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13話 人語を話す魔物



「……助けて」


 その声を聞いた瞬間。


 キラは足を止めた。


「……え?」


 森の中。


 木々の間から聞こえた声。


 聞き間違いではない。


 確かに――


 人間の言葉だった。


「今、誰か喋った?」


 隣にいたリナが振り返る。


「うん」


 キラは頷いた。


「聞こえた」


「人?」


「分からない」


 キラは周囲を見回す。


 森は静かだった。


 鳥の声。


 風で揺れる木々。


 遠くで小さな獣が走る音。


 それ以外には何もない。


「……助けて」


 もう一度。


 今度ははっきり聞こえた。


 キラの表情が変わる。


「こっち!」


 走り出す。


「キラ、待って!」


 リナも慌てて追いかける。


 クロとシロも続く。


 ソラがキラの肩へ飛び乗った。


「ぷる!」


「大丈夫。誰か困ってるみたい」


 木々を抜ける。


 すると――


 崖の下に、大きな影が見えた。


「……!」


 キラは息を呑んだ。


 そこにいたのは――


 一匹の魔物だった。



---


◆ 傷ついた魔物


 全身を灰色の毛で覆われている。


 四本の足。


 鋭い爪。


 頭には二本の小さな角。


 狼にも似ている。


 しかし、狼よりも身体が大きい。


 そして何より――


 右の後ろ足が折れていた。


「……」


 魔物はキラを見る。


 怯えている。


 逃げようとしているが、足が動かない。


「大丈夫」


 キラはゆっくり近づく。


「怖くないよ」


「……来るな」


 魔物が唸る。


「!」


 リナが驚く。


「喋った……」


 キラも驚いた。


「君、人間の言葉が分かるの?」


「……分かる」


「話せる?」


「少しだけだ」


 魔物は苦しそうに息を吐く。


「お前……人間か?」


「うん」


「なら……」


 魔物が目を細める。


「殺すのか?」


「え?」


「人間は……俺たちを見つけると殺す」


 キラは首を横に振った。


「僕は殺さない」


「信用できるか」


「……」


 キラは困った。


 確かに。


 初対面の人間を信用しろと言われても無理だ。


 特に、この魔物はかなり傷ついている。


「じゃあ――」


 キラはその場に座った。


「僕がここにいる」


「……?」


「君が嫌なら近づかない」


 魔物が驚いたように目を見開く。


「でも、怪我は治したい」


「……」


「僕の仲間も、最初は僕を警戒してたんだ」


 クロがキラの隣に座る。


「ワフ」


「クロも最初は警戒してたよね」


 クロが少し気まずそうに目を逸らした。


 キラは笑う。


「だから、君もゆっくりでいい」


 魔物はしばらくキラを見つめていた。


 そして。


「……変な人間だ」


「よく言われる」


「褒めてない」


「分かってる」


 魔物の口元が、ほんの少しだけ緩んだ。



---




「キラ」


 リナが小声で呼ぶ。


「足、かなり酷いよ」


「うん」


 折れた足。


 傷口には血が滲んでいる。


 何かに噛まれたような傷もあった。


 キラは手をかざす。


「《魔力感知》」


 魔物の身体を調べる。


 骨折。


 筋肉損傷。


 さらに――


「毒もある」


「……!」


 リナが驚く。


「治せる?」


「やってみる」


 キラは《生命領域》を発動する。


 緑色の光が手のひらから広がった。


 魔物の身体を包む。


「……!」


 魔物が驚く。


「何だ……この力は」


「治癒魔法」


「違う」


「え?」


「魔法だけじゃない」


 魔物がキラを見る。


「お前の中に……いろんな力がある」


 キラは少し驚いた。


「分かるの?」


「……なんとなくだ」


 キラは《万象共鳴》を使う。


 生命力を流し込む。


 毒を押し出す。


 折れた骨を修復する。


「……っ」


 魔力をかなり消費する。


 額に汗が浮かぶ。


「キラ、大丈夫?」


「うん……」


 さらに力を流す。


 ――ポウッ。


 緑色の光が強くなる。


 そして。


「……」


 魔物がゆっくり足を動かした。


「動く……」


 立ち上がる。


「痛くない」


 何度か足を踏みしめる。


「……治ってる」


 魔物は自分の足を見つめる。


 そしてキラを見る。


「なぜだ?」


「え?」


「なぜ、俺を助けた?」


 キラは少し考えた。


「困ってたから」


「それだけ?」


「それだけ」


 魔物は黙った。


 そして。


「……変な人間だ」


 また同じ言葉。


「だから、それ褒めてないよね?」


「今回は少し褒めている」


「少しなんだ」


 キラが笑う。


 魔物も――


 ほんの少しだけ笑った。



---


「名前は?」


 キラが尋ねる。


「……ない」


「え?」


「俺には名前がない」


「誰かに付けてもらったことは?」


「ない」


 キラは少し考える。


「じゃあ、僕が付けてもいい?」


「……名前を?」


「うん」


「好きにしろ」


 キラは魔物を見る。


 灰色の毛。


 銀色に近い瞳。


 額に小さな角。


「……ガル」


「ガル?」


「うん」


「なぜだ?」


「なんとなく」


「……適当だな」


「ごめん」


「いや」


 魔物は自分の名前を口にする。


「ガル……」


 そして。


「悪くない」


 キラは嬉しそうに笑った。


「じゃあ、今日から君はガル!」


「……ああ」


 その瞬間。


 キラの《万象共鳴》が反応した。


> 特殊個体との友好関係を確認。




> 契約可能。




> 契約しますか?




 キラは少し迷った。


「ガル」


「何だ?」


「僕の仲間になる?」


 ガルは黙った。


「……仲間」


「うん」


「俺が?」


「うん」


「お前の……仲間?」


「嫌ならいいよ」


 ガルはキラを見る。


 そして。


「……いや」


「え?」


「俺も……お前の仲間になりたい」


 キラの顔が明るくなる。


「本当?」


「ああ」


「じゃあ――」


 キラは手を差し出した。


「よろしく、ガル」


 ガルは少し戸惑ったあと。


 大きな前足をキラの手に乗せた。


「……よろしく」


 その瞬間。


> 契約成立。




> 対象:ガル




> 種族:???




