スキル「照らす」
翌日の放課後、俺たちは再びダンジョンに足を踏み入れた。目的は明確だ。新たなスキル『照らす』と、眷属となった琴葉との連携の検証だ。
洞窟の奥へと進み、ゴブリンの群れと遭遇する。数は3体。以前なら苦戦を強いられた相手だが、今の俺たちには余裕がある。
「行くぞ、琴葉!」
「うん!」
俺はスキル『照らす』を発動した。イメージは簡単だ。俺の光が、琴葉を照らすように包み込む。
その瞬間、琴葉の体にまばゆい光が降り注いだ。それはまるで、スポットライトを浴びたかのように彼女を輝かせた。
「わっ…なんか、体がすごく軽い!力が湧いてくる!」
琴葉が驚きの声を上げる。彼女のステータスを確認すると、俺は息を呑んだ。彼女の元のステータスに、俺のステータスが丸々プラスされているのだ。
「嘘だろ…これ、俺のステータスがそのまま乗ってるじゃないか」
更に驚くべきことがあった。以前のスキル『分ける』を使用した時は、相手に分けた分だけ光輝のステータスは低下していた。しかし、『照らす』では光輝のステータスは一切下がっていないのだ。『照らす』は自分の力を分けるのではなく、俺という存在そのものを光として眷属に浴びせているらしい。
「すごいよ、このスキル! ってことは、眷属を増やせば増やすほど、光輝のステータスが乗った探索者が増えるってことだよね!」
琴葉が目を輝かせて興奮している。その通りだ。俺が強くなれば、眷属全員が強くなる。まさに軍団を作るためのスキルだ。
「でも、何人まで行けるかが問題だな。それに…」
俺は少し言い淀んだ。
「キスをしなければ眷属に出来ないしな」
その言葉を聞いた瞬間、琴葉の表情がスッと曇った。
「そっか…。光輝、他の人ともキスするんだ…」
彼女はモジモジと自分の腕を擦りながら、不満げに呟いた。その様子が、なんだか拗ねている子供のようで可愛らしい。
「するんだって。俺なんかとしてくれないだろ、普通」
俺は苦笑しながら言った。事実、俺に好意を向けてくれる女子などいた試しがない。琴葉が眷属になってくれたのも、運命の導きがあったからこそだ。
「光輝はカッコいいよ…」
琴葉がボソッと小声で言った。しかし、洞窟の反響に消され、俺の耳には届かなかった。
「なんて?」
「なんでもない! ほら、ゴブリン来るよ!」
彼女は顔を赤くして、短剣を構えた。俺も気を取り直し、前を向く。
『照らす』スキルの恩恵は圧倒的だった。力の底上げされた琴葉の動きは、もはや後衛のそれではない。彼女はゴブリンの攻撃を軽やかに躱し、的確に急所を突いていく。俺も剣を振るい、瞬く間にゴブリンたちを無力化した。
最後の1体。俺が剣を振り下ろし、トドメを刺す。
《レベルアップ》
その時、琴葉からもファンファーレのような音が響いた。
「えっ? 私もレベルアップした? でも、トドメを刺したのは光輝だよね?」
琴葉が目を丸くして自分のステータスを確認する。そこには、確かに「レベル5」の文字があった。
「もしかして、眷属は経験値も同じだけ入るのか?」
俺は戦慄した。これまでダンジョンにおける最大の理不尽は、経験値がトドメを刺した者にしか入らないことだった。だから後衛職はレベルが上がらず、切り捨てられてきた。しかし、この眷属システムがあれば、俺がトドメを刺せば琴葉も同じ経験値を得られるのだ。モンスター1匹倒しても、人数分の経験値を稼げる計算になる。
「これなら、後衛の職業でもレベルアップ出来るぞ!」
俺たちは顔を見合わせ、歓喜した。これは、この世界の常識を覆す発見だ。
