A級ダンジョン 光輝の葛藤
A級ダンジョンに入った瞬間、俺はそのスケールの違いに驚愕した。
B級ダンジョンとは比べ物にならない。通路の幅が段違いだ。大人が横一列に並んで歩いても余裕のある広さ、いや、俺たち10人が肩を組んで歩いてもまだ隙間があるほどだ。
天井も高く、石造りの壁は冷たい湿気を帯びている。風通しの良さそうな空間だが、それが逆に不気味さを醸し出していた。
「これだけ広いってことは…それだけデカいモンスターもいるってことかもしれないな」
俺は思わず口に出した。B級のカマキリですら人間より大きかった。A級ともなれば、俺たちの何倍もの大きさの化物が徘徊していてもおかしくない。
「さて、やるか」
俺は気合を入れ直し、ドローンのカメラを起動させた。
「皆さん、おはようございます! 天照の光です! いよいよA級ダンジョンに挑戦します! 今日もよろしくお願いします!」
配信開始の挨拶を済ませると、コメント欄には『ついにきたか!』『ハーレムチート王見参!』『死ぬなよー』といった応援メッセージが早速流れてくる。
「詩乃、バフ頼む」
「はーい♪」
詩乃が杖を掲げ、詠唱を始める。俺も「照らす」を使用し、パーティ全体にバフをかける。淡い光がみんなを包み込み、ステータスが跳ね上がるのがわかる。
「みどり、頼むぞ」
「任せてっ!」
みどりは軽快な足取りで先頭に立った。彼女の高い敏捷性と索敵能力は、この広大なダンジョンでは命綱だ。
俺も歩き出そうとすると、不意に横から声をかけられた。
「光輝、気をつけて行こうね」
琴葉だった。彼女は心配そうに俺の顔を覗き込んでいる。緊張している俺をほぐそうとしてくれているのだろう。その優しさは嬉しい。嬉しいのだが…。
「あ、ああ…」
俺は逸る鼓動を抑えながら、彼女と目を合わせることができなかった。琴葉の顔を見ると、どうしてもあの夜の記憶がフラッシュバックするのだ。湯気越しに見えた白い肌、濡れた黒髪、そして…。
顔がカッとなり、視線が泳いでしまう。
「みんな! 慎重に行こう!」
俺は話題を切り替えるように声を張り上げた。赤くなった顔を見られないように前を向いたまま。
「モンスター来たよ!」
みどりの鋭い声が響いた。彼女は素早く下がってくる。
「ケモノ系! 数は…いっぱい!」
彼女が指差した先から、ヌッと影が迫ってきた。小型犬ほどの大きさのネズミだ。だが、その数が半端ない。床が見えなくなるほどの大群が、ザザザッと音を立てて押し寄せてくる。
「夜羽! 朱音! 頼む!」
俺は即座に指示を出した。この数だ、近接武器で一体ずつ倒していたらキリがない。
「我に任せろ!」
「燃えちゃえ!」
夜羽の闇魔法と朱音の火炎魔法が同時に放たれる。闇と炎が交差し、先頭のネズミ群を焼き払い、呑み込んでいく。
「囲まれたら厄介だ! 麗華! 正面を頼む!」
「お任せを!」
麗華が盾を構え、ネズミの進行を塞ぐ。その隙間から雪と美咲が飛び出した。
「はっ!」
「せいっ!」
雪の薙刀と美咲の槍が閃き、麗華の盾を迂回しようとしたネズミを正確に仕留めていく。
「右は朱音! 左は夜羽! 凛、左の混乱してる奴を倒してくれ!」
「了解!」
凛が日本刀を抜き放ち、夜羽の魔法で混乱したネズミたちの間を縫うように駆け抜ける。一太刀ごとにネズミが両断されていく。
「みどり! 詩乃! 弓で援護!」
「おっけー!」
「えいえいっ!」
二人の放った矢が、魔法の射線から逃れたネズミを正確に貫く。
「琴葉! 麗華の回復を!」
「うん!」
麗華の背後に位置取った琴葉から、緑色の光が放たれる。ネズミの牙が麗華の盾を掠めるたびに回復魔法が飛び、彼女のHPは常に満タンを保たれている。
数は多い。だが、俺たちの連携の前では統制の取れていない大群など大した脅威ではなかった。まるで巨大な掃除機のように、俺たちはネズミを駆除していく。
30分ほどの戦闘の後、最後のネズミが美咲の槍に貫かれて絶命した。
「ふぅ…なんとかなったね」
みどりが額の汗を拭う。
「我の魔法は集団の敵には有効だな」
夜羽が杖をしまいながら俺に言った。
「ああ…そうだな。助かったよ」
俺は彼女の方を見ずに答えた。夜羽の顔を見ても、琴葉と同じ現象が起きるからだ。あの月光のような白い肌、そして…。
再び顔が熱くなるのを感じながら、俺は努めて冷静な声を作った。
その様子を、朱音が不思議そうな顔で見ていたことに俺は気づかなかった。
少し休憩することにした。みんなは戦闘の疲れを癒やしている。俺は壁に背をもたれかけ、大きく息を吐き出した。
琴葉と夜羽の裸が頭から離れない。
昨夜のあの出来事から、俺の中で何かが壊れてしまったようだ。彼女たちを仲間として、戦友として見なければならないのに、ふとした瞬間に「女」として意識してしまう。
ダメだ。こんなことじゃ。
仲間をそんな風に見るなんて失礼だし、リーダーとしての資質も問われる。思えば思うほど、あの柔らかな感触や甘い香りが蘇ってきて、余計に混乱してしまう。
「光輝?」
朱音が近づいてきた。彼女は怪訝そうな顔で俺と琴葉、そして夜羽を交互に見ていた。
「どうかした?」
「…ううん、なんでもない」
朱音は何か言いかけてやめた。鋭い彼女のことだ。俺が二人を見ないようにしていること、そしてその理由に薄々気づいているのかもしれない。だが今は追求しないでおいてくれたらしい。
ありがとう、朱音。
俺は心の中で彼女に感謝しながら、立ち上がった。
「よし、行こうか! 次はもっとデカいのが待ってるかもしれないぞ!」
俺はわざと明るい声を出して、自分の情けない思考を振り払った。
まだA級ダンジョンは始まったばかりだ。これ以上の試練が待ち受けているはずだ。
気合を入れ直し、俺たちはダンジョンの奥へと足を進めた。




