倭建命の加護
新たな仲間を迎えた俺たちは、さっそく雪と麗華に朱音と夜羽を紹介するため、近くの喫茶店に移動した。俺の後ろを歩く朱音は「仲間に紹介って緊張するわね」とソワソワし、夜羽は「ふっ、我が直々に会ってやるのだから光栄に思うがいい」といつもの調子で強がっている。
すぐに待ち合わせ場所の喫茶店に着くと、席に座っていた雪と麗華が手を振るのが見えた。しかし、そのテーブルにはもう一人、見慣れない女子が座っている。
ポニーテールの凛々しい感じの女の子だ。
背筋をピンと伸ばし、両膝の上にきちんと手を置いている。細身だが無駄のない引き締まった体つきで、カフェの椅子に座っているだけなのに、まるで道場で正座しているかのような威圧感があった。
「待っていましたわ!」麗華が立ち上がって手招きをする。「紹介しますわね。こちら、わたくしのクラスメイトで、剣道部のエース、神崎凛さんですの」
立ち上がった凛は、俺たちに向かって深々と頭を下げた。その所作ひとつとっても、武道の心得があるのがわかる。
「初めまして、神崎凛と申します」
彼女は静かに語り始めた。家が代々続く剣道場を開いていて、物心つく前から竹刀を握っていたこと。全国大会で何度も優勝し、将来は道場を継ぐはずだったこと。しかし探索者適性が発覚し、その力をもっと多くの人を守るために使うべきではないかと悩んでいたこと。
「私は日本刀を使います。九条さんから全ての話を聞きました。ダンジョンの真実も、八岐大蛇のことも」
凛は俺の目を真っ直ぐに見つめた。その瞳には迷いの色は一切ない。
「どうか私にも、あなたたちと共に厄災に立ち向かわせてほしい」
俺は凛の前に立った。
「ああ、一緒に戦ってくれ。よろしく頼む!」
「ありがとうございます! ただ…その…」
それまでの凛々しい態度から一転、凛は顔を赤らめてもじもじし始めた。
「契約には…キスが必要と伺いました。私…その…こういうことは初めてで…だから…」
「ああ、大丈夫だ。優しくするから」
俺が微笑みながら言うと、凛はホッとしたように息を吐き、目を閉じた。
「お、お願いします…優しく…」
俺は彼女の肩にそっと手を置き、緊張を解くようにゆっくりと顔を近づけていく。初めての儀式に震える彼女を怖がらせないよう、慎重に、優しく。
「な、なによあれー!」
突然、朱音の非難の声が飛んできた。
「私たちの時と全然違うじゃない! 私なんて『さっさとしなさいよ』だったのよ!? 夜羽なんて顎クイされてたし!」
「ちょ、朱音! その話はやめるのだ!」夜羽が慌てて朱音の口を塞ぐ。
「しーっ! 今いいところなんだから!」みどりが人差し指を立てて二人を黙らせた。
琴葉は何も言わないが、ジト目で俺を睨んでいる。詩乃は「凛ちゃん緊張してるね、可愛い」とほのぼのと見守っていた。
俺は雑念を振り払い、凛の唇に自分の唇を重ねた。瞬間、凛の体が眩い光に包まれる。
「んんっ…はぁ…」
凛から漏れた声は、戦士のものとは思えないほど悩ましく甘やかだった。光の中で彼女のポニーテールがほどけ、長い黒髪が風もないのにふわりと広がる。
光が収まると、凛は我に返り、カッと顔を赤くした。しかしすぐに気を取り直し、居住まいを正す。
「こ、これで契約は完了でしょうか」
「ああ、ステータスを確認してみてくれ」
凛が手をかざすと、ステータス画面が表示された。
【名前】神崎凛
【レベル】1
【スキル】草薙一閃
【加護】倭建命
「倭建命…日本の英雄神…」
凛は自分の目を疑うように画面を見つめ、それから顔を上げて俺を見た。