> 称号:《孤独なる魔獣》




> 特殊能力:《咆哮強化》




> 固有能力:《魔力喰らい》




> 危険度:B+




 キラの目が止まった。


「……種族が分からない」


 クウが近づく。


「またじゃな」


「グラウディスと同じ?」


「いや」


 クウはガルをじっと見る。


「グラウディスとは違う」


「どう違うの?」


「こやつは……」


 クウが目を細める。


「何かに分類される前の存在じゃ」


「……?」


「わらわにも詳しくは分からぬ」


 ガルが少し困った顔をする。


「俺自身も、自分が何者なのか知らない」


「……」


 キラはガルを見る。


「じゃあ、一緒に探そう」


「何を?」


「ガルが何者なのか」


 ガルは驚いた。


「……いいのか?」


「もちろん」



---




「それじゃあ――」


 キラが手を伸ばす。


 空間が歪む。


 目の前に扉が現れた。


「これが……?」


 ガルが扉を見る。


「僕のスキルで作った場所」


「中に何がある?」


「僕たちの家」


「家……」


 ガルが呟く。


「入っていいのか?」


「もちろん」


 ガルはゆっくり中へ入った。


 そして――


「……」


 目を見開いた。


 広い草原。


 湖。


 木々。


 空。


 そして。


「ぷる!」


 ソラが飛んでくる。


「ワフ!」


 クロが走る。


「ぴょん!」


 リーフィが飛ぶ。


 シロも近づいてくる。


「……」


 ガルは立ち尽くしている。


「どうしたの?」


「……」


「気に入らなかった?」


「違う」


 ガルはゆっくり言った。


「こんな場所……初めて見た」


「?」


「俺がどこへ行っても……」


 ガルは草原を見る。


「魔物だからという理由で追い払われた」


「……」


「人間からも」


「……」


「魔物からも」


 キラは黙って聞いていた。


「俺は……どこにも居場所がなかった」


 ガルが湖を見る。


「でも」


 キラを見る。


「ここには……」


「うん」


「俺がいてもいいのか?」


「もちろん」


 キラは笑った。


「ここはみんなの家だから」


 ガルは何も言わなかった。


 ただ。


 大きく息を吸い込んだ。


「……そうか」


 その一言だけ。



---




 その日の午後。


 キラはみんなを集めた。


「今日から、この《魔獣楽園》をもっとちゃんとした場所にしたい」


「ぷる!」


「ワフ!」


「ぴょん!」


 みんなが反応する。


「でも、好き勝手にすると大変だから、いくつかルールを作ろう」


 クウが腕を組む。


「ほう」


「一つ目」


 キラが指を立てる。


「仲間を傷つけない」


 全員が頷く。


「二つ目」


 もう一本。


「食べ物を勝手に全部食べない」


 ソラが目を逸らす。


「ソラ?」


「ぷる……」


「絶対ソラのことだからね」


「ぷるぷる……」


 リナが笑う。


「三つ目は?」


「困ってる仲間がいたら助ける」


 ガルがキラを見る。


「……」


「四つ目」


 キラは少し考える。


「ここにいる全員が、自分らしく過ごす」


「……」


「魔物だからとか、人間だからとか、強いとか弱いとか関係なく」


 キラはみんなを見る。


「ここでは仲間」


 静かな時間が流れる。


 そして。


 グラウディスが頷いた。


「良いルールだ」


 クウも笑う。


「異論なしじゃ」


 ガルは少し顔を伏せる。


「……俺も」


「うん?」


「俺も、そのルールがいい」


 キラは笑った。


「じゃあ決まり!」



---




 夕方。


 キラはガルと二人で湖の近くを歩いていた。


「ガル」


「何だ?」


「一つ聞いていい?」


「ああ」


「どうして森で怪我してたの?」


 ガルの表情が変わった。


「……」


「言いたくなかったらいいよ」


「いや」


 ガルは答える。


