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14話 魔族の少女


 ――バキィィィン!!


 《魔獣楽園》の空間に走った亀裂が、大きく広がった。


「キラ!」


 グラウディスが叫ぶ。


 キラは反射的に後ろへ下がった。


 クロが前に出る。


「グルルル……!」


 ソラの身体が膨らむ。


「ぷるるる……!」


 シロも牙を剥く。


 リーフィは木の枝から飛び降り、キラの肩へ戻った。


 クウは杖を構える。


「全員、警戒するのじゃ!」


 そして。


 亀裂の向こうから――


 一人の少女が現れた。


 年齢は、キラより少し上。


 十六歳ほどに見える。


 長い黒紫色の髪。


 赤い瞳。


 頭には小さな黒い角。


 背中には蝙蝠のような翼。


 明らかに人間ではない。


 魔族。


 少女は一歩、こちらへ踏み出した。


「……」


 しかし。


 その身体は大きく揺れていた。


「……あ」


 少女の膝が折れる。


 ――ドサッ。


「!」


 キラが駆け寄ろうとする。


「キラ!」


 グラウディスが止める。


「待て!」


「でも!」


「罠の可能性がある!」


 キラは足を止めた。


 少女は地面に倒れたまま、苦しそうに息をしている。


「……たす……けて……」


 かすかな声。


 キラは迷った。


 敵かもしれない。


 でも――


「……助ける」


「キラ!」


「困ってる」


 キラは少女へ近づいた。


「僕は、困ってる人を見捨てたくない」


 グラウディスは黙った。


 やがて。


「……分かった」


 キラの後ろにつく。


「だが、何かあれば我が止める」


「うん」


 キラは少女のそばにしゃがみ込んだ。


「大丈夫?」


「……」


 返事がない。


「ねえ」


 キラが肩に触れた瞬間。


 少女の身体から――


 黒い魔力が噴き出した。


「!」


 キラが吹き飛ばされる。


「キラ!」


 クロが受け止める。


「大丈夫!?」


「うん……!」


 キラは立ち上がる。


 少女の胸元に、黒い紋章が浮かんでいた。


「……何これ?」


 クウが青ざめる。


「呪いじゃ」


「呪い?」


「それも、かなり強力なものじゃ」


 グラウディスが少女を見る。


 そして。


 黄金の瞳を細めた。


「……まさか」


「グラウディス?」


「この紋章……」


 グラウディスの表情が険しくなる。


「魔王印だ」



---



「魔王印……?」


 キラが尋ねる。


「聞いたことない」


 クウが説明する。


「魔王の血族に伝わる特殊な印じゃ」


「じゃあ、この子は……」


「ただの魔族ではない」


 グラウディスが答える。


「かなり高位の血を引いている」


 キラは少女を見る。


 苦しそうに呼吸している。


「でも、どうしてこんな状態に?」


「分からぬ」


 グラウディスが首を振る。


「だが、これは単なる病ではない」


 キラは《万象共鳴》を発動する。


「調べてみる」


> 《万象共鳴》発動。




> 対象:魔族




> 生命状態――異常。




> 魔力循環――異常。




> 魂魄――拘束を確認。




> 呪印――解析開始。




 キラの目の前に大量の情報が流れる。


「……魂が縛られてる」


「何じゃと?」


「この子自身の魔力じゃない」


 キラは少女の胸元を見る。


「誰かが、魔力を無理やり流し込んでる」


 グラウディスの顔が変わった。


「……なるほど」


「何?」


「追手がいる」


 その瞬間。


 森の外から――


 ドンッ!


