D級ダンジョン
D級ダンジョンの入り口に足を踏み入れた瞬間、空気の密度が変わるのを感じた。C級やB級と比べれば微々たるものだろうが、初心者ダンジョンとは明らかに異なる殺気が漂っている。
だが、俺たちにとっては問題にならなかった。
「えいっ!」
琴葉が新調したメイスを振るう。重そうに見えた鉄塊が、彼女の手の中では軽量な短剣のように舞い、オークの顔面を容赦なく砕いた。続いて雪の薙刀が閃き、雷撃と共に別個体を焼き尽くす。
「ふふっ、まだまだ余裕ですね」
雪が涼しい顔で言う。俺の『照らす』によるステータス強化が効いているとはいえ、2人の基礎スペックと戦闘センスがずば抜けている証拠だ。罠もない、連携して襲ってくる敵もいない。配信しながらでも対処できる程度の敵しか出てこない。
だが、俺はあえて水を差した。
「2人とも、気を抜くなよ。慎重に行くぞ」
「え? でも光輝、これくらい余裕じゃない?」琴葉が首を傾げる。
「余裕だからこそだ。ここで簡単に勝てるからと罠の確認や索敵を疎かにしていたら、それがクセになる。上のダンジョンに行けば、足元の小さな油断が命取りになる」
俺は壁のひび割れや天井の影などを入念にチェックしながら進んだ。
「俺たちのゴールはダンジョン攻略じゃない。日本の未来がかかっているんだ。実戦で通用する動きを体に叩き込んでおかないと」
俺の言葉に、2人はハッとした表情になり、すぐに真剣な眼差しに戻った。
「光輝がいれば、眷属の替えはできるんじゃない?」
雪が唐突に言った。その言葉には悪意はなく、純粋な疑問だったのだろう。もし俺が死ねば強化は消えるが、逆に言えば俺さえ生きていれば眷属は何度でも作り直せる。効率だけを考えれば、彼女の言葉は正しい。
だが、俺は即座に否定した。
「俺は誰も死なせない」
俺は足を止め、2人の方へ振り返った。
「琴葉も雪も、これから仲間になる人も、絶対にだ。替えが効くなんて言わないでくれ。俺にとって君たちは、数字や駒なんかじゃないんだ」
真剣な眼差しで語る俺を見て、琴葉は頬を赤らめ、モジモジと視線を逸らした。もう完全に惚れている状態だ。
一方の雪は、胸の前で手を組み、目を細めた。
「…キュンとしちゃいました」
彼女は琴葉の方を向き、とびきり可愛い笑顔で尋ねた。
「ねえ琴葉、私も光輝に惚れてもいい?」
「ダメッ!!」
琴葉が即答した。まるで獲物を守る猛獣のような迫力だ。
「光輝は私のなんだからね! 雪には渡さないわよ!」
「えー、ケチですねー」
雪はケロリと言ってのけたが、その瞳の奥には本当に少し本気が混じっているようにも見えた。
そんな他愛ないやり取りをしながらも、俺たちは決して警戒を解かずに進んだ。その結果、ボス部屋までノーダメージで到達し、オークリーダーも危なげなく撃破できた。
「ふぅ、終わったー」
琴葉がメイスを肩に担ぎ、息を吐く。
「ところで琴葉、メイスはどうだった?」俺が尋ねると、彼女はパァッと顔を輝かせた。
「良いねコレ! 重みがあるから叩いた感触がすごくて…そうそう、拓也の顔を思い浮かべて殴ったらもう気持ちよくて!」
彼女は満面の笑みで答えたが、俺は背筋に冷や汗が流れた。あいつらのことだから恨みを買うようなことをした自覚はあるが、ここまで怨念を込められると逆に同情してしまう。
「拓也って誰ですか?」雪が首を傾げた。
「私たちが最初にいたパーティのリーダーよ」琴葉はあっさりと答えた。
「私たちをレベル1のまま連れ回して、いらなくなったら追放したバカ。今日もさ、私と雪をパーティに入れてやるなんて言ってきたのよ!」
「なにそれ! バカなの? アホなの? 信じられない!」雪もボロクソに言う。
2人の毒舌が止まらない。彼女たちの怒りがどれほど深いかがよくわかった。
ダンジョンの入り口まで戻ってきて、俺たちはドローンカメラに向かって挨拶をした。
「ということで、D級ダンジョンクリアです! 天照の光でした! 見てくれてありがとう!」
3人で手を振り、カメラのランプが消えたところで、ふと我に返った。
「あっ…」
琴葉と雪もハッとした顔をしている。
「ねえ、さっきの拓也たちの話…配信に乗っちゃったかな?」
俺が恐る恐る尋ねると、2人は顔を見合わせて青ざめた。
「やばい…ボロクソ言ってたもんね…」
「でももう消せないし…まあ、事実だしいいじゃないですか?」
雪は開き直ったように言ったが、コメント欄が少し怖かった。
俺は新しい剣を見下ろした。手に馴染むグリップ、美しい刃文。量産品とは段違いの切れ味に大満足だった。思わずニマニマしてしまう。
「光輝も男の子だねー」琴葉が横からからかう。「武器を見てそんなニヤニヤしちゃって」
「うるさいな。男なら誰だって名剣には憧れるんだよ」
俺たちは笑い合いながら夜道を歩いた。
その日の夜、3人はいつものようにグループ通話で会議をしていた。
「そろそろ新しい仲間について話し合わないか?」
俺が切り出した。D級ダンジョンも余裕でクリアできたし、C級へ行く前に戦力を増やしておきたい。
「私の時みたいに、天照大御神様が教えてくれるのかな?」雪が期待を込めて言う。
「いや…俺には『仲間を探せ』と言われていたから、雪は特別なんだと思う」
夢の啓示を受けたのは雪だけだ。次からは自分たちで探さなければならないだろう。
「とりあえず、C級ダンジョンに行く前に仲間探しをしよう。武闘家や槍使いみたいな前衛職か、魔法使いみたいな広範囲攻撃できる後衛がいると助かるけど…」
「自分たちに足りないものを補える人ですね」雪が頷く。
「そうだな。レベルや強さだけじゃなくて、心もだ」
俺は拓也たちのようなエゴイストは絶対に仲間に入れないと心に誓った。
「よし! 明日は学校で探してみるか!」
「ええ!」
通話を切り、俺はベッドに横になった。新たな仲間はどんなやつだろうか。期待と少しの不安を抱えつつ、俺はまぶたを閉じた。




