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螺旋の行方 ―居住地域制限法―  作者: 越智康生
第4章:採掘場の秘密
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4-3(遥) 夜警

白いワンボックスの大型バンが、旧秋山町へと続く県道を走っていた。いつも通り、助手席に座るのは遥、運転席には高校時代の同級生・佐藤健太。

「遥も登録済みだから問題なく堂々と入れる」

健太がそう言い、ハンドルを軽く叩いた。

「でも、やっぱり緊張するな」


午前十一時前。秋山分屯地の営門が近づく。門の前に車を停めると、門の脇の通用口から警衛が出てきた。

以前、事前登録なしで手伝いに来た時は冷や汗ものだったが、今回は正式に登録済み。

健太が窓を開けて通行証を差し出す。

「おはようございます、いつもの移動販売です」

「はい、確認しました。どうぞ」

手慣れたやり取りのあと、警衛が車両用の門を開ける。

外来者用駐車場に車を停め、車のバックドアを開ける。荷室から台車を下ろし、シュークリームを積んだクーラーボックスをそこに載せる。

売店の方に向かう。各業者で共用の冷蔵ショーケースにシュークリームを並べ、昼休憩の前後の時間帯に合わせて販売する。

隊員たちが次々と買いに来て、すぐに列ができた。無骨な迷彩服の男たちが、意外にも甘いものを嬉しそうに買っていく姿に、遥はいつも少しだけ救われる気がしていた。

いつものように十二時半過ぎ、品切れとなる。しかし、今回は違った。夕方の課業終了時間帯の前後にも販売できるように、いつもの二倍の量を持ってきている。

夕方の販売開始時間まで数時間あるので、遥と健太は分屯地内を歩くことにした。二人の腕章では建物内に入ることはできないので、校庭や建物の周囲を歩くのみに留まる。

歩きながら遥は話し掛けた。

「色々ありがとう」

「分屯地に来ること?全然いいよ、このぐらい」そう言って健太は笑う。「それに、うちとしては人手不足だから、厨房でのお菓子作りも手伝ってもらっても大丈夫だよ」

「順調なんだね」

「秋山の出身者に言うのはちょっと心苦しいけど、新川の住人としてはあの地域再生促進法はありがたかったんだよね」と遠慮がちに言う。「新川もさ、人口減少とか若手の市外流出とか、そういう問題はもちろん抱えてたんだけど、『地域再生支援都市』に指定されたことで、市内中心部が再開発されたり、人口密度が高まってさ。それなりに活気が出てきたんだよ。そうなると、地域再促法とか関係なしに人が入ってくるようになって、新川市は景気もよくなったんだ。結果としてうちの洋菓子屋も増築して今に至るって感じで」

「そうだったんだね。ちょっと複雑な気持ち」

「それで数年前に俺も会社勤めをやめて、家業に専念することにしたってわけ」

「次期社長だね」

「ま、そんなとこかな。ケーキ作るのは俺じゃないけど」と言って健太は笑う。


夕方の課業終了時間帯に販売を再開した。品切れにはならなかったが、時間の都合上、午後五時半に販売を終えた。

健太が「帰るか」と声をかけ、空になったクーラーボックスを台車に載せ、外来駐車場へ向かう。車に荷物を積み込み、車に乗り込む。

だが、今日はそれで終わりではなかった。いつもの二倍の量を持ってきたのは、すぐに売り切れになるからでも、販売量を増やすためでもない。

駐屯地を出てそのまま新川方面へ走るように装いながら、遥は運転席の健太に目配せをした。

「じゃあ、行くか」

そう言って健太は途中の交差点でハンドルを切った。


居住制限区域——日中の立入りは許されているが、夜間は原則禁止。

とは言え、実際には厳格な管理はなされていない。日が暮れても、誰がどこにいるのかまでは把握しきれていないのが現状だった。ただし、分屯地の夜間巡視があるため、見つかれば咎められる可能性はある。それでも、遥の心は止まらなかった。

