厄災の名は八岐大蛇
天照大御神様に夢で色々と聞くのが目的だ。それはわかっている。わかっているんだが——。
パジャマ姿の美少女5人に囲まれて、一体どうやって寝ろというのか。
詩乃は薄桃色のシルクパジャマを着て、俺の右隣にちょこんと座っている。布団の温もりが彼女の甘い香りをふわりと運んでくる。
「光輝くん、眠れないの?」
詩乃が不思議そうに俺の顔を覗き込んできた。至近距離で見つめられると、そのアイドル顔が目の前に迫って心臓に悪い。
左隣では、琴葉が無言で布団に潛り込んでいる。彼女は最近、俺に対して素っ気ない態度が減り、時折ふと見せる可愛い顔が脳裏に焼き付いて離れない。そんな琴葉がこんなに近くに寝ているなんて、意識しない方が無理だ。
「ちょっと、まだ起きてるの?」
琴葉が布団から顔だけ出して睨んできた。しかしその頬も心なしか赤い。彼女も緊張しているのかもしれない。
「だってこれは…その…」
俺が言い淀んでいると、詩乃がクスッと笑った。
「よしよし、じゃあ私が寝かしつけてあげるね」
彼女は俺の布団の中に手を入れると、子供をあやすみたいに、胸の辺りをポンポンと優しく叩き始めた。
「ねんねんころりよ おころりよ…」
子守唄だ。しかし詩乃の声は普通の子守唄とは次元が違う。加護「天宇受売命」の影響か、彼女の声は本能に直接響くような心地よさがあった。張り詰めていた俺の神経が、ゆっくりと解れていく。
「気持ちいいでしょ?」
「ああ…なんか、妙に落ち着く…」
いつしか俺の瞼は重くなり、そのまま深い眠りに落ちていった。
「寝顔カワイイ…」
詩乃はうっとりと俺の寝顔を眺めている。指が自然と俺の髪に触れそうになり、慌てて引っ込めた。
そして彼女は気づいていなかった。反対側から、琴葉の熱い視線が俺の寝顔に注がれていることを。
興奮して眠れないのは、どうやら俺だけじゃなかったらしい。しかし夜中になって限界が来たのか、次第に全員が深い眠りに落ちていった。
——気がつくと、俺は白く輝いている部屋に立っていた。
天井も壁もない。ただ無限に広がる白い空間だ。そして俺の周りには、琴葉、雪、みどり、麗華、詩乃の姿もある。
「ここは…」
『光輝とその眷属たちよ』
荘厳な声が響き渡り、俺たちの前に金色の光が収束していく。やがてそれは、圧倒的な存在感を放つ女性の姿となった。
天照大御神様だ。
『私に聞きたいことがあるのですか?』
俺は深く息を吸い込み、覚悟を決めて問いかけた。
「天照大御神様、厄災はいつ頃起こるのでしょうか? 時間に余裕が無いなら、学校を休んで強くなることに専念したいのです」
天照大御神様は静かに首を振った。
『厄災はもう始まっています』
『ダンジョンがそうなのです。ダンジョンが魔力を溜めて、八岐大蛇の封印を解こうとしています』
俺は息を呑んだ。ダンジョンはただの異空間ではなく、巨大な陰謀の一部だったのか。
『奴が蘇ると、日本は今度こそ終わるでしょう。前回の時は神が出てなんとか封印にまで持っていったのですが、今回はより強力な封印を解こうとしています』
「では、どれくらいの猶予があるんですか?」
『封印が完全に解かれるまで、あと3年はかかるでしょう。しかし、早まる可能性もゼロではありません』
天照大御神様は俺たち一人ひとりを見渡した。
『光輝よ。仲間を増やしながら、強くなるのです。お前が持つ「照らす」の力は、仲間の可能性を最大限に引き出す。信頼できる仲間を集めなさい』
光が強まり、天照大御神様の姿が消えていく。
「ありがとうございます、天照大御神様!」
俺の声が空間に吸い込まれ、視界が真っ白になった。
——次の瞬間、俺は飛び起きた。
「はあっ、はあっ…」
麗華の部屋だ。窓の外は朝日が昇り始めている。
「会えたね」
俺が周りを見渡すと、琴葉も、雪も、みどりも、麗華も、詩乃も、みんな飛び起きた状態でボーっとしている。どうやら全員があの夢を見ていたらしい。
「信じられませんわ…本物の天照大御神様でしたわね」
麗華が両手を組んで感極まった声を出す。
「私、ずっと夢の中にいるのかと思いました」みどりはまだ夢うつつのようだ。
「八岐大蛇…本当に蘇るんですか」雪の顔には恐怖の色が浮かんでいる。
「でも、まだ時間はあるんだ。3年あれば俺たちはもっと強くなれる」
俺は拳を握りしめた。迫り来る脅威に立ち向かうためには、やはり仲間が必要だ。
全員が落ち着いたところで、これからの方針について話し合った。
「仲間を集めるには、やっぱり学校が一番だと思う」
雪の提案に、俺は頷いた。