 大きな魔力がぶつかった。


「……!」


 キラが振り返る。


 《魔獣楽園》の外。


 何かがいる。


 複数。


 クウが空間を確認する。


「これは……」


「何?」


「この娘を追ってきた者たちじゃ」


 グラウディスが立ち上がる。


「数は?」


「十……いや、二十以上」


 キラは息を呑む。


「そんなに……」


 グラウディスが翼を広げる。


「ならば簡単だ」


 黄金の瞳が光る。


「我が全員――」


「待って」


 キラが止める。


「何?」


「ここは僕たちの家だよ」


 キラは周囲を見る。


 《魔獣楽園》。


 仲間たちが暮らす場所。


「ここで大暴れしたら、みんなが危ない」


 グラウディスが少し考える。


「……確かに」


「外に出て戦おう」


「お前が?」


「うん」


 キラは拳を握る。


「僕も戦う」



---



 《魔獣楽園》の外。


 森の中に、黒い鎧を着た魔族たちが並んでいた。


 数は二十以上。


 その先頭に、一人の大柄な魔族がいる。


「……この辺りだ」


「隊長」


 部下が尋ねる。


「本当にあの娘がここへ逃げ込んだので?」


「ああ」


 大柄な魔族が笑う。


「魔王の血を継ぐ者を逃がすわけにはいかん」


「しかし……」


 部下が震える。


「この魔力は……」


「分かっている」


 隊長が空を見る。


「古代竜だ」


「……!」


「だが、我らの目的はあの娘」


 隊長が剣を抜く。


「邪魔する者は――」


 剣に黒い炎が灯る。


「すべて殺せ」


 その時。


「――誰を殺すって?」


 森の奥から声がした。


「!」


 全員が振り向く。


 そこに――


 キラが立っていた。


 赤い髪。


 小さな身体。


 しかし、その後ろには――


 巨大な魔物たち。


 クロ。


 ソラ。


 シロ。


 リーフィ。


 クウ。


 そして――


 古代竜グラウディス。


 魔族たちの顔が青ざめる。


「……古代竜」


「なぜ……」


「まさか……」


 隊長がキラを見る。


「お前が《万象共鳴》の――」


「その名前を知ってるの?」


「……」


 隊長が剣を構える。


「ならば、貴様も排除する」


 キラの目が細くなる。


「その子をどうするつもり?」


「我らの主のもとへ連れ戻す」


「嫌だ」


「選択肢はない」


「あるよ」


 キラが一歩前へ出る。


「僕が守る」


 隊長が笑う。


「十歳の子供が?」


「年齢は関係ない」


 キラの身体から魔力が溢れる。


「守るって決めたから」



---



「行くぞ!」


 魔族たちが一斉に走る。


「クロ!」


「ワオオオオッ!」


 クロが飛び出す。


 身体能力強化。


 地面を蹴る。


 ――ドンッ!


 一人目の魔族を吹き飛ばす。


「ソラ!」


「ぷるるっ!」


 ソラの身体が巨大化する。


 敵の魔法を正面から受け止める。


「シロ!」


 シロが角を構える。


 ――バシュッ!


 光の弾丸が飛ぶ。


「リーフィ!」


「ぴょん!」


 《生命領域》の力が広がる。


 キラたちの傷が少しずつ回復していく。


「クウ!」


「任せるのじゃ!」


 空間が歪む。


 魔族たちの足元に転移陣が現れる。


「なっ!?」


 敵が次々と別の場所へ飛ばされる。


「そして――」


 キラが前へ出る。


「僕!」


 《万象共鳴》。


 クロの身体能力。


 シロの光属性。


 ソラの防御力。


 リーフィの生命力。


 クウの空間操作。


 それぞれの力がキラへ流れ込む。


「《共鳴強化》!」


 キラの身体が一瞬で加速する。


 ――ドンッ!


「速い!」


 敵の目の前へ。


 拳を構える。


「はっ!」


 ――ドォン!


 魔族が吹き飛ぶ。


 しかし。


「……!」


 キラの腕に黒い炎が触れた。


「熱っ!」


 魔族の魔法。


 キラの腕が赤くなる。


「キラ!」


 リーフィがすぐに治癒する。


「ありがとう!」


 キラは立ち上がる。


 そして敵を見る。


「……強い」


 今までの魔物とは違う。


 明らかに戦闘技術が高い。


「これが魔族……」


 キラは息を整える。


 その時。


「下がれ」


 グラウディスの声。


「グラウディス?」


「ここからは我がやる」


 巨大な魔力が膨れ上がる。


 空気が震える。


 地面が揺れる。


 魔族たちが後ずさる。


「ひっ……」


「古代竜……」


「逃げろ!」


 グラウディスが翼を広げる。


「――遅い」


 口を開く。


 黄金色の炎が集まる。


「《竜炎》」


 ――ゴォォォォォォッ!!


