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螺旋の行方 ―居住地域制限法―  作者: 越智康生
第3章 故郷の再都市化に向けて
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3-5 廃鉱の灯り

二十年という時間は、誰にとっても長い。

けれど彼女の顔には、あの頃の面影が確かに残っていた。三十代も中盤になると人は自然と変わる——体形も表情も、声の調子さえも。だが遥は不思議と変わっていなかった。むしろ、学生の頃よりもほっそりとし、穏やかさをまとっていた。

僕が車を降りてすぐに、神谷課長も助手席から出てきた。課長は状況を確認するように女性を見やり、僕に目を向ける。

「知り合いか?」

「はい。——幼馴染です」

短いやり取りの後、課長に許可を得て、遥を後部座席に乗せた。

彼女の車はエンジンがかからなくなり、すでに業者に回収を依頼していたらしい。ただ、迎えが来るのは日没間際とのことで、それまで道路脇で待っていたという。偶然にも、僕らがその道を通りかかったのだ。

車を再び走らせると、僕はバックミラー越しに遥に声を掛けた。

「なぜ秋山に?」

「昔の実家を見に来てたの。もし再都市化が進んだら、また住めないかと思って」

遥は小さく笑いながら答えた。その笑顔はどこか張り詰めていて、寂しさと希望が入り混じっていた。

僕はハンドルを握りながら、彼女の言葉を反芻した。

そうか、彼女もあの家に——。

数時間の差で、僕らはすれ違っていたのだ。

やがて彼女はスマートフォンを取り出し、修理業者に連絡を入れた。車両の引取りは明日以降で構わない旨を伝え、通話を切る。

その動作ひとつひとつに落ち着きがあり、時間の経過を感じさせた。

夕方と言える時間だが、外はまだ明るい。僕たちは分屯地に着いた。神谷課長だけを下ろす。

本来なら僕も分屯地に宿泊する予定だったが、遥は事前登録がないため宿泊できない。そこで課長はそれを承知の上で、あっさりと決断した。

「俺は予定通りここに泊まるから、お前は彼女を新川まで送ってやれ。明日の朝ここに戻ってくれればいい」

ここら辺を柔軟に対応してくれるのが課長の優秀さの一つだ。

「但し、新川での宿泊費は自腹で頼むな。出張精算の時に不審に思われるから」と笑いながら付け加えた。

課長は後部のトランクから自身のキャリーケースを下ろす。その上に、例の段ボール箱を乗せ、営門の奥へと消えていった。課長の背中を見送りながら車を出した。


僕と遥はそのまま新川市へ向かった。道中、久しぶりの再会を埋めるように近況を話し合った。遥は新川の高校を出て、市内の企業に勤めていたが、数年前に退職し、今は実家に戻っているという。話の節々に、彼女がこの町をどれほど恋しく思っているかが滲んでいた。

途中、彼女が突然窓の外を指差した。

「——あそこ、見て。明かりが点いてる」

見ると、遠くの山肌に小さな光が灯っている。辺りはまだ明るいため目立たないが、確かにそれは人工の光だった。

「まだ何か使ってるのかな」

彼女の声には戸惑いが混じっていた。

光が漏れていたのは、彼女の父がかつて働いていた資源採掘場のあたりだ。廃鉱になって久しいはずの場所。なぜあそこに明かりがあるのか。

疑問が胸を覆うが、答えが出るわけもなく、会話は自然と昔話に流れた。

小学校・中学校と仲の良かった五人組——僕と遥の他に駿、修平、千尋。車が川沿いを通った時に、放課後に遊んだ時の話題が出る。

誰が今どこでどんな仕事をしているのか、遥はまだみんなと繋がっているようだった。駿と修平は今も新川に住んでいるが、千尋は結婚して、パートナーの仕事の都合で今は西日本に住んでいるそうだ。断片的な記憶を頼りに話すうち、時間がゆっくりと戻っていくようだった。


彼女の左手に指輪はなかった。

多分、僕の手にも指輪がないことに彼女は気付いている。けれど、互いにその話題に触れようとはしなかった。沈黙の中に、過ぎ去った年月の重みだけが静かに横たわっていた。


彼女の家に着いた時には、辺りはもう暗くなっていた。

周囲の他の建物の高さと比べるとこの地域では高層マンションと呼ばれるであろう。マンションの下の来客用の駐車場に車を停めた。

新川の移住先に来るのは初めてだ。だが、玄関を開けて招き入れられた家の中では、懐かしい光景が待っていた。

彼女の父——望月(もちづき)昭一(しょういち)と母が出迎えてくれ、暖かい笑顔で僕を迎え入れてくれた。どうやら、僕らを待って夕食を取ろうとしてくれていたらしい。

テーブルには和食が並ぶ。僕が来ることを電話で聞いて、おかずを追加で準備してくれたようだ。

遥の父・昭一さんと僕の父・亮介(りょうすけ)は同じ秋山町の出身で、年も一つしか変わらない。子供の頃から家族ぐるみでの付き合いがあり、話題には事欠かなかった。

久し振りの再会に、昭一さんの目尻の皺がいっそう深くなる。遥を含めて遅くまで昔話に花が咲いた。

食後、ふと思い出して、夕方に見た採掘場の明かりのことを尋ねた。

「さっき、秋山の採掘場に明かりがついているのを見ました」

「あそこは廃鉱になって今は使ってないから明かりなんて点いているはずがない。何か見間違えたんだろう」と言って取り合わない。その言葉は短く、どこか打ち切るような響きがあった。それ以上は聞けなかった。


夜が更けて来たので遥の家を辞して外のホテルに行こうとしたが、そのまま遥の家に泊めてもらうことになった。遥の家は間取りとしては3LDKだが、かなりゆったりとしている。僕はマンションの下に停めた車にキャリーケースを取りに行った。その間に一つの部屋に来客用の布団を用意してくれていて、僕はそこで寝ることになった。

寝る準備ができ、僕はそこに横になった。

そして遥との二十年振りの再会を喜ぶ気持ちと共に、一つの疑念が何度も浮かんでは消えた。

——なぜ、あの採掘場に明かりがあったのか。

やがて眠気が訪れ、思考の糸がゆっくりほどけていった。

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