クリスマス
麗華がまた張り切っている。
今度は何だ?
「クリスマスパーティーをしましょう!」
言い出したのは、またしてもこのお嬢様だった。目をキラキラさせて、両手を胸の前で組んでいる。普段は凛とした佇まいの彼女が、こういう時は年相応の女の子に見えるから不思議だ。
「えっと…クリスマスってキリストの誕生日だよな。俺たちがやって大丈夫なのか?」
俺が素朴な疑問を口にすると、麗華はきょとんとした顔をした。
「異教の祭りみたいなもんだし、天照大御神様は許してくれるのかな…」
「誰もキリストを祝ってパーティーをしてる日本人なんていませんわ」
麗華がキッパリと言い切る。
「ただの集まる口実ですわ」
「いや、キリスト教の人に怒られるぞ…」
俺は苦笑したが、まあ確かに現代の日本のクリスマスなんてそんなものだ。チキンを食べてケーキを食べて、恋人と過ごす日。宗教的な意味合いなんて誰も考えちゃいない。
それに、麗華はこういうイベントが好きなんだろうな。普段は九条財閥の令嬢として、毅然と振る舞っているけど、本当は友達とワイワイ騒ぎたい年頃なんだ。雪も前に言っていた。お金持ちのお嬢様は、気軽に友達と遊ぶこともできないって。
「よし、やるか」
俺が笑顔で言うと、麗華は飛び切りの笑顔を見せた。
「ありがとうございますわ!」
そんなわけで、クリスマスパーティーの計画が始まった。日程は12月24日。場所は麗華の家。プレゼント交換もすると言うから、何か探さないとな。
問題は何を買うかだ。探索に役立つ実用的なものか、それとも日常で使えるようなものか。みんな女の子だし、可愛いものの方が喜ぶかな。いや、みんな戦士でもあるし、実用品の方がいいか。
俺は数日悩んだ末に、可愛いマグカップのセットにした。淡いパステルカラーのカップで、縁に小さな花の模様が入っている。誰が受け取るかわからないけど、温かい飲み物を飲みながら少しでもリラックスしてくれたら嬉しい。大事に使ってもらえたらもっと嬉しい。
B級ダンジョンでレベルを上げながら、クリスマスを待つ。日々の探索も順調だ。俺たちはすでにB級でも安定して戦えるようになっていた。レベルも全員が12から14に到達し、チームワークも格段に向上している。
そして迎えたクリスマス当日。
俺はお泊まりの準備をして、再び麗華の豪邸を訪れた。門をくぐると、クリスマスらしい飾り付けが出迎えてくれる。門松のような和風の飾りではなく、赤と緑のリースやイルミネーションだ。
「光輝くん! こっちこっち!」
玄関でみどりが手を振っている。どうやら俺が最後だったらしい。
屋敷の中は圧巻だった。大きなクリスマスツリーがホールの中央にそびえ、オーナメントがキラキラと輝いている。天井からはゴールドのリボンが下がり、テーブルには真っ白なクロスがかけられ、銀の燭台が並んでいる。
そして、料理。
「うわぁ…」
思わず声が漏れた。まるで高級レストランのようなフルコースが並んでいる。ローストチキンにビーフシチュー、色とりどりのサラダにオードブル。そして中央には大きなクリスマスケーキ。
「すごいよ、麗華!」
俺が感嘆の声を上げると、麗華は少し照れたように微笑んだ。
「皆さんに楽しんでいただきたくて」
その時、廊下の陰からスンスンと鼻をすする音が聞こえた。見ると、麗華の家のメイドさんたちがハンカチを目に当てている。
「お嬢様が…お嬢様がお友達とパーティーを開けるなんて…」
「よかったですわね…本当によかった…」
彼女たちは涙ぐみながら、互いに肩を抱き合っている。その姿に、俺は胸が詰まる思いがした。
そうか。麗華は本当に、こういう普通の友達付き合いに憧れていたんだな。雪も前に言っていたように、彼女はずっと孤独だったのだろう。九条家の令嬢として、常に一歩引かれて接されてきたのかもしれない。
そう思うと、このパーティーを開こうと言い出した彼女の勇気がわかる気がした。
「よし、楽しもう!」
俺はわざと大きな声で言った。みんなも「おー!」と声を合わせる。
料理はどれも絶品だった。特にローストチキンが柔らかくてジューシーで、気づけば3回もおかわりしていた。朱音は豪華な料理を写真に撮りまくっている。「配信のオフショットに使うんだから!」だそうだ。
琴葉がケーキのイチゴを落としそうになって、みどりが素早くキャッチする場面もあった。さすがスカウトの反射神経だ。
雪も美咲も、麗華も、いつもよりずっとリラックスした表情で笑っている。凛は無表情のままケーキを3切れも食べていて、夜羽は「洋風の菓子もなかなかだな」と妙に偉そうに評論していた。詩乃は得意の話題で場を盛り上げ、みんなの笑顔を引き出している。
こんな時間が、ずっと続けばいいのに。
いや、必ず守ろう。この笑顔を、この日常を守るために、俺たちは戦っているんだ。
食後、ついにプレゼント交換の時間になった。
「ルールは簡単ですわ。音楽が流れている間、プレゼントを隣の人に回していきます。音楽が止まった時に手元にあるプレゼントが、あなたへのプレゼントです」
麗華が司会進行を務める。
「誰からのプレゼントかは開けてみてのお楽しみ、ですわね」
つまり、誰に当たるかわからないランダム交換というわけか。みんなそれぞれ悩んで選んだプレゼント。どんなものが入っているかドキドキする。
「では、音楽スタート!」
麗華の合図で、クリスマスソングが流れる。ジングルベルの軽快なメロディに乗せて、俺たちはプレゼントを隣に回していった。包みを手渡すたびに、「これ誰のかな」「重い!」「軽い!」と歓声が上がる。
「ストップ!」
音楽が止まり、手元に一つだけ包みが残った。ラッピングはシックな赤と金。誰が用意したものだろう。
「一斉に開けましょう!」
「「「せーの!」」」
俺は包みを開けた。
中に入っていたのは、手作りのクーポン券だった。厚手の紙に、達筆な文字でこう書いてある。
『麗華のおっぱいをさわれる券』
……は?