「となると、レベルを上げながら4月まで学校で仲間を探すってことか」
「はい。そして新年度から休学して、本格的にダンジョンに籠る」
詩乃が手を挙げる。
「私もそれでいいと思う! 4月までにできるだけ多くの仲間を見つけよう」
「私もですわ」麗華も賛成。「九条家の家訓に『善は急げ、されど準備は怠るな』というのがありましてよ」
「雪、麗華、お前たちの学校って探索者適性があるのにパーティを組んでない子が多いんだよな?」
俺の問いかけに、雪が小さく頷いた。
「はい。お嬢様学校ですから、探索者をやってない子が結構います。」
「なら、頼みがあるんだ」
俺は身を乗り出した。
「俺たちのパーティ、前衛の厚みがまだ足りないんだ。俺と雪と麗華はいるけど、八岐大蛇みたいなデカい相手を想定すると、もっと盾と剣が必要だ。だから、お前たちの学校で前衛を志望してくれそうな子を探してくれないか?」
俺の学校では、前衛適性のある奴はもう大抵がパーティを組んでいる。今からスカウトするには手遅れだ。だが、お嬢様学校には「秘蔵」の人材が眠っている可能性がある。
「任せてくださいませ!」麗華が胸を張った。「私のクラスにも、剣道部のエースで探索者適性があった子がいますの! きっと日本のためなら動いてくれますわ!」
「私も、幼馴染で槍術をやっている子がいます。彼女なら頼りになります」雪も力強く頷く。
「助かるよ。俺の学校じゃ前衛はもう埋まってるからな。その代わり、俺たちは後衛を探す。まだレベル1で、パーティを組んでいない子たちだ。詩乃みたいにバフやデバフ、回復ができる子がいれば心強い」
「うん! 私も探してみるね!」詩乃も元気に手を挙げた。
「それと、もう一つだけ重要なことがある」
俺は声を低くした。みんなの視界が俺に集中する。
「昨夜、天照大御神様から聞いたラスボスのことだ。最終目標は八岐大蛇との戦いになる。神と同等の力を持ったラスボスだ!これだけは絶対に新メンバーに伝えてくれ」
俺は言葉を選んだ。
「途中で『そんなの聞いてない』ってパーティを抜けられると、俺たちは困るからな。覚悟が決まった人間、日本を救うために命懸けで戦える人間だけを集めたいんだ。甘い考えで入ってきた奴とは、命を預けられないからな」
俺の言葉に、その場の空気が引き締まった。
「わかったわ。私も、覚悟のない子は連れてこない」琴葉が真剣な顔で頷く。
「当然ですわね。命を懸ける覚悟のない者など、戦場には不要ですもの」麗華も凛とした表情で同意した。
「うん、私も趣味やノリでやってる子は選ばないようにする」みどりも真顔になった。
「光輝くんの言う通りだね。私もちゃんと説明して、それでも来てくれる子だけを探すようにする」詩乃も握り拳を作った。
全員の覚悟を確認し、俺はホッと息を吐いた。これで正しい方向に進めるはずだ。
「よし、方針は決まったな!」
「皆さま、お話はここまでにして、そろそろ朝ごはんですわよ!」
麗華がパンッと手を打つと、それを待っていたかのように数人のメイドさんがローリングカートを押して入ってきた。
「うわっ…」
俺は思わず声を上げてしまった。カートの上に乗せられているのは、朝食という枠を超えた極上のディナーだ。湯気を立てる真っ白なお粥、黄金色の焼き魚、彩り鮮やかなお浸し、そして小鉢に精巧に盛られた煮物。どれもが料亭レベルの逸品に見える。
「九条家の朝食は、一日の活力を生み出すための最重要行事ですの。遠慮なさらず、たっぷりとお召し上がりくださいませ」
麗華は誇らしげに言った。
「いただきます!」
俺たちは全員で手を合わせ、頂戴することにした。一口食べて驚いた。魚の身はホロホロで、お粥は米の一粒一粒が立っているのに舌の上で消えるように滑らかだ。
「うめぇ…!」
「本当に美味しい…」琴葉も目を丸くしている。
「私、こんな美味しいお粥初めてかも」みどりも夢中で箸を進める。
「悪いな麗華、こんな豪華な朝ごはんご馳走になっちゃって」
「何をおっしゃいますの。光輝さんたちがいなければ、私はただのお嬢様のまま、日本の危機に何もできない無力な女でしたわ。これはほんの少しの恩返しですのよ」
麗華はそう言って、幸せそうに紅茶を啜った。
空は青く澄み渡っている。何の変哲もない平和な日常だ。だが、その裏ではダンジョンが魔力を蓄え、八岐大蛇が蘇ろうとしている。
(3年か…)
3年あれば、俺たちはどれだけ強くなれるだろう。どれだけの仲間を集められるだろう
さあ、戦いの準備を始めよう。まずは、俺の学校にいる「眠れる才能」を見つけ出すんだ。




