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螺旋の行方 ―居住地域制限法―  作者: 越智康生
第3章 故郷の再都市化に向けて
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3-4 再都市化の理由

分屯地へ戻る車の中は、しばらくの間、エンジン音とタイヤがアスファルトを擦る音だけが支配していた。

道路は片側一車線。路肩には昼間の熱気を吸い込んだ草木が揺れている。

不意に、助手席の神谷課長が口を開いた。

「……あのままここで暮らしていたら、って考えることはあるか」

唐突な問いだった。窓の外に視線を向けたままの口調は淡々としているが、どこか遠い記憶を探るような響きがあった。

「……過疎化は避けられなかったと思います」少し間を置いて、僕は答えた。

「早いか遅いかの違いです。ただ、五年前の『南海トラフ地震』があったから、こうして『再都市化』検討の流れになっただけで」

その言葉を口にした瞬間、脳裏にあの日の映像が蘇った。

定点カメラが捉えた建物が大きく揺れる様子、津波の映像。これらがテレビ画面を埋め尽くした。

太平洋沿岸の都市は壊滅的な被害を受け、道路が断たれ、通信が途絶え、東京でさえ沿岸部は大打撃を受けた。自分自身も都内でデスクワークをしていた時だったが、あまりの長い横揺れに恐怖心を抱いた。

社会科の教科書で見た二○一一年の「東日本大震災」の数倍の被害だったそうだ。


家を失った被災者は多くいた。行政としても、もちろん何もしなかったわけではない。体育館や学校を仮住まいとして開放し、空き地・グラウンド・校庭に仮設住宅を建設した。だが、現場で感じたのは「足らなさすぎる」という感覚だった。物資、時間、人手——何もかもが足りなかった。

僕自身も当時は都市再生課に所属しており、復興計画の策定や被災自治体との調整を担当していた。日々山積みになる要請文書を処理しながら、被災地の写真を見ては自問していた。

——この書類の山の先に、本当に「人の生活」があるのか。

税収も労働力も枯渇する中、全てを元に戻すことはもはや不可能だった。

そこで、行政は方向転換を余儀なくされた。

被災地域の中で、仕事のある者を優先的に現地の仮設住宅に入居させ、入りきれない者については、他県への移住を促した。特に、既に基盤が整備されていた「地域再生支援都市」への移住が推奨された。

南海トラフ地震の前から、一部の都市への人口集中が問題視されていた。人口の一部が大都市に偏り、公共交通や医療・教育の機能がパンクし、治安の悪化も報告されるようになった。片や地方の過疎化はさらに進む一方であった。

この悪循環を断ち切るために考え出されたのが、「再都市化」だった。かつて居住制限区域として放棄された町を再び活用し、人を戻す。政策としては過去の自己否定を孕みながらも、それが考え得る最良の策であった。

旧秋山町が再都市化の候補に挙がった理由は実に単純だった。居住制限区域の中でも比較的人口が多く、住宅が密集していた。つまり、再生コストが比較的低く、再利用に適していたのだ。理屈は理解できる。だが、それを口にするとどこか冷たい響きになる。かつての「故郷」が、行政上の数字の上で選ばれたと考えると、複雑な思いが胸をかすめた。

しばらく沈黙が続いた。やがて僕は、何気なく神谷課長に問いを返した。

「そう言えば、課長はどちらのご出身ですか」

「親が転勤族でな」神谷課長は少し笑って答えた。「三年そこらで全国を転々としてたから、出身地を答えるのが難しいんだよ。どこも『仮住まい』みたいなもんだ。故郷と呼べる場所はない」

その声は穏やかだったが、どこかに微かな寂しさが混じっていた。

「わかります」僕も苦笑いしながら言った。「親戚のおじさんも、いつも説明に困ってました。『名古屋生まれの大阪育ち』って毎回言うのが面倒だった、と」

課長は「はは」と小さく笑い、再び前方へ視線を戻す。


その時だった。

前方の道路脇に、赤い発煙筒がぼんやりと光っているのが見えた。道路の端に止まった車の横に、三角反射板が置かれている。あれは——立ち往生している車だ。

反射的にブレーキペダルを軽く踏み、スピードを落とす。

車の脇に一人の女性が立っている。肩までの髪が風に揺れ、白いシャツの裾がわずかにはためいた。こちらに気付いたのか、顔を上げた。

その一瞬、息が止まった。

記憶の奥に沈んでいた面影が、まるで水面に浮かび上がるように蘇る。

「……遥?」

自分でも驚くほど掠れた声だったが、思わず口から洩れてしまった。

神谷課長に確認する間もなく、僕は車を路肩に寄せて停めた。課長が何か言っていたような気もするが、僕の耳には届いていない。ハザードを点けてドアを開ける。

目の前に立っていたのは、二十年ぶりに見る幼馴染の遥だった。

時の流れが、ほんの一瞬止まったように感じた。

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