最終決戦
後詰めの探索者たちが到着したおかげで、戦況は劇的に好転した。
疲労した者を下げ、休憩させ、魔力を回復させるローテーションが組めるようになったのだ。前線を維持する余裕が生まれ、俺たちのパーティも少しずつ息を整えることができるようになった。
それでも、丸一日の激戦だった。
時の経過など感覚から消え失せ、ただただ目の前の敵を斬り、魔法を放ち、盾で受け止めることだけを繰り返す。靴底が擦り減り、筋肉が悲鳴を上げ、肺が焼きつくような感覚。それでも、俺たちの足は止まらなかった。
そして、ついにその時は来た。
黄泉の軍勢を蹴散らし、突破した先にあった広大な部屋。そこは、ダンジョンの最深部であり、終わりの地だった。
奥底に蠢く、巨大な影。
天井に届くほどの巨躯を持つ大蛇が、そこで待ち構えていた。八岐大蛇の分身、あるいはその眷属たる大いなる蛇。そいつの赤く爛れた瞳が、俺たちを射抜いた瞬間、脳内に直接声が響いた。
『お前たち許さんぞ! 八岐大蛇様の復活を邪魔しおって! この地は八岐大蛇様が支配する場所。お前たちの魔力を食らって、八岐大蛇様を復活させるのだ!』
言葉にできないほどの圧迫感。精神を削り取るような怨念の声に、周囲の探索者たちの何人かが膝をつきそうになる。
だが、俺は負けない。
「この地は天照大御神様のおさめる地だ! 八岐大蛇やお前の支配出来る場所じゃない!」
俺は喉が裂けるほどの大声で叫び返した。信念を声に乗せて、恐怖をねじ伏せる。すると、大蛇の瞳が俺一点に集中した。
『威勢のいいガキだな…お前から食らってやろう』
大蛇が巨大な尾を振り上げ、俺めがけて襲いかかってくる。速い。重い。回避も防御も間に合わないと直感した。
「させませんわ!」
「やらせねえよ!」
その時、麗華と萌香さんが同時に俺の前に躍り出た。麗華の絶対防御の盾と、萌香さんの須佐之男命の加護を受けた大剣が、大蛇の突進を真正面から食い止める。二人の背中が、俺の前で揺るぎなく立ちはだかっていた。
その隙を逃すわけがない。
「凛! 雪! 美咲!」
俺の声と同時に、三人がスキルを発動し、大蛇の胴体と頭部に猛烈な攻撃を叩き込む。
だが、一番目立ったのは琴葉だった。
彼女は巨大なメイスを振りかぶり、大蛇の頭目掛けて突進していった。
「光輝を食らうですって!? そんなの許すわけないでしょーーー!!」
可愛らしい声と共に繰り出された渾身の一撃は、まるで重機のような衝撃を生み出した。ズガァァン!! という音と共に、大蛇の頭が地面に叩きつけられる。
地に落ちた頭を、琴葉はメイスを何度も振りかぶって殴り続けた。
「これっ! これっ! これっ!」
執念か、愛か。小さな体からは想像もつかない怪力に、俺も思わずポカンとしてしまった。
萌香さんがそれを見て、腹を抱えて大笑いした。
「ははは! さすが光輝が童貞を捧げるって決めた女だな! 気合入ってるぜ!」
「萌香さん、それは内緒ですって!」俺は慌てて止めたが、時すでに遅し。
琴葉がメイスを振り上げたまま、ニマニマとした笑顔で振り返った。
「光輝、その話本当?」
『貴様ら! 許さんぞ!』
大蛇の怒り狂う声が脳内で爆発した。頭を振り乱し、周囲の探索者たちをなぎ払おうとする。
「油断するな! その話は後だ!」俺は叫んだ。
だが、周囲の探索者たちは、大蛇の横から攻撃を加えながら口々に叫んでいた。
「くそっ、リア充爆発しろ!」
「俺たちの恨みを食らえ!」
俺は小さな声で「いや、最終決戦だからみんな真面目にして…」と言ったが、戦場はすでにお祭り騒ぎのような熱狂に包まれていた。
天照の光とアマゾネスの猛攻が入るたびに、大蛇の生命力は急速に削られていく。さらに、後方から放たれる探索者たちの魔法と矢が、じわじわと大蛇の命を絞り尽くしていく。
もがき、暴れ、毒を撒き散らした大蛇だったが、ついにその動きが鈍り、ドサリと体を崩した。
動かなくなった大蛇を見て、一瞬の静寂の後、誰かが叫んだ。
「勝ったぞーー!!」
歓声が爆発した。喜び、安堵、そして生き延びたことの実感。ダンジョン内が震えるほどの歓声が上がる。配信のコメント欄も、文字が読めないほどの高速で滝のように流れていく。
黒鉄さんが俺のところまで走ってくると、いきなり俺を担ぎ上げた。
「おめえすげえよ! やったぞ!」
そのまま肩車され、俺は高い高い視点からみんなの喜びようを見下ろした。
その時だった。
広い空間全体を、まばゆい光が包み込んだ。
戦場の喧騒が嘘のように静まり返り、空気そのものが神聖化していく。
光の中から、圧倒的な存在感を持つ女神が現れた。天照大御神様だ。
その神々しさに、全員が思わず膝をついた。頭を垂れることすら忘れ、ただその美しさと威厳に圧倒される。
『よく頑張りました。八岐大蛇は早く復活しようとして失敗しましたね』
優しく、それでいて絶対的な響きを持つ声が、直接心に届く。
『今回、黄泉の軍勢を呼び出すのに大半の魔力を使ってしまったので、しばらくは封印は解けないでしょう』
俺は恐る恐る顔を上げ、問いかけた。
「あの、どのくらい封印が伸びたのでしょうか?」
『光輝、そしてその眷属たちよ。よくやりました。100年、いや、200年は伸びたでしょう。ダンジョンを攻略していけば、さらに封印は強固になります』
「じゃあ、俺たちの代での復活はもう大丈夫なのですね」
『ええ。お疲れ様でした、光輝。また伊勢で会いましょう』
そう言い残して、天照大御神様は光となって消えていった。
元の薄暗いダンジョンに戻ったが、俺たちの胸には確かな希望が残っていた。
「よし! みんな、帰ろう!」
俺が声を張り上げると、
「おおーーーー!!」
満身創痍だが、誰の顔にも笑顔が浮かんでいた。
ダンジョンから出て、凱旋する俺たちをドローンカメラがずっと追っている。
配信のコメント欄は祭りのようだった。
『凄いものを見た』『神は本当にいたんだ』『神の使徒だったのか』『日本を守ってくれてありがとう』『生きててよかった』
読めないくらいの高速で流れ続けるコメントを見ながら、俺は心の中で深く息を吐いた。
終わったんだ。俺たちは世界を守ったんだ。
「さあ、帰ろうか。みんなで」
それは、俺たちの長い戦いの、最高の結末だった。




