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螺旋の行方 ―居住地域制限法―  作者: 越智康生
第2章 故郷の思い出
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2-3 思い出の終わり

町は日に日に「どこに移住するか」の話題で持ちきりになった。

早々に移住を決める人もいれば、住み慣れた環境から離れたくない、移住先で仕事が見つかるかどうか不安、という人も多くいた。採掘場に勤める、農業を営む、都市部の会社にテレワークで雇われている。親の仕事などの条件によっても選択肢は分かれ、子供の進路もそれに引きずられた。

そんな普段とは違う雰囲気の中、学校生活自体はあまり大きな変化はなく、七月、八月と過ぎていった。夏休み期間中も、自習用に一部の教室は解放されていたから、学校に行く機会はあった。交換日記はその間も続いた。

ある日の遥の日記にはこう書かれていた。

「うちは多分、新川に行くことになる」

採掘場の規模縮小で、遥の父親の仕事が先細りだという。卒業に合わせて家族で新川に移るのが自然だ、と。結構重要な内容をさらりと書いているが、面と向かって口にするには重たい内容だ。だからこの交換日記に書いたのかもしれない。


僕の家は少し事情が異なっていた。父が東京での仕事に誘われていた。役場での仕事でやり取りをしていた東京の政治家が父のことを気に入ったらしく、秘書として働かないか、と勧誘したらしい。もともと父も東京の大学を出ていて東京には馴染みがあったので、僕の将来の大学進学のことも考慮して良い機会と考えたようだ。

一方で母も秋山町の出身ではあったが、一時期新川市で働いたことがあった程度で他の地域、特に東京といった大都会に住んだことはない。そんな母としても同意見だった。一度くらい、大きな街で暮らしてみたかった、というのもあったようだ。

——つまり、僕らの移住先は新川ではなく東京になるらしい。

返事を書く手が重かったが、結局こう書いた。

「実は僕の家も、移住先が決まった。父さんが東京で働くことになった」

それだけ書いてページを閉じた。言葉が続かなかった。

翌朝、まだ誰もいない時間に着いて、百葉箱の中に交換日記を隠した。教室に徐々に人が増え、遥も入って来た。こちらを見て「隼人、おはよう」と言う。僕は「よっ」と言いながら手を挙げ合図を送る。


九月、二学期の始まり。

半分ほどの同級生がすでに新川への移住に決まったようだった。僕はまだ公にしていなかったが、遥だけは交換日記で知っているはずだ。にもかかわらず、彼女はあくまで普段通りに接してくる。その平常さがかえって胸を締め付けた。


数日後、遥からの合図を受けて放課後に百葉箱からノートを取り出した。その場では読まず、すぐにカバンにしまって、公園のベンチでノートを開いた。

「びっくりした! 東京いいなぁ。修学旅行で行ったとき楽しかったし。隼人ならそのまま東京の一流大学に進学して、大企業に就職して活躍するんだろうな。頑張ってね!」

文字はいつもより少し大きく、ページいっぱいに書かれている。どこかお別れの言葉のようにも見えた。

そして結局、そのまま自分は交換日記の返事をしないまま、ノートを通じたやり取りは終わったような気がする。


やがて季節は秋。

同級生から「東京に行くことになったって本当?」と聞かれることとなり、僕が東京に行くこともみんなの知るところとなった。みんなとは普通にやり取りをしていたが、お互いに東京移住について触れることはなかった。

全校合同の運動会、文化祭と年内のイベントを終え、僕らの受験勉強も本格化し始めた。


十二月、大晦日の夜。町で唯一の神社に、遥も含む仲の良い五人——僕、駿、修平、遥、千尋——で集まった。自分以外の四人はみんな新川に移住するから、五人で過ごす最後の年越し。

出店の光が雪に反射し、小さな町の夜を温かく照らしていた。

「来年もまた会えるよね」

誰かが独り言のように呟いた。その声は小さかったが、恐らくみんな聞こえていただろう。でも誰も何も言わなかった。少なくとも誰も否定はしなかった。

この町で除夜の鐘が鳴ることはない。静かな夜だけが町を覆っていた。


翌年二月、僕は東京の高校を受験した。一人で東京に行き、都内の親戚のおじさんの家に数日泊まらせてもらった。

時期を同じくして同級生たちは新川の高校を受験した。

全員が合格し、みんなの進路が確定した。


三月、卒業式。

父は三月末まで役場勤務を続けるため、母と僕は先に東京へ移り住んだ。父は新年度になってから残りの荷物と共に東京に来た。

僕と父は、高校一年生と政治家秘書一年生として同時にスタートを切った。


こうして、僕の故郷での青春は秋山町と共に終わりを迎えた。


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