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螺旋の行方 ―居住地域制限法―  作者: 越智康生
第4章:採掘場の秘密
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4-1(遥) 分屯地潜入

旧秋山町の秋山分屯地に、白いワンボックスの大型バンがゆっくりと近付いていた。工事関係の業者がよく使うタイプの車両だ。車体の側面には、強調しすぎない大きさで青いワンポイントのロゴマークが入っている。

時刻は午前十一時前。分屯地に週に一度やって来る移動販売車だ。

青空の下、風が草木を揺らし、白い雲の影がゆっくりと流れていく。他に通る車はなく、車両のエンジン音が周囲の静けさに溶けるように響いた。

運転席には佐藤健太。

遥の高校時代の同級生で、今は実家の洋菓子屋で働いている。新川ではそれなりに名前の通ったお店だ。

短く刈り上げた髪に日焼けした肌。丸顔で親しみやすく、常に明るい笑みを絶やさない。高校時代から人懐っこく、誰とでもすぐ打ち解ける性格だった。

助手席には遥。身体を斜めに横切るシートベルトを握りしめている。

「俺とこの車は登録されてるから心配ないけど……うまくいくといいな」

「……緊張してきた」

遥の声は小さく、窓ガラスに吸い込まれるように消えた。


彼女が健太に電話をしたのは昨夜のことだった。

秋山分屯地の様子を見たいと話すと、健太がちょうど翌日ここへ行く予定の日だった。急なお願いにもかかわらず、「いいじゃないか、たまにはドライブがてら手伝ってくれよ」と二つ返事で承諾してくれた。

——「何にせよ、お前が元気になってきたみたいで安心したよ」

その言葉が、少しだけ遥の背中を押した。


分屯地の営門が見えて来た。

門の外観は昔と変わらないが、取り付けられた看板が違う。「秋山町立小学校・中学校」ではなく「陸上自衛隊 秋山分屯地」。

——隼人から聞いてたとおりだ。

受け入れがたい複雑な感情を抱く。


門の前に車を停めると、門の脇の通用口から警衛が出てきた。

「通行証!」

低く、よく通る声。

健太は笑いながら腕を伸ばし、運転席の窓越しからラミネート加工された手のひらより一回り大きいくらいのカードを差し出す。

「いやいや、大げさだから」

警衛はそれを確認し、少し目を細めた。

「お久しぶりです」

どうやら顔なじみのようだ。さすが人気のシュークリーム。そして健太の誰とでも仲良くなれる性格。

だが、警衛の視線が助手席へ移る。

「そのお姉さんは?登録されてますか」

「急遽手伝ってもらうことになったんだ。大丈夫だろ?」

「ここは自衛隊ですよ。事前登録がなければ入れません。お姉さん、身分証を」

遥の心臓が跳ねた。

言葉を探す間もなく、警衛所——とはいえ営門の前に置かれたプレハブの簡素な建物——へと案内される。小さな窓の奥には隊員がもう一名待機していた。促されるままに、開いた窓から中の事務机に置かれた用紙に名前と連絡先を記入する。中にいた自衛官が記載された名前と身分証を確認し、赤い腕章を渡した。

「外来者は売店とトイレ以外立入禁止ですから」

淡々とした事務的な口調。

遥は小さく頭を下げ、警衛所を後にした。

後ろを振り向くと、健太が車を寄せて待っていた。遥を乗せて車を前に出す。

「ふぅ……」

二人同時に安堵のため息をつく。

「仲いいんだね」

「新川駐屯地の常連だからな。さすがに今日がこっちの当番だとは思わなかった。こっちでの売り上げは割に合わないけど、隊員サービスってやつだ」

健太は苦笑しながら車を前方の校舎の方に進める。


外来者用駐車場に車を停め、車のバックドアを開ける。荷室から台車を下ろし、シュークリームを積んだクーラーボックスをそこに載せる。

「販売は一応十三時までってことにはなってるけど、だいたい十二時半には売り切れる。戻るならそれまでにな」

「了解」


母校だった建物が、今は分屯地として使われている。グラウンドの端の方には深緑色の大型トラックが並ぶ。中学校棟は自衛隊の施設として使用されているようだが、小学校棟の方は外部業者が使っているらしい。自衛隊の迷彩柄の服とは異なる一般の作業着を着た人が出入りしている。

小学校棟の校舎の端、非常階段のそばに喫煙所がある。金属製の灰皿スタンドが置かれ、二人の作業着の男がタバコを吸っていた。一人は五十代くらいで、肩幅が広く体格の良い男。もう一人は三十歳前後で、まだ若さが残る。

「こんにちは。移動販売のシュークリームってご存じですか?」

とどちらにでもなく遥は声を掛けた。

「週一で来てるやつですか?知ってますよ。今日販売に来たんですか?」

若い方の男が目を細めて笑う。反応は良さそうだ。

「そうなんです」

「売店の近く通る時に売ってるのを見てたけど、普段男性しかいなかったような…」

「実は今日から手伝わせてもらってるんですよ」

「へぇ、お姉さんがいるなら後で買いに行こうかな」

「若者が羨ましいなぁ」五十代くらいの男性が口を挟む。

「普段ここにいると、若い女性と話す機会ないですからね」と冗談めかして言う。お世辞だとは思うが、年下に見えているのだろうか。

「ずっとここに住んでるんですか?」

自然を装って訪ねる。

「週六で三週間働いて、一週間休みなんで、なかなか外に出れなくて大変なんですよ。今日は遅番だったから、こうやって話せてラッキーでした」口調が敬語なのは、礼儀正しいのか、それとも実際はやはり年上と思っているのか。

「力仕事ですか?大変そうですよね」

「そうなんですよ。日の目を見ない仕事をしてます」と言って笑う。

「おい、そろそろ行くぞ」と年長の男がタバコをもみ消しながら声を掛ける。

「じゃあお姉さん、また後で」と言って二人は建物の正面入口へと歩いて行った。


——日の目を見ない仕事。

比喩なのか、それとも文字通り「光の当たらない場所」で働いているという意味なのか。旧採掘場と何か関係があるのでは。そんな疑念が遥の中に静かに芽生えた。


校舎の裏手へ回る。当時からこの辺りは木や雑草に覆われていたが、その雑草が大きく成長して外側からは完全に見えない状態になっている。百葉箱はこの奥にあったはずだ。

回り込んでみると、記憶の通りの位置に百葉箱がある。

「あった」

思わず声に出した。

百葉箱はかろうじて形を保っていたが、塗装は剥げ、扉の蝶番が錆びついている。扉を開いてみる。ギィと音を立てて開いた。中は砂埃にまみれ、温度計や湿度計は物理的に存在しているだけだった。

だが、遠い記憶の底から浮かび上がってくる景色に、遥はしばらくその場に立ち尽くして昔を懐かしんだ。

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