「明日からレベルアップしながら、仲間を探そう。天照大御神様の言う通り、早く強くならないとな」
「うん! 必要な人を、ちゃんと選んでね」
琴葉は釘を刺すように言った。彼女の言う「必要な人」の意味を、俺は噛み締めた。力だけでなく、心もだ。
帰り道、俺たちはスマホでダンジョン配信を見ながら歩いていた。トップ画面に表示されたのは、見慣れた顔たちだった。
「拓也たち、チャンネル作ったみたいだな」
拓也たちは俺たちを追い出した後、隣のクラスの武闘家と槍使いの2人をパーティに入れてダンジョンに潛っているようだ。画面の中の拓也は、カメラに向かって満面の笑みで語りかけている。
「みんな、俺の戦いを見に来てくれてありがとう! これからモンスターをやっつけます!」
その軽薄な声が、夜道に流れる。
モンスターを見つけると、拓也たちは一斉に飛び出した。だが、その光景は俺たちの目を疑わせるものだった。
アタッカーの4人が、自分がトドメを刺そうと一斉にモンスターに群がっている。誰かが攻撃しようとすれば別の人が割り込み、連携など全くない。ただの経験値の奪い合い。モンスターは為す術なく叩き殺され、その過程で彼らは互いに罵声を浴びせていた。
「俺の獲物だ! 邪魔すんな!」
「お前こそ離せ! 俺がトドメ刺すんだよ!」
コメント欄は、悲惨な有様だった。
『見る価値なし』
『何これ地獄』
『自己中の集まり』
『拓也イケメンだけど中身スカスカ』
『酷い戦い方。すぐ飽きそう』
散々な言われようだった。かつては仲間だった彼らが、配信という名の欲望に取り憑かれ、仲間としての絆を失っていく様が、そこにはあった。
「拓也たち、大丈夫かな…」
俺はスマホ画面を見つめ、無意識に呟いた。あんなやり方で、深層に行けるわけがない。いつか痛い目を見るかもしれない。
「こんな奴らは仲間にしちゃダメだよ」
琴葉が俺の横から画面を覗き込み、厳しい声で念を押した。
「光輝、優しいね。でも、あの人たちは自分たちで選んだんだよ。それに、あんな連携じゃ誰も守れない。私たちは、日本を救うんだよ? 足手まといやエゴイストは要らない」
彼女の言葉は冷たいようで、芯が通っていた。彼女は、拓也たちに追放されたあの日の屈辱を忘れていない。そして、俺たちが切り開いたこの道の価値を、誰よりも理解している。
「わかってるよ。仲間は選ぶ。でも、天照様の指示通り早く見つけて強くならないとな」
俺はスマホをポケットにしまった。夜風が冷たく頬を撫でる。俺たちの戦いは、まだ始まったばかりだ。
その日の夜、光輝たちとは全く別の場所で、1人の少女がベッドの上で苦悶していた。
彼女の名前は、氷室 雪。黒髪ロングのストレートな髪が、汗で額に張り付いている。彼女は、都内有数の進学校に通う高校1年生だった。
「うぅ…」
彼女は悪夢にうなされていた。炎に包まれる街。倒れていく人々。そして、その中心に立つ巨大な闇。絶望的な光景が、彼女の心を締め付ける。
その時、闇の中から一筋の光が差し込んだ。温かく、力強い光。
『氷室雪よ』
威厳と慈愛に満ちた声が響いた。
『神代光輝に協力しなさい。そして、日本を救いなさい』
「神代…光輝?」
彼女は夢の中で、その名前を繰り返した。見たこともない少年の顔が、なぜか脳裏に浮かぶ。その少年は、光の中に立っていた。
ハッと目が覚めた。パジャマは汗で濡れ、心臓は激しく脈打っていた。
「神代、光輝…」
彼女はその名前を、自分に言い聞かせるように呟いた。それが、彼女の運命を大きく変える始まりだった。




