15話 客人は大物ばかり
朝。
《魔獣楽園》には、いつもと変わらない光景が広がっていた。
湖ではソラが泳いでいる。
「ぷるるる~♪」
水面から身体を飛び出しては、また湖へ落ちる。
クロはその様子を眺めながら、少し離れた場所で毛づくろいをしていた。
「……ワフ」
シロは草原を駆け回っている。
「ぴょん! ぴょん!」
リーフィは木の枝の上で昼寝。
そしてクウは――
「……ふむ」
小さな机を出して、何やら本を読んでいた。
その横ではガルが薪を運んでいる。
「これでいいか?」
「うん、ありがとう」
キラが答える。
「助かるよ、ガル」
「このくらいなら問題ない」
ガルは少し得意そうだった。
以前のガルなら、誰かに頼られることなどなかった。
今は違う。
自分にも、この場所で役割がある。
それが少し嬉しかった。
そして――
「キラ!」
遠くからリナが走ってくる。
「朝ご飯できたよ!」
「ありがとう!」
「今日はクロたちの分もあるからね」
「ワフ!」
クロが嬉しそうに尻尾を振る。
そんな平和な朝だった。
――ほんの少し前までは。
---
キラは小屋の中を見る。
そこにはベッドで眠るルナがいた。
魔王印を一部解除したものの、まだ身体にはかなりの負担が残っている。
「……まだ起きないね」
キラが心配そうに言う。
リナがルナの額に手を当てる。
「熱は下がってる」
「よかった」
「でも、魔力がほとんど空っぽ」
キラは頷く。
「しばらく休ませないと」
ガルが壁にもたれながら言った。
「こいつは、まだ俺たちの仲間なのか?」
「うーん……」
キラは少し考える。
「まだ決めてない」
「そうか」
「ルナは魔王から追われてる。僕たちが勝手に仲間にするんじゃなくて、本人がどうしたいかを聞きたい」
ガルは頷いた。
「なるほどな」
クウも本から顔を上げる。
「それが良いじゃろう」
「クウもそう思う?」
「うむ」
クウは眼鏡を直す。
「仲間というのは、契約だけで決まるものではないからの」
キラは少し驚いた。
「クウ、たまには良いこと言うね」
「たまにとは何じゃ!」
「ふふっ」
リナが笑う。
その時――
グラウディスが空を見上げた。
「……来るぞ」
空気が変わった。
クロが立ち上がる。
「グルル……」
ソラが湖から出てくる。
「ぷる……」
シロもキラの横へ。
リーフィが枝から飛び降りる。
ガルもすぐに臨戦態勢になった。
「何が来るの?」
キラが尋ねる。
グラウディスは答えた。
「昨日の魔族たちとは違う」
「……」
「一人だ」
---
《魔獣楽園》の外。
森の中に、一人の男が立っていた。
黒いローブ。
銀色の髪。
細い目。
その身体からは、強大な魔力が感じられる。
しかし――
武器を持っていない。
敵意もない。
男は静かに頭を下げた。
「私は魔王陛下の使者」
「……」
「キラという少年に、伝言がございます」
キラたちは森の中へ出た。
グラウディスが先頭。
キラはその後ろ。
クロたちも全員警戒している。
「何の用?」
キラが尋ねる。
男は微笑んだ。
「魔王陛下より、貴方にお伝えしたいことがあります」
「……」
「ルナを返していただきたい」
キラの表情が変わった。
「嫌だ」
即答。
使者は少し驚いた。
「理由を伺っても?」
「ルナは物じゃないから」
「……」
「返すとか返さないとか、おかしいよ」
ガルが低く唸る。
「そうだ」
クロも牙を見せる。
「グルル……」
使者は魔物たちを見る。
「なるほど」
そしてキラを見る。
「噂以上ですね」
「何が?」
「貴方が魔物を従える理由です」
使者の目が少し細くなる。
「貴方は彼らを道具として扱っていない」
キラは答える。
「当たり前だよ」
「……興味深い」
---
「くだらぬ話は終わりだ」
グラウディスが一歩前へ出る。
空気が一気に重くなる。
使者の顔から笑みが消えた。
「古代竜……」
