休学届け
高校1年の3学期が終わり、俺たちは学校に休学届けを出した。
クラスメイトたちには、もはや隠せないほど有名になっていた配信のことがある。「配信で稼げてるから、勉強しなくていいよなー」とからかわれるのは日常茶飯事だった。パニックになるのが怖いので、本当の事――ダンジョンの奥で蠢く厄災の予兆や、裏で動いている名家のことなど――はまだ言えない。
友達には「まーな、もっと稼いでやるぜ」と軽口を叩いておく。
こいつらが、ちゃんと卒業して大学受験に臨む頃に厄災が来るのか、それとも俺たちが来る前に止められるのか。未来は誰にもわからない。だから俺たちは、今出来ることをやるだけだ。
「よし、今日からは攻略出来るまでずっとダンジョンにこもるぞ!」
ダンジョンの入り口前、俺は全員に向けて宣言した。
休学した以上、迷っている時間はない。一気に駆け上がるつもりだ。
「了解!」
「任せてくださいませ!」
「やるわよ」
全員、やる気が満ちている。その瞳には強い光が宿っていた。
いつものA級ダンジョンに入り、前回開拓したルートを通り、宿泊ポイントに到着する。
手慣れた手つきでテントを張り、野営の準備を整える。
「明日からはこの先に進む。見張りの交代までちゃんと寝ないといけないが…」
テントの中、俺は寝袋に入らず、薄い毛布だけを体に巻いて横になっていた。
緊張しているのだ。いよいよ本格的な攻略が始まるという高揚感と、初日からボス部屋に到達するかもしれないというプレッシャー。それに、隣に女の子が寝ているという意識。すぐには動けないので寝袋を諦めたのもあるが、心臓がバクバクして眠れそうにない。
ゴロゴロと寝返りを打っていると、隣で寝ていた琴葉が顔を上げた。
「光輝…寝れないの?」
彼女も毛布にくるまっている。暗闇の中で彼女の瞳が微かに光っているのがわかった。
「あ、ああ…ちょっと興奮しちゃってな」
俺は苦笑いして答えた。
琴葉はふふっと笑うと、もぞもぞとこちらに近づいてきた。
「じゃあ、こっち向いて」
「え?」
言われるままに横を向くと、琴葉の手が俺の手をそっと包み込んだ。その手は小さくて、でも温かい。
そして次の瞬間、彼女は俺の顔を両手で優しく包み込み、自分の胸に押し付けてきた。
「琴葉!?」
ビックリして声を上げようとしたが、もごもごと柔らかな感触に遮られた。
豊かな胸が俺の顔を包み込む。甘い香りと、耳元に響くトクトクという規則正しいリズム。
「心音を聞いていたら、落ち着いて寝れるようになるらしいよ」
頭上から琴葉の少し照れたような声が聞こえた。
「私の心臓の音、聞こえる?」
聞こえる。というか、凄く聞こえる。というか、柔らかすぎて思考が停止しかけている。
だが不思議なことに、彼女の言う通りだった。
トクトク、トクトク。
一定のリズムで打つ彼女の鼓動が、徐々に俺の早鐘のような心拍数を上書きしていく。温かい体温と優しい匂いに包まれ、緊張で強張っていた体からスッと力が抜けていくのを感じた。
「琴葉…ありがとう…」
俺はそのまま彼女の胸に顔を埋め、深い安らぎの中に沈んでいった。
次に目が覚めた時は、交代の時間だった。
俺はぐっすりと眠っていたらしい。頭が驚くほどクリアだ。
「琴葉、助かったよ」
交代でテントから出る彼女にお礼を言うと、琴葉は満面の笑みで振り返った。
「眠れない時はいつでも言ってね!」
この子は天使なのか? 俺はそう思わずにはいられなかった。
その夜は、あの嫌な匂いもせず、サキュバスの襲撃もなかった。平和な夜明けを迎えることができた。
朝、みんなで朝食を食べながら、今日の作戦会議をする。
パンとスープを口に運びながら、俺は口を開いた。
「予定では、今日このまま進めばボス戦になるはずだ」
俺の言葉に、全員の表情が引き締まる。
「ここのボスは妖怪の鵺らしい」
「鵺ですか…」麗華が眉をひそめる。「複数の属性を持つ厄介な相手ですわね」
「そうね、文献によれば、猿の顔、狸の胴、虎の手足、蛇の尾を持つ妖怪だ。物理攻撃と魔法、両方を使いこなすとのこと」
雪が解説を付け足す。
「だが、俺たちのレベルは充分足りている。今までの戦闘で着実に強くなってきたはずだ」
俺はスプーンを置き、みんなの顔を一人一人見据えた。
「問題ないはずだが、絶対に油断はするな。お互いの背中を預け、いつでもサポートに入れる体勢でいくぞ」
「おう!」
「了解!」
全員の声が重なり、朝の冷たい空気が熱を帯びる。
「よし、出発する! 天照の光、行くぞ!」
俺たちはテントを片付け、いよいよダンジョンの深層、ボスの待つ領域へと足を踏み入れた。
いざ、鵺の討伐へ。




