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螺旋の行方 ―居住地域制限法―  作者: 越智康生
第3章 故郷の再都市化に向けて
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3-1 居住制限区域

車輪のきしむ音で目を覚ました。

列車が減速していく感覚が体の奥まで伝わる。アナウンスが駅名を告げる。

——新川駅。

車窓の向こうに、灰色の屋根を持つ駅舎が見えてくる。長いカーブを抜ければ、二十年ぶりの故郷、旧秋山町への入口だった。胸の奥が、ゆっくりと痛むようにざわつく。

ホームに降りると、柔らかな風が肌を撫でた。どこか懐かしい匂いが混じっている。

改札を抜けると、小さなロータリーがある。観光地ではないので、人通りは多くない。タクシーが数台、客待ちをしているだけで、あとは誰かを迎えに来たと思われる車両が数台停まっている。僕はナンバープレートを目で追った。「わ」ナンバーのレンタカーを探す。少し離れた場所で、白い五人乗りのセダンがハザードランプを光らせた。運転席から降りて来たのは、上司である地域再生促進課の課長、神谷(かみや)(りょう)だった。

自分の一回りほど上の四十代半ば。スーツの色は濃いグレー。ネクタイは相変わらず結び目を少し緩めている。官僚らしさというか、堅苦しさのない柔らかい印象。そのネクタイの緩め具合の絶妙さにも象徴されるが、仕事をきっちり行う反面、抜くところは抜くことのできる性格だ。周囲からの信頼も厚い。今回の業務は課長と二人で行う。

「お疲れさん」

そう言いながら課長は軽く片手を挙げ、車のトランクを開けてくれた。僕はキャスター付きのスーツケースを持ち上げ、丁寧に積み込む。

助手席に乗り込んだ僕は、ハンドルを握る課長に聞く。

「昨日から入ってたんですよね?」

「そう。事前調整だよ。課長ともなると色々あるからね」いつもの調子だ。詳細を聞こうとしても、笑って受け流されるパターンだ。

エンジン音が低く唸り、車はロータリーを出た。新川の町並みを抜けていく。車はそのまま新川市役所へ向かう。

ほどなくして、市役所の建物が見えてきた。四階建ての建物の入口の庇には大きく「新川市役所」と書かれている。

自分が子供の頃には新しい建物だったような記憶があるが、今となっては年月の経過を隠し切れない。

敷地内にある駐車場に車を停めて、正面玄関に向かう。玄関前では若手職員がネームプレートを下げて立っていた。僕たちの到着を待っていたらしい。上の階の応接室に通されると、テーブルの上に分厚い資料がいくつも並べられていた。この出張業務のため、市の企画調整課の方が細かく準備してくれていたようだ。

相手方は二名。事前にメールで調整をしていたので淡々と打合せは進む。そして後半、明日の段取りの話になった。

「新川には陸上自衛隊の第四十地域再生連隊が駐屯しています。秋山の分屯地にはそこから交代で部隊を派遣して常駐しています」

「常駐、ですか」神谷課長が短く問い返す。

「はい。地域再生連隊は地域再促法の施行を受けて全国の主要地域に配置された部隊です。無人になった町を監視し、不法占拠を防ぐのが目的です」


「居住制限区域」、すなわち移住までの猶予期間を終えた「移住促進区域」には原則として人がいなくなるとは言え、最低限の電気、水道といったインフラは地域を限定して残っている。そのため、元の住民がいなくなった家に、外部から不法に人が入って占拠してしまう恐れがあったため、それを監視する必要があった。また、秋山町は日本海側に面している地域ということもあり、国防の観点からも警戒監視が必要な地域として分屯地が置かれ、この第四十地域再生連隊の隊員が交代制で駐屯しているのだ。

言葉を聞きながらも、僕の胸の奥にはざらついた感覚が広がっていた。


僕らの町を守るための分屯地が、かつて自分が通った学校に置かれている。人々の生活を守ることはできなくても、土地だけは守られる。人口減少や社会の変化について自衛隊が悪いわけではないことは言うまでもないが、皮肉という言葉では追いつかない感情が喉の奥に引っ掛かった。

——本当に守るべきものは何だったのだろう。


説明を終えた職員は、いかにも事務的な口調であった。彼が新川市の出身なのか、他の地域の出身なのか、僕は妙に気になった。この町で育った者なら、秋山の現状を口にするとき、少しは感情が滲むのではないだろうか。だが、彼の声には何の揺らぎもなかった。

明日はその部隊と共に旧秋山町に向かう。企画調整課の職員から旧新川市役所秋山支所、すなわちかつての秋山町役場の鍵を受け取り、市役所を後にした。


夕方の街が赤く染まっていた。川沿いのビルの壁に夕陽が反射し、車の屋根を照らしている。

通りを歩く人の数は思ったより多く、二十年前よりずっと賑やかだ。

再開発が進んだ中心部には新しい商業ビルも立ち並び、チェーン店の看板が目に入る。見覚えのない景色に、かつての街の輪郭は大きく変わっていた。


その夜は市内のホテルに泊まった。

窓際の椅子に座り、カーテンの隙間から外を眺める。遠くの道路を走る車のライトが、点と線を描くように流れていく。町の明かりは二十年前とは比べものにならないほど明るく、眩しい。だが、その光がまるで過去を塗りつぶしているように見えた。

ベッドに横になる。

五年前の「あの出来事」がなければ、秋山町が再び「人の住める土地」として扱われることはなかった。

カーテンの隙間から漏れる町の明かりが、天井に薄い影を作っていた。その光の中で、僕は二十年ぶりに帰る故郷の姿を思い浮かべる。暗闇に沈んだ校舎、公園の錆びた遊具、雑草に覆われた住宅街。

——本当に守るべきものは「土地」なのか、「人」なのか。

答えはまだ、どこにもなかった。


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