「貴様、我を知っているな」
「もちろんです」
「ならば理解しているはずだ」
グラウディスの黄金の瞳が光る。
「ここで争えば、貴様は生きて帰れぬ」
「承知しております」
「……何?」
使者は両手を広げる。
「だからこそ、私は戦いに来たのではありません」
グラウディスが黙る。
「では何をしに来た?」
「交渉です」
キラが尋ねる。
「魔王と?」
「はい」
「僕に?」
「はい」
使者は懐から一枚の黒い紙を取り出した。
「魔王陛下からの正式な書状です」
キラが受け取る。
紙には黒い紋章。
魔王の印だった。
---
キラは書状を開いた。
そこに書かれていたのは――
> 《万象共鳴》の使い手へ。
我が娘、ルナを救ったことについて礼を言う。
そして――
一度、話をしたい。
キラは眉をひそめる。
「……娘」
ルナが魔王の娘だという事実。
改めて突きつけられる。
さらに読み進める。
> ルナを無理に連れ戻すつもりはない。
ただし、貴公には知る権利がある。
なぜルナが追われているのか。
なぜ《魔王印》を刻まれたのか。
そして――
なぜ貴公が《万象共鳴》を持つのか。
「……!」
キラの手が止まった。
「僕が……?」
グラウディスが書状を覗く。
「……」
「グラウディス?」
「この魔王……」
グラウディスが険しい顔をする。
「お前のことをかなり調べているな」
「僕のこと?」
「ああ」
クウも近づく。
「《万象共鳴》の存在自体を知っている者は少ないはずじゃ」
「どうして魔王が知ってるの?」
「それが問題なのじゃ」
クウが唸る。
「魔王が、どこまで知っているのか分からぬ」
---
その時。
ガルが使者の前へ歩いていった。
「……」
使者を見る。
「何だ?」
ガルが聞く。
「お前たちは、ルナを連れ戻した後……どうする?」
使者は答えなかった。
「答えろ」
ガルの声が低くなる。
「殺すのか?」
「……」
「魔王の娘だから?」
使者が少しだけ目を細める。
「そのような命令は受けておりません」
「なら、なぜ追った?」
「それは――」
「俺は知っている」
ガルが遮る。
「力が怖いんだろ」
使者が黙る。
ガルの目に怒りが浮かぶ。
「俺もそうだった」
「……」
「力があるから怖い」
ガルが拳を握る。
「異常だから追い出す」
「……」
「自分たちと違うから捨てる」
キラがガルを見る。
ガルは続けた。
「そういうのは……もう見たくない」
キラは何も言わなかった。
ただ。
ガルの肩に手を置いた。
「……」
ガルは少し驚く。
「ありがとう」
「何が?」
「ガルがそう言ってくれて」
「……」
ガルは顔を逸らした。
「別に」
しかし。
尻尾は少しだけ揺れていた。
---
「キラ」
リナが呼ぶ。
「どうする?」
「……」
キラは考える。
魔王と会う。
危険なのは間違いない。
罠かもしれない。
でも――
ルナのこと。
自分の《万象共鳴》のこと。
そして魔王が何を知っているのか。
気になる。
「僕は……」
キラが答えようとした時。
「待って」
リナが言った。
「今すぐ決めなくてもいいんじゃない?」
「え?」
「キラはいつも、一人で決めようとするから」
「……」
「今回はみんなで考えよう」
キラは少し驚く。
リナは続けた。
「クロも、ソラも、シロも、リーフィも、ガルも、クウも、グラウディスもいる」
そして。
「私もいる」
キラは周囲を見る。
確かに。
以前の自分なら、一人で決めていた。
でも今は違う。
「……そうだね」
キラは笑った。
「みんなで考えよう」
---
「まず、わらわは反対じゃ」
クウが手を上げる。
「魔王と直接会うのは危険すぎる」
「僕もそう思う」
キラが頷く。
「だが」
グラウディスが言う。
「情報を得るという意味では悪くない」
「グラウディスは賛成?」
「条件付きだ」
「条件?」
「我も同行する」
「……」
