夜羽の夜
「よし! 今年1年、死ぬ気でやるぞ!」
俺の言葉に、みんなが力強く頷いた。その瞳には、先ほどの神々しい空間で誓った決意が宿っている。ダンジョンの魔力を減らし、来年またここに戻る。その目標は明確だ。
……とはいえ、だ。
張り詰めた糸は切れやすい。気合を入れたのはいいが、せっかく伊勢まで来たんだ。ここで根を詰めても仕方がないだろう。
「今日は、せっかく三重まで来たことだし、遊ぶことにしよう!」
俺がそう提案すると、一瞬の静寂の後、全員から歓喜の声が上がった。
「やったー!」
「待ってました!」
「赤福食べたい!」
先ほどまでのシリアスな雰囲気はどこへやら、みんなの顔には年相応の笑顔が戻ってきた。やっぱりこっちの方が似合ってるな。
俺たちはまず、おかげ横丁へ向かった。参拝客で賑わう通りには、美味しそうな匂いが充満している。
「ねえねえ、ここ『おかげ横丁』ってどういう意味?」
みどりが看板を指差して聞いてきた。
「へへっ、それには秘密があるんだよ」
俺は少し得意げにスマホを取り出した。出発前に調べておいたのだ。
「この『おかげ』っていうのは、神様のおかげから来てるんだぜ。伊勢神宮に参拝できたことへの感謝の気持ちから名付けられたんだ」
「へえー! 光輝くん物知り!」
「さすがリーダーですわね」
みどりと麗華の称賛の言葉に、俺はつい鼻を伸ばしてしまった。ちょっとした知ったかぶりでも、リーダーの威厳を保つには必要だろ?
俺たちは赤福の暖かいお餅をつつき、てこね寿司を頬張り、松坂牛の串焼きに舌鼓を打った。みんなでワイワイと食べ歩きをするのは、ダンジョンでの緊張とはまた違った楽しさがある。琴葉と目が合うと、昨夜のことが脳裏をよぎってドキッとしたが、彼女は何事もなかったかのように「これ美味しいね!」と笑いかけてきた。…本当に演技が巧いというか、図太いというか。
腹が膨れた後は、鳥羽水族館へ向かった。三重県といえば水族館も有名だ。
巨大な水槽の中を泳ぐ魚たちを見ながら、俺たちは童心に返って楽しんだ。
「わあ、ジュゴンだ! 本物初めて見た!」
朱音が目を輝かせてガラスにへばりついている。
「このエビ…何か邪悪な気配が…早く食べてやらなければ」
夜羽だけは何故か食材目線で見ているのが彼女らしいと言えば彼女らしい。
凛はクラゲのコーナーでじっと動かない。それぞれがそれぞれの楽しみ方を見つけているようだ。
水族館を出る頃にはすっかり日が暮れていた。
「もう一泊して帰ろうか」
俺の提案に再び全員が賛成し、俺たちは昨日と同じホテルに戻った。
そしてまた問題の部屋割りだ。
「今日もジャンケンで決めましょう!」
昨日の雪辱を果たすべく、朱音たちが燃えている。
「最初はグー、ジャンケンポン!」
白熱した勝負の末、勝ち上がってきたのは…夜羽だった。
「ふふふ、我の魔眼には相手の出す手が見えているのだ」
彼女は不敵な笑みを浮かべている。人形のような美少女だが、中身がアレなのである。昨日のような琴葉とのハプニングにはならないだろうと、俺は内心ホッとしていた。男として色々な意味で危険なのは琴葉の方だ。夜羽なら安心して寝られそうだ。
……そう思っていた時期が俺にもありました
食事が終わった後、俺はある決意をして雪と麗華と美咲を部屋に呼んだ。
「いつも頼ってすまないが、今回の話を家に伝えてくれないか」
俺は神妙な顔で切り出した。
「ダンジョン探索の人数を増やすと言っても、1探索者の俺が言っても聞いてくれないだろうし」
天照大御神様からの神託。ダンジョンの魔力を減らすためには、もっと多くの探索者が潜らなければならない。しかし、俺一人が声を大にして叫んだところで、世間は動かないだろう。
「氷室、九条、宝条の家から何か発信してくれたら、後は天皇陛下も何かおっしゃってくれるだろうから」
国の頂点が動けば、探索者協会も動くはずだ。そしてそのためには、彼女たちの家——日本を動かす財閥の力が必要なのだ。
3人は互いに顔を見合わせた後、凛とした表情で俺に向き直った。
「任せてください」
雪が代表するように言った。
「我が氷室グループとしても、ダンジョン攻略は最優先事項です。すぐに父に連絡し、政府へ働きかけます」
「九条家からも同じく圧力をかけますわ。日本の危機ですもの、財界も黙ってはいませんわ」
麗華も力強く頷く。
