配信デビュー
「よし、やるか」
俺が声を上げると、雪がスマホを操作してドローン型カメラを起動させた。ブーンという微かな駆動音と共に、黒い機体がふわりと浮き上がる。最新型らしいそのドローンは、スマホの操作一つで自在に飛び回り、自動追尾機能で俺たちの動きを逃さずキャッチするという優れ物だ。
「すごいな、これ。全然ブレないし、画質も綺麗だ」
「でしょう? お父様が選んでくれたんですよ」
雪は少し誇らしげに胸を張った。これなら激しい戦闘の中でも、俺たちの勇姿をキレイに撮影できるはずだ。
「じゃあ、行くぞ。『照らす』!」
俺はスキルを発動し、2人に光を降り注ぐ。ドローンのレンズが、そのまばゆい光景をしっかりと捉えていた。俺たちはゆっくりとダンジョンの中へと進んでいく。後ろを振り返ると、ドローンがまるでペットのように忠実についてきていた。
「ホントだ。ちゃんとついてくるね」
「コレかわいいね」
琴葉が振り返りながら、ドローンに向かって手を振った。その様子を見て、雪がクスリと笑う。
「ふふっ。琴葉も今日はかわいいねー。オシャレして前髪も切ってきてるし」
琴葉の顔がパッと赤くなった。彼女は今日、雪に対抗意識を燃やしたのか、それまで分厚かった前髪を思い切って切りそろえていた。おでこが少し見え、隠れていた瞳が際立って大きく見える。
俺はそこで初めて、彼女の変化に気づいた。
「ああ、そういえば琴葉の前髪が無くなってるな。…そっちの方が可愛いよ」
俺は何気なく言った。ただの事実確認と素直な感想だったのだが。
「~~っ!」
琴葉は耳の先まで真っ赤にして、モジモジと体をよじった。
「あ、ありがと…」
その声は蚊の鳴くような小ささだったが、俺の耳にはしっかりと届いた。横で雪がニヤニヤしながら見ているのが視界の端に入るが、俺はあえて無視した。
そんな他愛のない会話をしているうちに、モンスターが現れた。ゴブリンの群れだ。以前なら警戒しながら立ち回るところだが、「照らす」による強化を受けた俺たちにとっては、もはや雑魚に等しい。
特に雪の動きは圧倒的だった。俺のステータスが丸々プラスされている彼女は、もはや初心者ダンジョンの住人ではない。薙刀が風を切り裂き、ゴブリンを次々と屠っていく。雷撃が閃くたびに、黒焦げのモンスターが消滅していく。
「はい、次!」
雪は嬉々として前に出る。その動きには迷いがない。だが、それが逆に危なっかしかった。
「雪! 下がれ!」
俺は思わず声を張り上げた。
「えっ?」
雪が振り返った瞬間、死角から別のゴブリンが飛び出してくる。俺は慌てて剣を振るい、それを叩き落とした。
「…危なかったな」
俺は冷や汗を拭いながら、雪に向き直った。
「前に出過ぎるな。何があるかわからないんだ。初心者ダンジョンでそんなクセがついたら、上のダンジョンに行ったら酷い目にあうぞ」
俺の言葉は少しキツかったかもしれない。雪はシュンとして俯いた。
「…わかりました。気をつけます」
彼女の表情が曇ったのを見て、俺は自分が偉そうに言い過ぎたかもしれないと後悔した。
「…ごめん。俺、つい口うるさくなっちゃって」
「何言ってるんですか」
雪は顔を上げ、真剣な目で俺を見た。
「光輝はリーダーなんだから、気がついたことは注意してくれないと困りますよ」
「えっ? 俺がリーダーなのか?」
俺は素で聞き返した。てっきり、琴葉か、行動力のある雪がリーダーをするものだと思っていたからだ。
「「当たり前でしょ!」」
琴葉と雪がハモった。
「光輝が私たちを導いてくれるから、私たちは前に出られるんだよ」
「そうです。眷属の主である以上、覚悟を決めてくださいね」
2人の信頼に満ちた眼差しに、俺は逃げ場を失った。リーダーか。責任重大だ。でも、2人がそう言ってくれるなら、やるしかない。
「…わかった。俺がちゃんと先頭に立つ。ついてきてくれ」
「はい!」
「お任せを!」
改めて決意を固め直し、俺たちはダンジョンの最奥へと到達した。
そこにいたのは、ボスゴブリンだった。錆びついた短剣を持ち、他のゴブリンより一回り大きい体躯を持つ個体だ。
「グオオオオッ!」
ボスゴブリンが咆哮を上げ、突進してくる。だが、俺たちはもはや恐れない。
「雪! 足止めを!」
「はい!」
雪が薙刀を振るい、ボスの足元を薙ぐ。バランスを崩したボスに、琴葉が短剣で素早く切り刻む。
「今だ、光輝!」
「おう!」
俺は駆け出し、剣を振り下ろした。剣はボスの肩口から深々と食い込み、そのまま力任せに引き裂く。
ボスゴブリンは断末魔の声も上げられず、光の粒子となって消滅した。
《経験値を獲得しました》
《レベルアップ》
ファンファーレが響き渡る。俺たちは息一つ乱さずにボスを撃破した。
「やったね!」
「ええ、完璧です!」
3人は顔を見合わせ、ハイタッチをした。
さて、配信の締めだ。俺たちはドローンのカメラに向き直った。
「ということで、パーティ『天照の光』デビュー戦でした! 見てくれてありがとう!」
俺がカメラに向かって挨拶すると、琴葉と雪も手を振った。ドローンのランプが点滅し、配信終了の合図を送る。
「ふぅ、終わったー」
雪がスマホを操作してカメラを切ると、俺たちはほっと息を吐いた。そして、早速コメント欄をチェックした。
『うおおお! 新人かよ!』
『女の子2人ともかわいい!』
『特に薙刀の子! 強えええ!』
『前衛の子もなんか清楚で好み!』
『彼氏持ち? 彼氏持ちなの?』
『スキルすげえな! 光ってなんだよ!』
コメント欄は、「女の子2人ともかわいい」というコメントで溢れていた。ダンジョン配信を見に来た層にとって、美少女2人の制服姿と勇姿は目の保養になったらしい。
「すごい人気だね」
「ふふっ、光輝も褒められてますよ」
雪が画面をスクロールさせながら笑う。確かに、「リーダーの男も悪くない」とか「男前だな」といったコメントも散見されたが、圧倒的に女子への注目度が高い。
その時、一つのコメントが目に留まった。
『雪ーがんばれー』
「…ぷっ」
俺は思わず吹き出した。
「お父様!?」
雪もそれに気づき、顔を真っ赤にした。
「ちょっと! 見てるなら見てるって言ってよもう!」
彼女はスマホを持ったまま慌てふためく。その様子がまた可愛らしくて、俺と琴葉は声を上げて笑った。
「いいお父さんじゃないか」
「もう! 笑わないでくださいよ~」
雪は頬を膨らませたが、その表情は嬉しそうだった。
和やかな空気の中、俺たちはダンジョンから出た。夕暮れの空はオレンジ色に染まり、ビル群が長い影を作っている。
「今日は配信テストだったけど、明日からはいよいよD級ダンジョンだな」
俺が言うと、2人は同時に頷いた。
「ええ。もっと強い敵が待ってるんでしょう? 楽しみです」
「私も負けないぞー! もっとレベル上げるもん!」
頼もしい仲間たち。そしてちょっとづつ注目されつつあるパーティ。俺たちの冒険はまだ始まったばかりだ。