キラが苦笑する。
「グラウディスがいたら、魔王の城が壊れそう」
「壊すつもりはない」
「本当に?」
「……たぶん」
「たぶんなんだ」
リナが笑う。
ガルが口を開く。
「俺は反対だ」
「ガル?」
「ルナを連れて行くのは危険だ」
キラは頷く。
「僕もそう思う」
ガルは続ける。
「なら――」
キラを見る。
「俺が残る」
「え?」
「ルナを守る」
キラは驚いた。
「ガルが?」
「ああ」
ガルは胸を張る。
「俺も仲間だからな」
その言葉に。
キラは嬉しくなった。
「……うん」
ルナを守る役割。
それをガルが自分から引き受けた。
それは、ガルが初めて――
自分の居場所を自分の意思で守ろうとしている瞬間だった。
---
その時。
「……私も行く」
全員が振り返った。
いつの間にか。
ルナが小屋の入口に立っていた。
「ルナ!」
「大丈夫なの?」
「まだ少しふらつくけど……大丈夫」
ルナはキラを見る。
「魔王に会いたい」
「……怖くない?」
「怖い」
ルナは正直に答えた。
「でも……逃げ続けるのも嫌」
「……」
「私は、自分が何者なのか知りたい」
キラは黙って聞く。
「どうして母が殺されたのか」
「……」
「どうして私は捨てられたのか」
「……」
「そして」
ルナは胸に手を当てる。
「どうして私が魔王の娘として生まれたのか」
キラはしばらく考えた。
「……分かった」
「キラ?」
「一緒に行こう」
ルナが頷く。
「ありがとう」
ガルが少し不安そうに言う。
「本当に大丈夫か?」
「うん」
「……」
「ガル」
「何だ?」
「ありがとう」
「……俺は何もしてない」
「してるよ」
ルナが微笑む。
「ここにいてくれた」
ガルは照れくさそうに顔を逸らした。
「……そうか」
---
その時。
キラの《万象共鳴》が突然反応した。
「……え?」
頭の中に警告が浮かぶ。
> 警告。
> 高位存在との共鳴を検知。
> 対象――不明。
「何これ……」
キラが空を見る。
グラウディスも同時に空を見上げた。
「……来たか」
「何が?」
空に――
一匹の巨大な黒い鳥が飛んでいた。
その身体は普通の鳥とは比較にならない。
翼を広げれば十メートル以上。
全身を黒い炎が包んでいる。
「……魔物?」
キラが《魔力感知》を使う。
> 種族:???
> 危険度:S
> 固有能力:《不死鳥》
「不死鳥……?」
キラが呟く。
その黒い鳥は、ゆっくりと降下してきた。
そして。
キラの目の前に降り立つ。
黒い炎が消える。
巨大な鳥がキラを見つめる。
「……」
「……」
しばらく見つめ合う。
すると。
> 《万象共鳴》が対象に反応しています。
> 対象との共鳴率――98%
キラの目が大きく開く。
「……え?」
不死鳥が翼を広げる。
そして――
キラの目の前に頭を下げた。
「……」
グラウディスが驚愕する。
「馬鹿な……」
「どうしたの?」
「こやつは……」
グラウディスの声が低くなる。
「神獣級だ」
キラは不死鳥を見る。
「……仲間になりたいの?」
不死鳥は――
一度だけ鳴いた。
――ギィィィィン!
《魔獣楽園》全体が震えた。
キラのスキルが反応する。
> 契約可能。
> ただし――
> 対象が極めて高位の存在であるため、契約時に特殊能力が発生する可能性があります。
キラは息を呑む。
「……どうしよう」
クウが震える声で言った。
「どうしようも何も……」
グラウディスが不敵に笑う。
「決まっているだろう」
キラを見る。
「お前が決めろ」
キラは不死鳥へ手を伸ばす。
「……よろしく」
黒い炎が――
キラの手を包んだ。
そして。
世界にまだ存在しないはずの新しい力が――
キラの中へ流れ込んだ。
> 《万象共鳴》が――
> 新たな領域へ到達しました。
> 《神獣共鳴》を獲得。
キラの瞳が、一瞬だけ――
黄金色に輝いた。
---
第十五話 終




