最終回 女神の祝福
俺たちは休学届けを取り消して、学校に戻った。
日本中があの戦いを見ていた。S級ダンジョンの最深部での決戦、黄泉の軍勢との死闘、そして天照大御神様の降臨。その全てが配信され、俺たちは知らぬ間に日本中の有名人になっていた。
学校に戻ると、生徒たちも教師たちも俺たちを出迎えてくれた。拍手で迎えてくれる先輩方、目を輝かせて話しかけてくる後輩たち。普通の高校生活に戻れるのか心配だったが、みんな優しかった。俺たちがしたことの重大さを理解した上で、普段通りに接してくれる。それが何より嬉しかった。
それと同時に、日本中で伊勢参りをする人が激増したらしい。
あの戦いを見た人たちが、天照大御神様への感謝を直接伝えたいと思ったのだろう。伊勢神宮は連日賑わい、参拝客数が過去最高を記録しているとニュースで報じられていた。
「よし、落ち着いたし、お礼に行こうか」
俺がそう提案すると、みんなも一も二もなく頷いた。
数週間後、俺たちは伊勢に向かった。
天照の光のメンバーはもちろん、アマゾネスの5人も一緒だ。眷属となった彼女たちも、天照大御神様に直接お礼を言いたいと言ってくれた。
前回来た時と同じく、鳥居をくぐると黒田様が待っていてくれた。
「ようこそ、光輝殿。そして皆様も」
黒田様の穏やかな微笑みに、俺は安堵した。あの激戦から生還し、こうして再びここに立てたことが何よりの証明だ。
「黒田様、お世話になります」
「内宮まで案内しましょう」
内宮の静かな参道を歩き、社の前に立つ。黒田様が社の扉を開けると、俺たちの体が白く光り始めた。
気がつくと、俺たちはあの白く光り輝く空間にいた。
前と同じだ。他の14人もいる。天照の光の9人、アマゾネスの5人。全員が神々しい光景に息を呑んでいる。
『光輝、よく頑張りました。ありがとう』
天照大御神様が、光の中から現れた。
前と同じ、圧倒的な美しさと神々しさ。だが、今回はどこか優しさが増しているように感じた。俺たちの戦いを見守っていてくれたのだろう。
天照大御神様が俺の前に近づいてくる。
そして、何の前触れもなく、俺の唇にご自身の唇を重ねた。
柔らかく、温かく、そして神聖な接吻。
俺の全身に光が満ちていくような感覚。
周囲のみんなが息を呑んでその光景を眺めている。特に女性陣の目は真剣だ。琴葉なんて、目を丸くして固まっている。
唇が離れると、大御神様は微笑んだ。
『何か褒美を与えようと思うのですが、光輝、何か望みはありますか?』
俺は迷わなかった。ずっと考えていたことだ。
「結婚する時に、天照大御神様が祝福をしてください」
俺の正直な望みだった。金でも力でもなく、この女神様に祝福してほしい。それが何よりの褒美だ。
大御神様は嬉しそうに頷いた。
『わかりました。相手はそこにいる全員ですか?』
俺は答えようとした。「いえ…」と。
だが、その言葉が出る前に、俺の後ろにいた女性陣14人が一斉に声を上げた。
「そうです!」
声が重なった。14人の声が、この神聖な空間に響き渡る。
俺は一人、「へっ?」と言って唖然とした。
振り返ると、麗華が胸を張っている。朱音はニヤニヤ笑っている。琴葉は顔を真っ赤にしながらも首を縦に振っている。雪、美咲、凛、夜羽、みどり、詩乃、そして萌香さん、栞さん、真奈美さん、優子さん、香織さん。全員が、俺を見つめて頷いていた。
「ちょ、みんな?」
俺がポカンとしていると、麗華が一歩前に出て言った。
「私たちの家から圧力をかけて、優秀な探索者には重婚を認めるという法案を通したのですわ」
「は!?」
「間違いなく光輝は認められるだろうね」と美咲。
「女神にキスされるような男を逃すわけないだろ」と雪。
「光輝くんなら十分すぎるわ」と香織さん。
俺は頭がくらくらした。重婚? 法案? いつの間にそんな話に?