「話す」


 そして。


「俺は……逃げてきた」


「何から?」


「魔物の群れだ」


「魔物?」


「ああ」


 ガルは遠くを見る。


「俺は群れの中にいた」


「うん」


「だが、俺には普通の魔物とは違う力があった」


「《魔力喰らい》?」


「そうだ」


 ガルは頷く。


「俺は他の魔物の魔力を食べることができる」


「……!」


「そのせいで……」


 ガルが拳を握る。


「群れの中で恐れられた」


「……」


「『いつか仲間を食う化け物になる』と言われた」


 キラの表情が曇る。


「だから追い出された?」


「ああ」


 ガルは笑う。


「皮肉だろ」


「何が?」


「俺を恐れて追い出した魔物たちに……」


 ガルはキラを見る。


「人間に襲われた俺を助けたのが、お前だった」


「……」


「俺は……ずっと思っていた」


「うん」


「強い力を持つことは、悪いことなのか?」


 キラは答える。


「違うと思う」


「……」


「力は使い方次第だよ」


 ガルがキラを見る。


「お前もそうなのか?」


「僕?」


「ああ」


「僕も……」


 キラは少し考える。


「たぶん、強くなるのが怖い」


「……」


「でも、怖いからって力を捨てるんじゃなくて」


 自分の手を見る。


「どう使うかを考えたい」


 ガルは静かに頷いた。


「……なるほど」



---




 夜。


 《魔獣楽園》に星が浮かんでいる。


 キラは湖の近くに座っていた。


 ガルは少し離れた場所で丸くなっている。


「ガル」


「……何だ?」


「寒くない?」


「平気だ」


「そっか」


 キラは毛布を置く。


「でも、使っていいからね」


「……」


「おやすみ」


「……おやすみ、キラ」


 キラが自分の寝床へ戻る。


 ガルは置かれた毛布を見る。


 そして。


 そっと身体にかけた。


「……」


 誰にも必要とされなかった。


 どこにも居場所がなかった。


 そんな自分に。


「……家、か」


 ガルは小さく呟いた。


 そして初めて――


 安心して眠った。



---




 キラが眠っていると。


 突然。


 ――ピキッ。


 《魔獣楽園》の空間に亀裂が入った。


「……?」


 ガルが目を覚ます。


 黄金の瞳が暗闇を見る。


「……何だ?」


 亀裂の向こうから。


 黒い魔力が漏れてくる。


「この匂い……」


 ガルが立ち上がる。


 それは――


 魔族の魔力。


「キラ!」


 ガルが叫ぶ。


「起きろ!」


「……ん……?」


 キラが飛び起きる。


「どうしたの!?」


「そこだ!」


 ガルが亀裂を睨む。


 キラが《魔力感知》を使う。


「……!」


 確かに何かいる。


 亀裂の向こう。


 人影。


 キラは息を呑んだ。


「誰……?」


 すると。


 亀裂の向こうから声が聞こえた。


「――ようやく見つけた」


 キラの背筋が凍る。


 その声は――


 人間ではなかった。


「《万象共鳴》を持つ者」


 亀裂の向こうで、赤い瞳が光る。


「お前のところへ――」


 魔力が膨れ上がる。


「迎えに来たぞ」


 ――バキンッ!


 亀裂が大きく開いた。


「キラ!」


 グラウディスが飛び起きる。


 クウも空間を展開する。


 クロが唸る。


 ソラが身体を大きくする。


 シロがキラの前に出る。


 リーフィが光を放つ。


 そして。


 新しい仲間――


 ガルがキラの前に立った。


「……」


 ガルが低く唸る。


「俺の仲間に――」


 鋭い牙を見せる。


「手を出すな」


 亀裂の向こうから。


 小さな笑い声が響いた。


「……仲間?」


「面白い」


 そして――


「では、まずお前から喰らってみようか」


 赤い瞳が輝いた。


第十三話 終。




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