「これほどの加護を…私のような者に…」
「凛の実力と覚悟が認められたんだよ」
俺がそう言うと、凛の目に涙が浮かんだ。彼女はそれをグイッと手の甲で拭い、姿勢を正した。
「この加護、決して無駄にはしません。この神崎凛、命に代えても皆さんをお守りします!」
「やったー! 新メンバーだ!」みどりが飛び跳ねる。
「これで一気に戦力が整いましたわね」麗華も満足げに頷く。
俺はみんなを集め、改めて自己紹介の時間を取ることにした。9人ものパーティになると、お互いのスキルや役割をきちんと把握しておく必要があるからだ。飲み物を注文し、みんなが落ち着いたところで、まず俺が口を開いた。
「じゃあ俺から。神代光輝。このパーティのリーダーだ。天照大御神様の加護を貰っていて、『照らす』スキルでみんなのステータスを引き上げることができる。前衛でも戦えるけど、基本は司令塔として全体を見る役目だ」
「はい、次は私ね!」琴葉が元気よく挙手した。「結城琴葉です。回復担当だけど、このメイスで前衛にも出られます。大国主命様の加護を貰いました。パーティの安全は私が守るからね!」
「氷室雪です。前衛で薙刀を使います。建御雷神様の加護をいただいています。一撃の破壊力なら誰にも負けません」
「水瀬みどりでーす! スカウトだよ。危険察知があるから道案内は任せてね。猿田彦大神様に加護を貰ったの。あと、トラップ解除も得意だから!」
「九条麗華と申しますわ。タンクとして皆様を守りますの。天手力男神様の加護を頂戴しましたわ。どんな攻撃もこの身で受け止めてみせます」
「天音詩乃だよ! 歌って踊れるバッファーなの。天宇受売命様の加護で、みんなのステータスをさらにブーストできるんだよ。よろしくね!」
「星宮朱音よ。火魔法が使えるわ。木花咲耶姫様の加護をいただいたの。今度こそ使える魔法使いになってみせるから、よろしく」
「我が名は月城夜羽。我が力は闇魔法。月読命様に加護をいただいた、選ばれし存在だ。覚悟するがいい」
最後に凛が立ち上がり、ピシリと背筋を伸ばした。
「神崎凛と申します。剣士です。この日本刀で、皆さんの行く道を切り開きます。倭建命様の加護をいただきました。不束者ですが、よろしくお願いします!」
全員の自己紹介が終わったところで、雪が小さく手を挙げた。
「光輝、もう一人候補がいるんです」
「私の幼馴染で、槍術の達人なんですけど…今は実家の方と相談していて、OKが出たらすぐにでも合流したいと」
俺は頭の中でメンバーを数えた。俺、琴葉、雪、みどり、麗華、詩乃、朱音、夜羽、凛の9人。それに雪の幼馴染が加われば10人だ。
「10人か。いい感じの大所帯になってきたな」
「パーティの最大人数は何人までなのかしら?」琴葉が聞いてくる。
「上限はないらしい。でも人数が増えれば増えるほど指揮が難しくなるから、10人くらいがひとつの区切りになるかもな」
「いずれにせよ、これ以上増えるならサブリーダーが必要になりそうですわね」と麗華。
俺は立ち上がり、全員を見渡した。
「よし、まずはこの9人でダンジョンに行ってみよう。新しく入った朱音、夜羽、凛の実力を確認したい。それに、9人での連携練習も必要だ」
「D級ダンジョンかしら?」琴葉が首をかしげる。
「いや、C級にしよう。俺の『照らす』があるし、詩乃のバフと組み合わせれば、レベル1の三人でも十分に戦えるはずだ」
俺の言葉に、朱音は驚いた顔をし、夜羽は不敵な笑みを浮かべ、凛は「分かった」と深く頷いた。
「よし、C級ダンジョンに挑むぞ!」
「「「おーっ!」」」




