3-2 かつての母校
出張二日目。
翌朝、世の中が通勤時間に入る前にホテルのロビーで神谷課長と集合した。ホテルの駐車場に向かう。普段の東京とは違う朝の空気は、吸い込むと旨の内側がすっと洗われる。昨日と同じ車に乗り込む。
助手席には神谷課長。今日の運転は僕が任されている。フロントガラスの向こうで、朝日が低く、街路樹の影を長く引き伸ばしていた。
まずは新川駐屯地へ向かった
営門入口に設けられたスペースには深緑色の四輪駆動車が一台停まっている。車体は泥はね一つなく磨かれ、陽の光を鈍く反射していた。
その周囲では三人の自衛官が立ち話をしていたが、僕たちの車が近づくとすぐにこちらへ視線を向けた。
僕は車を近くのスペースに停めて、神谷課長と共に外に出る。三人のうち一人が一歩前に出て、「おはようございます」と言いながらきびきびと挙手の敬礼をした。
襟元の階級章を見る。大尉——以前は一等陸尉という表現だったそうだ。恐らく中隊長だろう。年齢は自分より少し上の四十歳手前くらいか。
「おはようございます」神谷課長と僕は同時に声をそろえる。こちらは文官なので答礼ではなく言葉で答える。
「中隊長の大谷大尉です」
神谷課長が軽く頭を下げる。
「事前にご連絡している通りのメンバーで、課長の神谷と補佐の秋津です」
「よろしくお願いします」と僕もそれに合わせて会釈した。
「本日は、我々の車両十三台で秋山分屯地に向けて移動します。最後尾の車の後ろをつけてください。準備がよければ、すぐに出発します」
「お願いします」神谷課長が答える。
その合図を受け、後ろにいた隊員の一人が車内の無線で短く呼びかけた。警衛所の奥に並んでいた車列が、ゆっくりと動き出す。先頭の軽装甲機動車が営門を抜け、一般道へ滑り込む。大谷中隊長の乗る車がそれに続き、さらにその後ろから人員輸送トラックが一、二……、合計八台、続いて名称のわからない車両が二台、最後にまた軽装甲機動車が続く。最後の車両の運転手が窓を開け、こちらに手で合図を送った。僕は頷き、アクセルを踏み込む。車列の後方に位置取り、静かにその背中を追った。
街並みが後ろへ流れ、やがて家並みがまばらになる。旧秋山町へと続く幹線道路は、秋山に行くためだけのものではないため、一般の車両がなくなることはない。深緑色の車列の間にところどころカラフルな色合いを挟みながら、一定の速度を保ちながら進む。
やがて、旧秋山町に向かう分岐点に来る。黄色の点滅信号が常時作動している。一般車両はそのまま幹線道路を直進し、自衛隊車両だけがここを曲がって入っていく。特にゲートが設けられているわけではなく、白地に赤い文字の大きな看板がある程度だ。
「【注意】この先 居住制限区域」という大きな文字と、その下に補足事項が記載されている。この看板の内容はうちの部署の主管なので、記載内容の主旨は見なくてもわかる。
秋山分屯地——目的地の名を心の中でゆっくりと反芻する。そこは、かつて僕が通った秋山町立の小学校・中学校を改装して使っている。
道を進んでいくと、風の匂いが少し変わったような気がした。そして、先程までの幹線道路とは様子が異なり、一般車両は走っていない。
やがて、見覚えのある校門が見えて来た。門柱はそのままだが、取り付けられた看板が違う。黒字に白抜きの文字で「陸上自衛隊 秋山分屯地」。元々は「秋山町立小学校・中学校」と書かれていた場所だ。文字が変わるだけで、景色の意味がまるごと入れ替わってしまうのだと、身体のどこかが理解するのを拒んだ。
自衛隊車両だけとなった車列は減速し、営門の前で一台ずつ停止する。営門で警衛の自衛官が各車両の運転手に対する身分確認を行ってから敷地内へ入っていく。僕らの番になる。僕らだけは自衛隊車両と異なり、運転手だけでなく二人とも身分証を提示した。警衛所からもう一人自衛官が出てきて、腕章とネックストラップを差し出した。白地に太い黒文字で「特殊外来」と記されている。腕章を腕に付け、ネックストラップを首から下げる。プラスチックのカードが胸元で小さく音を立てる。神谷課長も同じものを受け取り、警衛の自衛官たちに一礼して車は敷地内へ入る。
背後で引き戸式の校門がガラガラと音を立て、ガシャン、と閉まる。その音が、耳に残った。
そもそも旧秋山町は「居住が禁止」されているだけで、「立ち入りが禁止」されているわけではない。そのため一般の人の出入りも可能だ。分屯地に関して言えば、食料品の搬入等は民間事業者が担い、曜日によっては移動販売車も来る。
グラウンド脇の舗装スペースには、民間のものと思われる——深緑色ではない——軽トラックが停まっている。
僕は車を進め、そのエリアに駐車して外へ出た。
かつての校舎は、外観だけ見ればほとんど当時のままだった。だが目を細めてよく見ると、窓ガラスの内側に新しいケーブルが這い、非常用の赤いランプもところどころに増設されている。
校舎の手前にあった人工の池は干上がっていた。当然そこを泳いでいた鯉もいない。底はひび割れ、雨が降った時だけ少し水を受けるくらいだろう。枯れ葉が溜まったままになっている。校舎の裏手にある百葉箱の場所はここからでは見えない。
目に入るものは、ひとつひとつ確かに僕の記憶と繋がっているのに、繋がった先の景色は別物だ。深く呼吸をしても、肺の奥に入ってくる空気が、あの頃の匂いではない。
僕は複雑な気持ちになった。ここは、もう「母校」ではない——口に出さない言葉が、喉の手前に詰まる。
見慣れた階段、手洗い、水飲み場。その全部が、今は別の目的のために存在している。子供たちの成長の場所から、秩序と監視のために動く場所へ。時間が同じ建物の意味をこんなにも変えるのか、と改めて思い知らされる。
ふと、視界の端を昔の自分が走り抜けていくような錯覚に襲われた。昼休み、小学生と一緒にボールを蹴った音。体育館の床を踏む靴の摩擦。雨上がりの午後、窓際の席に落ちる光の形。手を伸ばしても届かない。
——あのとき、もし東京へ移らず、新川の高校の寮に入る道を選んでいたら。
考えはいつも同じ場所に戻って来る。あの岐路で、違う一歩を踏み出していたら。
故郷を捨てた——そう言い切るには、あまりに多くの事情が折り重なっていたこともわかっている。けれど、罪悪感という名の薄い金属片が、致命傷には至らずに胸のどこかに長く刺さったままであることも否定できなかった。
「運転お疲れ様」と助手席から外に出た神谷課長が、腕時計で時間を確かめながら「時間通りだね。行こう」と続ける。
現実に引き戻す声。僕は「はい」と答え、服装を整える。
出発時に大谷中隊長と一緒にいた若手の陸士が僕らを迎えに来る。彼らの案内で、かつての校舎の廊下へと足を踏み入れた。下足箱で上履きに履き替えることなく、そのまま建物の中へ入るのは不思議な感覚だった。床材は新しくなったのか、靴底に返ってくる感触が少し硬い。廊下の壁には小さなホワイトボードが設置され、今日の勤務配置表のようなものがマグネット式のプレートで貼られている。
僕の目は無意識に「職員室」「理科室」という文字を探していたが、そこにあるはずの場所に、今は別の名前が貼られている。
僕は深く息を吸い、吐いた。自分が何者で、何をしにここへ来たのか——その答えを胸の中央に置き直して、前に進んだ。




