S級ダンジョン
いよいよS級ダンジョンへの挑戦が始まった。
A級までとは空気が違う。濃密な魔力が皮膚に張り付き、呼吸をするだけで肺が重くなるような圧迫感がある。だが、俺たちの歩みに迷いはない。
「来るよ!」
みどりの鋭い声と同時に、天井から巨大な岩の塊が落下してきた。
「麗華!」
「はい!」
麗華が前面に出て、盾を展開する。ドゴォォォ! という轟音と共に岩石が粉砕され、衝撃波を散らす。
「朱音、雪、行け!」
「任せなさい!」
「了解!」
岩の欠片の向こうから現れたのは、黒曜石でできたゴーレムだ。S級モンスター
朱音の最大火力の火魔法が放たれる。熱と岩の激突が蒸発を生み、視界が白く染まる。その隙を突いて、俺と凛が懐に飛び込んだ。
「はあぁぁっ!」
俺の剣がゴーレムの胴体を薙ぎ払い、凛の愛刀が核となっている魔石を正確に貫く。
ガラガラと音を立てて、ゴーレムが崩れ落ちた。
「よし、次!」
俺たちは止まらない。A級で培った連携は、S級相手でも遅れを取らない。むしろ、レベル25になった今、俺たちの動きは水面を滑るように滑らかだった。美咲の槍が突き刺さり、夜羽の黒い煙が闇を切り裂き、詩乃のバフが味方を強化する。全員が歯車のように噛み合い、圧倒的な戦闘力でダンジョンの理をねじ伏せていく。
その日の宿泊も問題なかった。
サキュバスの襲撃? そんなものはみどりの危険察知で事前に察知し、寝ている間に朱音と雪が迎撃して終わりだ。
俺たちのテントは、もはやダンジョンにおける安全地帯そのものとなっていた。
翌日、さらに深層へと進む。
空気の色が明らかに変わった。ダンジョンの壁が禍々しい赤黒色に染まり、鼻をつく腐敗臭が漂い始める。
「光輝…なんか、すごく嫌な予感がする」
みどりが俺の服の裾をギュッと掴んだ。彼女の危険察知が最大限に警鐘を鳴らしている。
「みんな、気を引き締めろ」
全員が武器を構え、慎重に足を進める。
ダンジョンの最奥、巨大な広間に出た瞬間、俺は息を呑んだ。
そこは、地獄絵図だった。
無数のモンスターが群れをなしている。だが、これまで見てきたモンスターとは訳が違う。
角の生えた鬼、骨と皮だけになった餓鬼、怨念に満ちた亡者たち。
それらが、まるで軍隊のように整列し、広間の奥にある巨大な歪み――ゲートから湧き出してきているのだ。
「なんだよ、これ…」
俺の声が震えた。
A級やS級のモンスターが、雑兵のように徘徊している。
そして、その軍勢を統率するように、禍々しいオーラを纏った大蛇の影が見えた。八岐大蛇の手下か!
「ヒャハハハ! 見ろよ、生きた人間が来たぞ!」
鬼の一体が俺たちに気づき、嗜虐的な笑みを浮かべた。
「新鮮な肉だ! 骨までしゃぶってやる!」
餓鬼たちが一斉にこちらを向き、よだれを垂らす。
「撤退だ!」
俺は即座に判断を下した。
相手の数が多すぎる。千、いや万を超えている。どんなに俺たちが強くても、この数の波状攻撃には耐えられない。それに、奥にいたボスらしき影の気配は、俺の背筋を凍らせるほど強大だった。
「全員、走れ! 絶対に振り返るな!」
俺たちは来た道を猛ダッシュで引き返した。
背後から「逃がすな!」「捕まえろ!」という狂気の叫び声と、地響きのような足音が迫ってくる。
「朱音! 廊下を塞げ!」
「ファイアウォール!」
背後の通路が炎の壁で封鎖され、追手の足を一時的に止める。
その隙に距離を稼ぐ。
「麗華、凛! 残ってる罠は全部作動させるぞ!」
「ええ、派手にやりましょう!」
「任せて」
みどりの指示で隠し通路を抜け、仕掛けられていた落とし穴や針の罠を敵の集団に向けて発動させる。
悲鳴が聞こえるが、休む暇はない。
俺たちは息を切らしてダンジョンの入り口まで転がるように逃げ出した。
外の空気を吸った瞬間、その場にへたり込みそうになったが、今は休んでいる場合じゃない。
「みどり、探索者協会へ緊急連絡! 最大警戒レベルだ!」
「うん、やってる!」
みどりが震える手でスマホを操作する。
俺も自分の端末を取り出し、黒鉄さんと萌香さんに連絡を入れた。
「もしもし! 俺です光輝です、S級ダンジョンの奥から黄泉の軍勢が湧いてる! 数がおかしい、軍隊だ!」
『なんだって!?』黒鉄さんの声が跳ね上がる。
『マジかよ!?』萌香さんも深刻な声だ。
「お願いです、日本中の高ランクの探索者を集めてください! あれが外に出たら、日本どころじゃない! 世界が終わる!」
俺たちの報告は、瞬く間に探索者協会全体を駆け巡った。
政府も黙ってはいられない。氷室家、九条家、宝条家も動き出した。
避難所やシェルターの建設が急ピッチで進められ、自衛隊の出動要請も出された。
数日後、俺たちはS級ダンジョンの入り口前に立っていた。
俺たちだけじゃない。
黒鉄さん率いるA級パーティ、萌香さんのS級パーティアマゾネス、そして全国から集まった精鋭探索者たち。彼らの装備が鈍い光を放ち、決意に満ちた顔が並んでいる。
ダンジョンの入り口からは、今にも溢れ出しそうなほどの瘴気が立ち込めていた。
黄泉の軍勢が、今にもこちらへ押し寄せてこようとしている。
「いよいよだな」黒鉄さんが俺の肩を叩く。
「ええ」俺は頷いた。
逃げるだけじゃ終わらせない。
俺たちは戦う。人類対黄泉の軍勢。
その決戦の火蓋が、今、切って落とされようとしていた。