 炎が森を横切る。


 しかし。


「待って!」


 キラが叫んだ。


「!」


 グラウディスが炎を止める。


 目の前。


 魔族たちは倒れているが――


 まだ生きている。


「殺さないで」


 キラが言う。


「……」


「この子を追ってきた理由を聞きたい」


 グラウディスは静かに頷いた。


「分かった」


 魔族たちは震えている。



---



 戦闘が終わった後。


 キラは倒れている少女の元へ戻った。


「大丈夫?」


「……」


 少女は目を開けた。


 赤い瞳。


 キラを見る。


「あなた……」


「うん」


「私を……助けたの?」


「そうだよ」


「どうして?」


「困ってたから」


「……」


 少女はしばらくキラを見る。


「変な人」


「今日、それ言われるの二回目」


 キラが苦笑する。


 少女は少しだけ笑った。


「……私は」


 少女は自分の胸元を見る。


「ルナ」


「ルナ?」


「それが私の名前」


「僕はキラ」


「知ってる」


「え?」


「あなたのことは……魔族の間でも知られている」


 キラは驚く。


「僕が?」


「世界で唯一の――」


 ルナは呟く。


「《万象共鳴》の持ち主」


「……」


「あなたは……危険な人」


「……」


「でも」


 ルナは目を閉じる。


「今まで会った人間の中で、一番優しい」


 キラは少し照れた。


「そうかな?」


「そう」


 そしてルナは続ける。


「私は……追われている」


「誰に?」


「魔王軍」


 キラが驚く。


「魔王軍……」


「私は魔王の血を引いている」


 グラウディスが静かに口を開く。


「正確には――」


 ルナを見る。


「魔王の娘だ」


「……!」


 キラは言葉を失った。


 ルナが苦しそうに笑う。


「だから、私は殺される」


「どうして?」


「魔王が――」


 ルナの瞳に恐怖が浮かぶ。


「私の存在を……恐れているから」



---



「魔王が自分の娘を?」


 キラは信じられない。


「なぜ?」


 ルナは答える。


「私の母が……人間だったから」


「……」


「私は、人間と魔族の間に生まれた」


 キラは黙る。


「魔王はそれを許さなかった」


「……」


「だから私は生まれてすぐ、捨てられた」


 ルナの声が震える。


「母も殺された」


 キラの拳が強く握られる。


「……」


「私は魔族の国でも、人間の国でも居場所がなかった」


 ガルが黙ってルナを見る。


 その姿は。


 どこか自分と重なっていた。


「だから……逃げた」


 ルナが続ける。


「でも、魔王軍に見つかった」


 胸の魔王印。


「あれは追跡用の呪印でもある」


「じゃあ……」


 キラが呪印を見る。


「これを消せば、追跡されなくなる?」


「無理」


 グラウディスが言った。


「普通ならな」


 キラは《万象共鳴》を発動する。


 呪印を解析。


> 《魔王印》




> 対象:魂魄




> 追跡機能あり。




> 魔力制御機能あり。




> 解除難度:極高。




 キラは考える。


「……できるかもしれない」


 ルナが目を見開く。


「本当に?」


「分からない」


 キラは正直に答える。


「でも、やってみる」


 グラウディスがキラを見る。


「無理をするな」


「うん」


 キラはルナへ手を伸ばす。


「少し痛いかもしれない」


「……分かった」



---


 キラの手がルナの胸元へ触れる。


 《万象共鳴》。


 魔力。


 生命。


 魂。


 空間。


 すべてを繋ぐ。


「……っ!」


 ルナが苦しそうに顔を歪める。


「大丈夫?」


「……平気」


「無理しないで」


「大丈夫……」


 黒い紋章が光る。


 ――ドクン。


 キラの中へ呪いが流れ込んでくる。


「……っ!」


 頭の中に声が響いた。


『見つけた』


「……!」


 キラは目を見開く。


『娘を返せ』


 巨大な魔力。


 恐ろしいほどの圧力。


「これ……魔王の……」


 グラウディスが叫ぶ。


「キラ! 切れ!」


「まだ……!」


「危険だ!」


 だが。


 キラは手を離さない。


「ルナを……」


 歯を食いしばる。


「返すわけにはいかない!」


 《万象共鳴》がさらに強く輝く。


「僕の仲間だから!」


 ――バァァァン!!


 黒い呪印が砕けた。


「……!」


 ルナが目を見開く。


 胸元から黒い光が消えていく。


> 《魔王印》の一部解除に成功。




> 追跡機能――停止。




> 魔力拘束――解除。




 キラはその場に倒れ込んだ。


「キラ!」


 クロが駆け寄る。


「大丈夫……」


 息を切らしながらキラは笑う。


「……できた」


 ルナは胸元を見る。


 そこにはもう――


 黒い紋章はなかった。


「……」


 ルナの目から涙が落ちる。


「私……」


「うん」


「もう……追われなくていいの?」


「たぶん」


「……」


 ルナはキラを見る。


「ありがとう」


 そして。


「……ありがとう、キラ」


 初めて。


 誰かに守られた少女は――


 泣いた。



---




 少し離れた場所。


 グラウディスは険しい表情で空を見ていた。


「……おかしい」


 クウが尋ねる。


「何がじゃ?」


「魔王印の追跡機能を消しただけならいい」


「うむ」


「だが――」


 グラウディスはキラを見る。


「今の術式で、魔王にもこちらの位置が伝わった可能性がある」


「……!」


 クウが青ざめる。


「つまり……」


「ああ」


 グラウディスが空を見る。


「魔王に、キラの居場所が知られた可能性が高い」


 その瞬間。


 遠い空の彼方。


 黒い雲が集まり始めた。


 そして。


 誰も知らない場所で――


 一人の男が目を開いた。


 漆黒の玉座。


 巨大な城。


 その男の瞳が赤く光る。


「……ルナ」


 低い声。


「ようやく見つけたか」


 魔王は笑った。


「いや……」


 魔王の視線が遠くを見る。


「それ以上に――」


 空中にキラの姿が浮かぶ。


「面白いものを見つけた」


 魔王は玉座から立ち上がる。


「《万象共鳴》」


 そして――


「我自ら、確かめに行くとするか」



---


第十四話 終

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