7-1 種火
国会の国土交通委員会で旧秋山町のことが取り上げられてから、もう一か月が過ぎた。季節も春が近づきつつあるが、まだ寒さは続いている。
あの騒ぎの後も、何事もなかったかのように日常は戻ってきた。省内の空気も、いつも通り淡々としている。
課の中では年度末に向けた決裁や報告書作成が山積みになっており、僕も相変わらずパソコンの画面と向き合う日々だった。
——少なくとも、表向きは。
午前の十一時を少し回ったころ。神谷課長がスマートフォンを握りしめて、早足でこちらへやってきた。
普段は滅多に見せない表情だった。眉間に皺が寄り、目に緊張の色が走っている。
「おい、ウェブニュース見ろ。記者会見だ」
近くにいた課員が一斉に課長を見る。
「記者会見……?」
急いでブラウザを開き、ニュース検索をかける。ライブ配信中のサムネイルが一覧に並び、その中に「旧秋山町民会 記者会見」の文字を見つけた。
クリックすると、国会記者クラブの映像が映し出される。フラッシュの明滅。詰めかけた記者たちのざわめき。壇上には、年配の男性がマイクの前に立っていた。
「旧秋山町民会の会長をしております、桐生と申します」
はっきりとした口調。少しかすれた声。
——あの人だ。二十年前、自分が秋山町立中学校を卒業するときの校長先生。
毛量は少なく白髪になり、顔に刻まれた皺も深い。それでも、当時の授業参観で壇上に立っていた姿がすぐに蘇る。もう七十を越えているはずだが、相変わらず堂々とした話し方だった。
「この度、秋山町を含む七つの地域の元住民代表三十五名が共同原告となり、国を相手取って東京地裁に『国家賠償請求訴訟』および『確認訴訟』を提起いたしました」
その言葉と同時に、会見場にシャッター音が断続的に響く。画面越しでもカメラのフラッシュの眩しさが伝わってくるほどだった。
テロップが流れる。
「原告団:旧秋山町・旧真ヶ谷町・旧白岩町ほか七地域」
「訴訟内容:移住促進区域指定の不当性および損害賠償請求」
校長が続ける。
「今回の七つの地域が移住促進区域に指定された際、他にも人口が少なく過疎化が進む地域は多数ありました。それにも関わらず、なぜ自分たちの町が選ばれたのか。いまだに説明はありません。私たちは、その決定過程の正当性を問うものです」
淡々とした口調ながら、言葉の一つひとつに長年の思いがにじんでいた。
そして秋山町以外の二つの町については秋山鉱山の秘密裡の採掘事業の継続のような裏事情があるのではないか、という疑問を呈している。
旧真ヶ谷町では、国営鉱山跡地に有害物質の処理問題が残っていたが、住民が居住し続けると責任を問われるため、移住促進区域にして「人がいない状態」にすることで問題化を回避した疑惑がある。
旧白岩町では海岸沿いに防災拠点の整備計画があり、地元住民は反対していたが、移住促進区域に指定されれば、立ち退きがスムーズになる、というものだった。
中央に座る校長の左右には、数人の男女が並んで座っている。その中に見たような顔もある。久しく会ってないから確証はないが、眼鏡をかけた男性——中学時代の同級生、佐伯修平ではないか。
記者の質問が飛ぶ。
「訴訟を起こすだけの証拠はあるのでしょうか?勝てる見込みはありますか?」
桐生会長は、すぐに答えた。
「勝訴の可能性ではなく、行政の決定過程を社会に問うことに意義があると考えています」
記者の一人がさらに畳みかける。
「ですが、もう二十年も経過しています。今さら訴えても何の利益があるのでしょう?秋山町のように再都市化の話がある場所はともかく、他の地域では再都市化の可能性はあるのでしょうか」
会長は一呼吸おいて答える。
「本当に妥当な決定だったのかどうか、それを検証するための訴訟です。秋山以外の地域にも、今後の再都市化の基盤はあります。そういった意味でも、改めて再都市化も検討いただきたいと考えております」
次の質問は、原告の人数について。
「原告が三十五人というのは、あまりに少なすぎませんか?」
横に座っていた修平——と思われる男性がマイクを引き取る。
「原告は手続き上の人数です。実際の原告団は三百人を超えています。若者も多く参加しています」
——堂々とした口ぶりだった。かつての軽い調子ではない。
さらに記者が問う。
「賠償金はいくらを請求されていますか」
桐生会長は微笑みを浮かべた。
「一人あたり十万円、総額三百五十万円です。金額自体に意味はありません。私たちが問いたいのは『行政判断の違法性』です」
そして最後の質問になった。
「政党や議員との連携は?」
会長はわずかに目を細め、静かに首を横に振った。
「先月の国土交通委員会で、日本改革党の先生が秋山町の件を取り上げてくださいました。 ですが、それはあくまでも市民の声に耳を傾けていただいた結果です。私たちから特定の政党・議員の先生に働きかけた事実も、政争に利用する意図もありません。」
「……本格的に動かしてきたな」
隣で課長が呟いた。
「広報と国会連絡室にも連絡。報道の波が来る前に先手を打つぞ」
会見が終わると同時に、庁内の内線が鳴りはじめた。まるで舞台の上映開始を告げるベルのようだった。