——確かめなければならない。

二人は町外れの空き地へと向かった。そこには、無数の放置車両が並んでいた。

錆びついた軽トラック、ホコリを被ったミニバン、フロントガラスに落ち葉が積もり、ナンバープレートの文字も読めない。まるで時が止まったような一角だった。

かつて秋山町では、ほとんどの家庭が車を二~三台所有していた。交通の便が悪く、車がなければ生活が成り立たなかったからだ。だが、移住先の新川では駐車場を確保できない家庭も多く、泣く泣く車を置いていく人たちがいた。売ることもできず、廃車にする費用も惜しい。やがて、その「置き場」がこうした放置地帯になった。

その中の一角から、採掘場へ続く山道が見える。

「ここなら見張れる」

健太が小声で言い、車を他の放置車の列に紛れ込ませるように停めた。エンジンを切ると、車内が静寂に包まれる。

「今日、何もなかったらどうするんだ?」

「……自分の車が修理から戻ったら、今度は一人で来る」

「本気なんだな」

「うん。久しぶりに、本気になれることを見つけた気がする」

その言葉に、健太は黙ってうなずいた。

彼女が何かを追い続けるときの目——。

それは高校時代、文化祭の準備で夜遅くまで残っていたときと同じ光を帯びていた。

しばらく沈黙が続いた。遥は自分の膝の上で指を絡め、視線を落としたまま小さく口を開く。

「……夫のこと、話してもいい?」

その声はかすれていたが、どこか決意のような硬さもあった。健太は頷き、余計な言葉は挟まずに耳を傾けた。

遥は五年前の出来事を、ゆっくりと、一つ一つ思い出すように語り始めた。

健太も南海トラフ地震で遥の夫が行方不明になったことは人づてに聞いて知っていた。だが、他人が慰めの言葉を口にしても意味がないことも、同時に理解していた。だからこそ、彼はあえて何も言わず、ただ彼女の話を最後まで聞いた。

この旧秋山町の調査を手伝うと決めたのも、その延長線上にある。何か具体的に支えられるわけではない。けれど、彼女が何か前を向いて歩み出そうとしているのなら、後押ししたい。それだけだった。


夜が深まる。時計の針は午後十時半前を指している。

その時だった——

遠くの山の方から、低く唸るようなエンジン音が聞こえてくる。

「……聞こえる?」

「聞こえる」

二人は同時に息を呑んだ。

ヘッドライトの光が木々の隙間を照らし、やがてダンプカーのような大型車両が二台、山の上からゆっくりと下ってくるのが見えた。

先頭の車両が「落石注意」と書かれたバリケードの前で停まり、助手席から人影が降りる。手に持った光源の光が地面を這い、バリケードを脇にどかす。そして二台が通過し終えると、再び元に戻した。動きは流れるようで、まるで日常業務のように無駄がなかった。

「……なんだ、あれ」健太が呟く。

二台目の車両はライトを全灯せず、車幅灯だけを点けて、音を殺すように走っている。闇の中を滑るように進む姿は、かえって異様だった。

「どう見ても、普通じゃないよね」

「積み荷……何かあるのかな」

「わからない。でも、何か『隠してる』動きだよ」

二人は息を潜め、車の中でじっと様子を伺った。やがて、トラックは山を下りきり、町外れの方向へと消えた。遥は胸の奥がざわつくのを感じた。

——まだ、採っている。

その確信に似た直感が体を貫いた。


午前二時半。再び、遠くで同じエンジン音が聞こえる。今度は逆方向から。

「戻ってきた……?」

数時間前と同じような二台のダンプカーが、静かに山道を登っていった。ライトの光が見えなくなると、あたりは闇に戻った。


それ以降、動きはなかった。時計の針が三時を回る頃、二人の集中力は限界に近づいていた。三十代半ばの徹夜は、想像以上に堪える。

「……今日はこれまでにしよう」

「そうだね。もうすぐ夜明けだ」

東の空が薄く白み始めていた。うっすらと道の輪郭が見える。

遥は深く息を吸い、目を閉じた。

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