朱音の疑惑
「よし、いつも通り行こう!」
俺は自分に言い聞かせるように気合を入れ直し、探索を再開した。変に意識して変なミスをするよりは、いつも通りの自分でいる方がマシだ。前を見て、仲間の背中を預けて、目の前の敵を倒す。それだけだ。
チラッとカメラの横のコメント欄を見ると、さっきのネズミ大群戦の迫力にリスナーたちも興奮しているようだった。
『あの連携エグい!』『麗華さん無敵すぎる』『ハーレムチート王の指揮が冴える!』
「ハーレムチート王はやめろ……」
小さく呟きながら苦笑していると、先頭を歩くみどりがピタリと足を止めた。
「モンスター! 大型種1体!」
みどりが叫びながら下がると同時に、ダンジョンの奥から重い足音が響いてきた。
現れたのは、棍棒を持った巨大なミノタウロスだ。その身長は俺たちの倍以上ある。牛の顔が俺たちを捉えると、鼻腔から蒸気を噴き出し、大地を震わせるような咆哮を上げながら突っ込んできた。
「来るぞ! 麗華!」
「はい!」
麗華が迷いなく前に出る。巨大な棍棒が振り下ろされ、麗華の盾がそれを受け止めた。ガァン! という金属音がダンジョンに響き渡るが、麗華は一歩も動かない。
「今だ!」
俺の声と同時に、横から凛が飛び出した。床を蹴る音もなく、ミノタウロスの懐に潛り込むと、その太い足に刃が走る。
「はっ!」
バランスを崩したミノタウロスが膝をつく。その瞬間、雪が動いた。
「遅い」
横から薙刀が閃き、ミノタウロスの首を斬り裂く。さらに美咲が上から槍を突き落とし、その頭を貫いた。
ミノタウロスは断末魔すら上げずに倒れ伏した。
「…数が多いネズミよりあっけなかったね」
みどりが首を傾げながら言った。確かに、大群を捌くより単体を倒す方が早かった。
「これは麗華のおかげだ。しっかり受け止めてくれたから皆が攻撃できた」
俺は素直に感謝を伝え、麗華の頭を撫でようと手を伸ばした。
しかし、伸ばしかけた手が止まる。
彼女の頭には、時間をかけてセットされたであろう美しい縦ロールがある。セットしてない頭ならともかく、キレイに整えられたお嬢様の髪を、ガシガシと撫でるのは失礼じゃないか?
俺が手を伸ばしたまま躊躇していると、麗華が不満そうに頬を膨らませた。
そして、俺の手に自らの頭をグリグリと押し付けてきた。
「早く撫でてくださいませ!」
「え、えっと、いいのか? 髪崩れるぞ?」
「全然構いませんわ! 活躍した時はちゃんと撫でてくださいませ!」
彼女は俺の手のひらに頭を預け、うっとりと目を細めた。俺は恐る恐る、だが優しく彼女の髪を撫でた。手触りはシルクのようで、いい匂いがする。
「ありがとうございます」
俺たちのやり取りを見て、コメント欄が再び湧いた。
『ハーレム王からのご褒美タイム!』『撫でられたい!俺も頑張る!』『そこ代われ!嫉妬する!』
うかつにイチャつくとこうなる。俺は苦笑しながら手を離した。
それから何度か危なげない戦闘をこなし、俺たちはダンジョンの深処へと進んだ。A級モンスターは確かに強いが、俺たちの連携とステータスなら十分に対処できる。黒鉄さんの言う通り、罠や狡猾な動きにはまだ遭遇していないが、それでも警戒を怠らずに進んだ。
そして、全員のレベルが上がり20になったところで、今回の探索は終了とすることにした。
「これ以上進むには、宿泊の準備をして来なければならないし、今日はここまでにしよう」
俺の提案に全員が頷く。長時間の戦闘で少しずつ疲労も溜まっている。
「皆さん、本日はありがとうございました! A級ダンジョン攻略、無事に初日を終えることができました! しばらくはこんな感じでレベルを上げていきますので、引き続き応援よろしくお願いします!」
俺はカメラに向かって挨拶をし、配信を終えた。
帰り道、みんなでワイワイと話しながら帰宅した。
「光輝、私たちちょっと女子会してくるから。また明日ね」
「え? ああ、わかった。気をつけてな」
女子会? まあ、あれだけ仲が良いんだ。たまには女子だけで集まりたいこともあるだろう。
俺は特に深く考えず、彼女たちを見送った。
…俺が知る由もなかった。これが、俺の運命を左右する重大な会議になるとは。
女子9人は、近くのファミレスに入った。
女子だけで集まることはあまりない。前衛の雪や麗華、美咲は何の話かわからない顔をしている。
「で、朱音。何の会議なの?」
雪がメニューをめくりながら聞いた。朱音はコーラを一口飲み、全員の顔を見回してから、核心を突いた。
「琴葉と夜羽!ホテルで何があったの?」
その一言で、琴葉と夜羽がビクリと肩を震わせた。
「な、なんでバレたの?」
琴葉が顔を真っ赤にして呟く。
夜羽も普段のクールな仮面が剥がれ、狼狽した表情を見せている。
「光輝が変だったのよ。琴葉と夜羽の方を一切見なくなったし、二人の近くにいると無意識に距離を取ってた」
朱音は得意げに説明した。
「私の鋭い勘が告げてるの。二人が光輝に何かしたんでしょ?」
前衛組が納得したように頷く。
「確かに、今日の光輝くん、ちょっと挙動不審だったもんね」みどりがフォークを口に咥えながら言う。
「私の頭を撫でてくれた時も、ちょっと躊躇してましたわ」麗華がむくれる。
「で? 何があったの? 世の中的に言えば、ハーレム物語の王道展開ってやつ?」
朱音が二人をじっと見つめる。
琴葉と夜羽は顔を見合わせ、観念したようにため息をついた。
そして、あの夜の出来事を打ち明け始めた。
「…光輝がシャワー浴びてる所に、裸で突撃したの」
琴葉がモジモジと語り始める。
「それで、私…大きくなってる光輝のを触って…」
「我もだ。感謝の対価として、この完璧な肉体をオカズとして差し出したのだ」
夜羽が胸を張る。
「はあ!?」
「ええっ!?」
前衛組から驚きの声が上がる。
「あんたたち、なんでそんなハーレム展開になってんのよ!」朱音がツッコミを入れる。
琴葉と夜羽は顔を赤くして、俯いている
麗華が眉をひそめる。「ですわね…気持ちはわかりますわ。でも、それで光輝さんは…」
「見ちゃったの。私の裸」琴葉が小さく言う。
「全部見たのだ。興奮するように言ったら、布団を被って寝てしまったが」
「それで合点がいったわ」雪が顎に手を当てる。「光輝は、仲間を女として意識しちゃって、どう接していいか困ってたんだね」
「純粋な子だからねー、罪な奴だねぇ」美咲が呆れたように笑う。
「で、どうするの? 放っておくわけにはいかないでしょ」
朱音が皆に問いかける。
ここに、天照の光の女子9人による、リーダー・光輝への対処方針を決める「第一回対策会議」が開催されたのだった。




