伊勢参り
冬休みに入り、ダンジョン探索とレベル上げは順調に進んでいた。B級ダンジョンの攻略もすっかり板についてきて、俺たち「天照の光」のメンバーは全員がレベル13に到達している。そろそろA級ダンジョンの門が開くのも時間の問題だろう。
そんな矢先、またしても麗華が張り切っていた。
「お正月ですわ! 伊勢参りに行きましょう!」
パーティの作戦会議という名の雑談中、彼女はそう宣言した。目はキラキラと輝き、まるで遠足を待ちかねる子供のようだ。
「伊勢神宮か。正直、一度行ってみたかったんだよな」
日本の神道の総本山であり、俺たちの加護を与えてくれた天照大御神様を祀る聖地。パーティーリーダーとして、いつかは訪れたいと思っていた場所だ。
「けど麗華、お前本当にイベントが大好きだな。クリスマスに続いて正月かよ」
俺が呆れ半分、感謝半分で言うと、麗華は胸を張って答えた。
「当然ですわ! 神様に感謝を捧げ、新年の決意を新たにするのは、日本人として当然の務めですの!」
…まあ、その建前はともかくとして、彼女はみんなでイベントを楽しみたいだけなのだろう。孤独だった財閥の令嬢にとって、仲間と過ごす特別な日はどれも宝物のようなものなんだろうな。
「車は出しますわ。私の実家のリムジンでゆったりと参りましょう」
「じゃあ私はホテルを取っておくわ」雪がサラッと言った。
「え、ホテル? 伊勢神宮の近く? 正月によく取れるな…」
俺が驚いて聞くと、雪は涼しい顔で答えた。
「ウチの関連企業が経営しているホテルですから。社長命令なら空きが出ます」
さすが氷室家。財閥の力は伊達じゃない。
こうして、お正月伊勢参りツアーが急遽決定した。
1月2日、俺たちは麗華の実家が所有する超長距離用リムジンに乗り込んだ。中はまるで豪華なリビングルームだ。ソファやテーブルがあり、冷蔵庫には飲み物が入っている。運転は麗華付きのメイドさんたちが担当してくれた。
東京から伊勢までは車で5時間強。のんびりと景色を楽しみながら、俺たちは伊勢に到着した。
そして、雪が手配してくれたホテルに到着した。
「ようこそいらっしゃいました」
フロントで出迎えられた俺たちは、部屋に案内された。さすが関連企業が経営するだけあって、サービスが行き届いている。広くて綺麗な洋室に、最高級のベッドが置かれている。
「でもさすがに1人1部屋は無理でした」
雪が申し訳なさそうに言った。
「正月ですからね、満室です。ツインルームが6部屋だけ確保できました」
6部屋。俺たちのパーティは10人だ。1部屋に2人ずつ入れば5部屋で済むが、6部屋あるということは……。
「あの、リムジンを運転してくれていたメイドさん2人も、お部屋を使われるそうですわ」
麗華が小声で言った。
「あの方たちも疲れていらっしゃいますし、さすがに相部屋は酷ですわ」
なるほど、つまりメイドさん2人で1部屋。残りの10人で5部屋ということか。男女で分ければ、女性陣9人で4部屋、俺1人で1部屋…いや、それじゃあ俺1人のために1部屋使うことになるな。それもなんだか申し訳ない。
「ここはやはり、誰かが光輝さんと同室になるべきですわね」
麗華が何か企んでいるような笑みを浮かべた。
「えっ、俺と相部屋?」
俺が狼狽えていると、女性陣の目が一斉に俺を射抜いた。
「当然でしょう。リーダーと同室で、夜遅くまで作戦会議ができる権利よ」朱音がじりじりと近づいてくる。
「あたし、寝相悪いから、添い寝して直してもらいたいな〜」詩乃が猫撫で声で囁く。
「我は夜行性ゆえ、夜語らい相手が必要だ」夜羽が妙に真面目な顔で主張する。
「…私が一番回復魔法を使うから、光輝の疲労回復には必要だし」琴葉が顔を赤くしながらも、必死にアピールする。
「じゃあ、光輝と同じ部屋になる権利をかけて、ジャンケン大会をしましょう!」
みどりの提案に、全員が賛成した。
「えっ、そんな簡単に決めていいのか?」
俺のツッコミは虚しく、すでに円陣が組まれていた。
「じゃあ、最初はグー、ジャンケンポン!」
1回戦。俺と相部屋になる権利をかけた、壮絶な生存戦略が始まった。
みどり、詩乃、朱音、夜羽が最初のラウンドで脱落。勝負は思いのほか早く、白熱していった。
準決勝。残ったのは麗華、雪、凛、琴葉、美咲の5人。
「ここからが本番ですわよ」
麗華の目が本気だ。雪も普段のポーカーフェイスを崩さず、鋭い眼光を放っている。凛は無表情だが、気合がみなぎっている。
「ジャンケンポン!」
麗華と雪と凛が同時にパーを出し、琴葉と美咲がチョキ。
「まあ!」
決勝戦に残ったのは琴葉と美咲の2人だった。
「まさか決勝に残るとは…」琴葉が信じられないという顔をしている。
美咲はニコリと笑い、琴葉に向かって耳打ちした。
「琴葉、だったら譲ろうかな」
「えっ?」
「ボクはグーを出すからね」
美咲はそう言って、親指を立てて見せた。
「美咲…」
琴葉は驚いた顔で美咲を見た。美咲の純粋な瞳には、嘘偽りのない真意が見える。彼女は、琴葉が光輝と同室になりたがっていることを知っていたのだ。
「いいの? 本当に?」
「うん。ボクは皆と同室でも楽しいし、琴葉が一番頑張ってるから、休ませてあげたいんだ」
美咲の優しさに、琴葉は迷った。だが、美咲の信頼に応えるためにも、彼女は決意を固めた。
「…わかった。信じるからね」
「うん。ジャンケン…ポン!」
琴葉は震える手で、パーを出した。
美咲は、宣言通りグーを出した。
「あっ…」
琴葉のパーが、美咲のグーを包み込む。
「やった…」
琴葉の勝利だ。
「くそー! 琴葉め、まさか美咲の作戦に乗るとは!」朱音が悔しがる。
「美咲ちゃん、太っ腹!」詩乃が称賛する。
「ふむ、勝負に全力を尽くさぬは武士の情けか」夜羽が妙に納得している。
琴葉は、震える両手で顔を覆ったかと思うと、俺の方を振り返った。
その顔は、さっきまでの緊張が嘘のように、ニマニマと緩んでいた。
「光輝…今夜はよろしくね」
「あ、ああ…」
俺は引きつった笑顔で頷いた。
まさか、美咲がわざと負けるとは思わなかった。あいつ、本当にいいやつだな。でも、琴葉と同室か。
「今夜は…早く寝ような?」
俺がそう言うと、琴葉はニヤリと笑った。
「ふふっ、どうかな?」
その笑顔が、なぜか妙に恐ろしかった。
かくして、俺たちのお正月伊勢参りツアーは、波乱含みの幕開けとなったのだった。




