獣?」


「はい」


「名は?」


「黒炎不死鳥――カグラ」


 魔王はしばらく黙っていた。


 そして。


「……あり得ぬ」


「?」


「黒炎不死鳥は、誰にも従わない」


「そのはずでした」


「ならば――」


 魔王は立ち上がる。


「従ったのではない」


 口元に笑みを浮かべる。


「選んだのだ」


 魔王は遠く離れた場所にいるキラを思い浮かべる。


「やはり……」


 赤い瞳が輝く。


「《万象共鳴》は、単なるテイマースキルではない」


 そして魔王は呟いた。


「――あの少年は、一体何者なのだ?」



---


第十六話 終


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