「萌香さんたちも?」俺が恐る恐ず聞くと、萌香さんはケラケラ笑って言った。
「眷属にしたのはお前だろ? 責任取ってくれよ」
責任。そう言われてみれば、確かに俺は彼女たちを眷属にした。神様の加護もつけた。だが、まさか結婚まで話が飛ぶとは。
『いいでしょう』
天照大御神様の声が響く。
『光輝、成人したらまたここに来なさい。祝福しましょう』
そう言い残して、天照大御神様は光となって消えていった。
元の社に戻ると、俺はその場にへたり込んだ。
「どういう事だ? みんな、いつの間にそんな話に?」
麗華が涼しい顔で説明してくれた。
「黄泉の軍勢との戦いの後、探索者協会と政府の間で話が進みましたの。優秀な探索者の確保と、次世代への継承。それを理由に、氷室家、九条家、宝条家の三家が中心となって重婚認可法案を提出しましたのよ」
「お前ら、根回ししてたのか…」
「当然ですわ。光輝様を独り占めするわけにはいきませんもの」
「光輝、あんたはもう覚悟を決めるしかないね」萌香さんが俺の肩をポンと叩く。
「俺、16歳なんですけど…」
「成人するまでに準備すればいいさ。あと2年、か? 楽勝だね」栞さんがウィンクする。
俺は観念した。この14人に囲まれて、俺一人が抗えるわけがない。それに、正直に言えば、嫌じゃない。むしろ、こんなにも想ってくれる女性たちに恵まれた俺は、世界で一番幸せな男かもしれない。
「わかりました。よろしくお願いします」
俺が深く頭を下げると、みんなの歓声が上がった。
その日の夜、俺たちは伊勢のホテルに泊まった。
大部屋を取って、みんなでワイワイと過ごす…はずだった。
だが、琴葉が俺の手を引き、別の部屋へと連れて行った。
「光輝…」
琴葉が俺の手を握りしめている。その手は少し震えていた。
「どうした?」
「あの…初めてに選んでくれて、ありがとう」
琴葉の顔が、湯気が出るほど真っ赤になっている。
俺は琴葉の手を握り返した。
「こちらこそ。あの追放された日、ついて来てくれてありがとう。あの時、もし琴葉がいなかったら、俺は一人でレベル上げもできずにいたと思う」
パーティを追放され、何もかも失ったと思った俺について来てくれた、たった一人の仲間。
「琴葉がいたから、ここまで来れた。琴葉がいたから、日本を守れたんだ」
俺は琴葉の目を真っ直ぐに見つめた。
「琴葉、好きだ。愛している」
琴葉の目から涙がこぼれた。でも、その顔は最高に嬉しそうだった。
「私も。光輝が好き。大好き。愛してる」
俺たちはベッドの上で、互いの全てを晒した。
初めてのことだから不器用な部分もあった。でも、不思議と不安はなかった。俺たちが共に歩んできた時間、戦い、そして信頼。その全てが、今この瞬間に繋がっていると感じたから。
琴葉の温もりを肌で感じながら、俺は思った。あの時、追放されたことは俺の人生で最悪の出来事だったはずなのに、それが一番の転機になった。琴葉という最高のパートナーを得て、仲間たちと出会い、神様に選ばれ、そして世界を守った。
すべては、あの日に始まった。
朝が来た。
窓から差し込む朝日に照らされて、琴葉の寝顔が天使のように穏やかだ。
俺はそっと琴葉の髪を撫でながら、今日から始まる新しい日々を思い描いた。
2年後、成人したら、また伊勢に行く。天照大御神様に祝福してもらう。14人全員で。
その日まで、俺はもっと強くなる。ダンジョンを攻略し、レベルを上げ、仲間たちと共に歩み続ける。
俺の物語は、まだ始まったばかりだ。
いや、違う。俺たちの物語は、これからもずっと続いていく。
「おはよう、琴葉」
「ん……おはよう、光輝……」
眠そうに目をこする琴葉の唇に、軽くキスをする。
外では、みんなが待っている。
騒がしくて、優しくて、強くて、美しい仲間たち。
「さあ、帰ろう」
俺たちの日常が、また動き出す。