思考が停止した。いや、待て。何が書いてある?
「1メートル!!」
俺は思わず叫んでいた。あの日の衝撃が、俺の口をついて出たのだ。採寸室の向こうから聞こえた「ひゃくせんちー」という叫び声。あの時、俺が脳内で反芻した数字。それが今、目の前のクーポン券と繋がった。
周りを見渡すと、女性陣が全員、同じようなクーポン券を手にしているではないか。
「ちょっと待て…全員同じなのか?」
俺が呆然と尋ねると、琴葉が真っ赤な顔でうつむき、みどりが「あはは…」と笑いながら頭をかく。雪は涼しい顔をしているが耳が赤い。朱音はプイッと顔を背け、凛は無表情のまま微動だにしない。詩乃は「あたしのも入ってたよ!」と元気に報告。夜羽はなぜか得意げだ。美咲は「ボクの筋肉質な胸はちょっと価値が下がるかな」と冗談めかして笑っている。
そして麗華は、優雅に微笑んでいた。
「実は皆さんで仕組んだのですわ。それぞれがご自分の『さわれる券』をプレゼントとして用意いたしました」
「誰が俺に当たるか楽しみにしてたってわけか…」
なるほど、それで全員が同じ内容だったのか。ランダム交換だから、誰の券が俺の手に来るかわからない。運試しみたいなものか。
「くそっ…からかいやがって」
俺は苦笑いしながらクーポン券を眺めた。麗華の達筆な文字。「さわれる券」。これはもう、全力で仕掛けてきたな。
「でもな、今日は楽しむって決めてるんだ」
俺は顔を上げ、ニヤリと笑った。
「遠慮なく使わせてもらうぞ。本当に触ってやるからな」
「えっ」
麗華の顔が一瞬で真っ赤になる。
「ちょ、光輝、本気?」
琴葉が焦った声を上げる。
「当然だろ。せっかくのクリスマスプレゼントだ。無駄にはできん」
俺はゆっくりと立ち上がり、麗華の前に立った。
「本当に…よろしいのですか?」
彼女は一瞬だけ怯んだが、すぐに観念したように目を閉じた。美しい顔が、ほんのりと朱に染まっている。その胸元に視線を落とす。綺麗なドレスの上からでもわかる、その存在感。1メートル。
「じゃあ…失礼して」
俺は手を伸ばした。そっと、本当にそっと触れる。
そして、その瞬間、俺は言葉を失った。
1メートルは凄かった。
手が、沈み込んでいったのだ。想像を絶する柔らかさが、俺の掌全体を包み込んだ。それはまるで雲のようで、それでいて確かな質量を持っている。決して重力に負けていないのに、触れた手を優しく受け止める弾力。なんだよ、これ。なんなんだよ、アレ。
俺の手が、完全に沈み込んだ。
「…光輝さん」
麗華が小さく声を漏らす。
その声で我に返り、俺は慌てて手を離した。部屋の中はしんと静まり返っている。みんなが固唾を飲んで見守っていた。
「…すごかった」
俺は正直な感想を漏らした。
次の瞬間、部屋中が笑い声に包まれた。朱音が「ちょっと、どんな感想よ!」と叫び、みどりがお腹を抱えて笑い、詩乃が「あたしのも試す?」と近づいてくる。琴葉が「ダメ! もう終わり!」と俺の前に立ちはだかり、凛は無表情のまま小さく拍手していた。
「まったく光輝は…」雪が呆れ顔で笑う。
パーティーは深夜まで続いた。
メイドさんたちが用意してくれたゲストルームに戻り、俺はベッドに飛び込んだ。天井を見上げながら、今日の出来事を反芻する。
豪華な食事、飾り付け、そしてプレゼント交換のハプニング。張り切っていた麗華の笑顔。涙ぐんでいたメイドさんたち。みんなの笑い声。
「楽しかったな…」
俺は小声で呟いた。
今日のことは、きっと忘れられない思い出になるだろう。それは、ダンジョンで戦うだけじゃ得られない、かけがえのない宝ものだ。
明日からまた探索だ。B級のダンジョンも、そろそろ次のステップに進む頃かもしれない。もっと強くなって、みんなの笑顔を守り続けるんだ。
「よし…」
俺はクーポン券をそっと机の上に置き、目を閉じた。
夢の中でも、きっとあの柔らかさを思い出すんだろうな。
まあ、それも悪くないか。
クリスマスパーティーでの恥ずかしい思い出とともに、俺は深い眠りに落ちていった。




