内宮参拝
伊勢神宮に到着した。
正月3日ということもあり、境内は凄まじい人混みだった。初詣客がひしめき合い、お賽銭を投げようとする人々の頭が波のように揺れている。
「すごい人だねー」
みどりが目を丸くして呟くのも無理はない。東京の神社とは規模が違う。それにしても、これだけの人混みの中をどうやって参拝するんだろうかと俺が思案していると、
「あの、天照の光の皆様でしょうか?」
不意に背後から声をかけられた。
振り返ると、そこには白い斎服に身を包んだ女性が立っていた。年齢は三十代後半から四十代にかけてだろうか。品があり、かつ凛とした雰囲気を纏っている。巫女さんとは違う、もっと格式の高さを感じさせる佇まいだ。
「黒田様がお呼びですので、こちらにお越しください」
彼女はそう言って一礼した。
俺は反射的に雪と麗華と美咲を見た。彼女たちなら何か知っているかもしれない。しかし、三人とも揃って首を横に振った。心当たりはないようだ。麗華でさえも、「黒田?」と小首を傾げている。
「黒田様って誰?」琴葉が小声で聞いてくる。
「わからない。でも、悪い人じゃなさそうだ」
俺は直感でそう答えた。彼女の瞳には敵意も邪念もなく、ただ静かな敬虔さだけがあった。
「行こう」
俺が決断すると、仲間たちも頷いた。俺たちは人混みを避けるかのように設けられた脇道を通り、彼女についていった。
案内されたのは、一般の参拝客が入ることのできない区域だった。玉砂利を踏む音だけが響く静かな道を抜けると、やがて視界が開けた。そこには天照大御神様が祀られている内宮があった。
荘厳な空気が張り詰め、ただそこにいるだけで背筋が伸びる思いだ。
そこに、もう一人の女性が待っていた。先ほどの女性より少し年長で、同じく斎服を身に纏っている。しかし、その纏っている空気は段違いだった。ただ者ではない。それが俺の第一印象だった。
「ようこそお越しくださいました、使徒様」
彼女は深々と頭を下げた。
「私は祭主の黒田と申します。天照大御神様から神託がおりて、使徒様がお着きになったらこちらにお連れするようにと言われておりました」
雪と麗華が息を呑む音が聞こえた。
「黒田…まさか」麗華が信じられないものを見る目で彼女を見つめている。
俺は小声で麗華に尋ねた。「麗華、知ってるのか?」
麗華は俺の耳元に口を寄せた。
「光輝さん、黒田様は皇族のお方ですわ。天照大御神様の子孫ということになりますの」
皇族!? 俺は驚きを隠せなかった。そんな大物が直々に出迎えるなんて、俺たちが思っている以上に事態は重大なのかもしれない。
俺は努めて平静を装い、黒田さんに問いかけた。
「あの、天照大御神様とお話ができるのですか?」
正直な疑問だった。神様と会話なんて、普通は考えられない。
黒田さんは穏やかに首を振った。
「いえ、あちらから一方的に伝えてくるだけでございます。私は天皇陛下の代理で神事を任されておりますので、声だけ聞こえるのです」
彼女はそこで言葉を切り、俺たちの顔を一人一人見回した。
「ですが…あなた方なら、お話もできるかもしれませんね」
そう言うと、彼女は社の奥へと進むように手で促した。
俺たちは顔を見合わせ、頷き合った。ここまで来たらやるしかない。
社の奥に進み、全員で正座をし、目を閉じた。
静寂。
耳鳴りすらしそうな静けさの中で、俺は意識を集中させた。
祈りでも願いでもない。ただ、そこに在るものを受け入れるために。
次の瞬間、感覚が消えた。
身体の重みも、布の擦れる音も、土の匂いも消え去り、全員の意識が真っ白に輝く場所に移された。
以前に一度だけ体験したあの空間だ。
『光輝とその眷属たちよ』
神々しい声が響いてきた。どこから聞こえるわけでもなく、意識に直接響いてくるような声。
『よく来てくれました。光輝、頑張っていますね』
優しく、しかし力強い声だった。俺は深く頭を下げた。
「ありがとうございます」
そして、俺は単刀直入に聞いた。
「厄災については変わりはないですか?」
これが一番気になっていたことだ。あの厄災がいつ再来するのか。それが全ての鍵だ。
『少し魔力の貯まりが早いようです』
神様の声に、俺の心臓が跳ねた。早い? 予想より?
『ダンジョンのモンスターをもっと倒すと魔力の貯まりを減らせるのですが…』
つまり、ダンジョンに潜ってモンスターを倒すことで、厄災の再来を遅らせることができるということか。
「日本中の探索者にもっと潜るように頼みます!」
俺は力強く答えた。ダンジョンの魔力が尽きれば厄災も起きない。なら、世界中の探索者に潜ってもらえばいい。
『わかりました。話がすぐに通るように今代の天皇に伝えておきましょう』
天皇!? そんなところまで話が行くのか? いや、神様なら可能なのか。
俺は少し安心して言った。
「そうですね。子供の僕から言うよりは信じてもらえそうですからね」
すると、神様は楽しそうに笑われた。
『あなたたちはまだ強さが足りません』
その言葉に、俺はハッとした。確かに俺たちはまだB級ダンジョンで精一杯だ。A級やS級を相手にするにはまだ力不足だ。
『今年1年、強くなって、来年またここに来なさい。修行の場を用意しておきましょう』
修行の場? それはまた別の特別な試練なのか?
『とりあえずダンジョンの魔力の貯まりを遅らせるのです。頼みましたよ』
「はい! 必ず!」
俺が力強く答えると、白い光がふわりと緩み、意識が現実へと引き戻されていった。
ふと目を開けると、そこは元の社の中だった。
隣を見ると、みんなも目を開けたところだった。額に汗を浮かべている者もいる。やはり全員が同じものを見ていたのだろう。
「みんな聞いたな?」
俺は仲間たちに問いかけた。
「うん」
全員が力強く頷いた。その瞳には、先ほどまでの初詣気分はなく、強い決意の色が宿っていた。
目標が決まった。
ダンジョンの魔力の貯まりを遅らせること。
そして強くなって来年ここに戻ってくること。
「よし!」
俺は立ち上がり、仲間たちを見回した。
「今年1年、死ぬ気でやるぞ!」
「おう!」
「当然ですわ!」
「任せてください!」
個性豊かな返事が重なり合う。