「宝条家も賛成だ。うちは肉体派だから直接ダンジョンに潜る人材育成にも力を入れるよ」
美咲が頼もしい笑顔を見せる。
「ありがとう」
俺は深く頭を下げた。彼女たちの存在がどれほど心強いか。ただの同級生ではなく、共に戦う仲間であり、背中を預けられる戦友だ。
「よし、明日は早いぞ。もう寝よう」
夜羽がなかなか寝ない。
「夜は我の時間だ。それに、どうにも気になることがある」
彼女はそう言って、隣のベッドからじっと俺を見つめてきた。人形のように整った顔立ちが、暗がりの中でもはっきりとわかる。長い黒髪が枕の上に広がり、まるで絵画のような光景だ。
「昨日の琴葉とのこと…何かあったんだろう?」
俺の心臓が跳ねた。
「な、何もなかったぞ」
平静を装って答えたが、夜羽はニヤリと笑った。
「ふふ、光輝は嘘が下手だな。その顔、百パーセント何かあった顔だぞ」
「何もねえよ!」
「そうか、じゃあまだなんだな」
何がだ、と突っ込む前に、夜羽は起き上がった。
「琴葉は何もしていない。つまり、対価を得る機会があるのは我だけというわけだ」
「対価? 何の話だ?」
俺が首を傾げると、夜羽はこともあろうにパジャマのボタンに手をかけた。上着がはらりと落ち、白い肩が露わになる。下も同じく脱ぎ捨てられ、あっという間に下着姿になった。
「な、なにやってるんだ!」
俺は慌てて目を逸らそうとしたが、時すでに遅し。彼女はあっさりとブラジャーのホックを外し、ショーツにも手をかけた。
「私は性格はアレだが、容姿とプロポーションはなかなかイケてると思わないか?」
俺が声を上げる間もなく、最後の一枚も落とされた。目を閉じる暇もなかった俺は、彼女の全てを見てしまう。
黒の髪が腰まで流れ、白磁のような肌が淡い月明かりに照らされている。鎖骨から胸元へと続くラインは繊細で、その先にある膨らみは慎ましくも美しい。くびれた腰から足へと続く曲線はまさに芸術品だ。人形のように整った顔立ちに、人形を超えた生々しい肉体がそこにあった。
「私の身体では光輝への感謝への対価にならないか?」
淡々とした口調だが、その声はどこか不安げでもあった。
「もう見たから! 感謝は受け取ったから!」
俺は必死に言った。こんな状況で落ち着いていられるほど、俺は聖人君子じゃない。
「私は本当に感謝してるんだ」
夜羽の声が真剣なものに変わった。
「変なことを言っても笑ってくれる仲間と出会わせてくれたことを」
彼女はまっすぐ俺を見つめている。裸であることすら忘れたかのように、ただ純粋な感謝の気持ちを伝えていた。
「私は昔から『変な子』だった…浮いていた。夜が好きで、魔物や呪いの話をすれば、みんな気味悪がって離れていった。でも、お前たちは違った」
「夜羽…」
「光輝はリーダーとして、我の能力を認めてくれた。みんなも、私の変な発言に呆れたり笑ったりしながらも、決して私を排除しなかった。そんな居場所をくれたのは、お前だ」
彼女は少しだけ笑った。
「光輝もスマホでエッチな写真とか見るだろう? それと同じ感覚で我の身体を見て興奮してくれたら嬉しいぞ」
「エッチな写真とか言うな!」
俺はツッコミながらも、彼女の純粋な気持ちに胸が熱くなった。こいつは本当に、ただ感謝を形にしたいだけなんだ。
「わ、わかったよ。じゃあ…ちゃんと見るから」
俺は覚悟を決めて、彼女をじっくりと見た。美しい身体だった。まるで月の光を集めて作ったような、幻想的な美しさだ。感謝の気持ちをこんな形で表現しようとするのは相変わらず斜め上だが、それもまた夜羽らしい。
「…ありがとう。しっかり受け取った」
俺はそう言って、布団を頭からかぶった。これ以上見ていたら、色々とヤバい。
「ふふ、どういたしましてだ」
夜羽は満足げに笑うと、ようやくパジャマを着直す気配がした。
「おやすみ、光輝」
「…おやすみ」
俺は布団の中で丸まりながら、心臓の鼓動が静まるのを待った。琴葉に続き、夜羽までもがこんなだ。どうやら俺の周りは、感謝の表現方法が斜め上な女の子ばかりらしい。
翌朝、ロビーに集合した俺たちを、夜羽はいつも通りクールな顔で迎えた。
「みなのもの、おはよう」
「おはよう、夜羽ちゃん! あれ、今日はなんかご機嫌?」
みどりの問いに、夜羽はチラリと俺を見て言った。
「昨夜は、なんというか、気のいい夢を見たのでな」
俺は慌ててコーヒーカップで顔を隠した。




