第5話 覚悟
「おっしゃ、一之瀬特製・熱々とろ~りグラタン、お待ちどうさま!」
耐熱皿の中でグツグツと音を立てるホワイトソース。チーズの焼けた香ばしい匂いが広がった。
「……おいしそう」
橘が、普段の無機質な表情を少しだけ緩めてフォークを構える。その隣では、指に絆創膏を貼った赤羽が、まだどこか落ち着かない様子で俺の顔を伺っていた。
「……あんた、本当に手際だけはいいわね」
「だろ? 惚れるなよ赤羽」
「調子乗んな。ほら、雷門もさっさと食べなさいよ」
赤羽の声に、さっきまでち●かわ化していた雷門がビクッと肩を揺らし、「い、いただきます……」と力なく呟いた。
全員がグラタンを口に入れた。みんなの舌に合うか、それが心配で自分自身はまだフォークを握らずみんなの様子を見ていた。
「うっま!」
最初に声を上げたのは雷門だった。
「美味しい……」
「……」
全員が美味しそうに食べてくれる。
「……おかわり」
気が付けば、橘の皿はもう空っぽだった。表情は相変わらず動かないけれど、フォークを動かすスピードは誰よりも速い。
「おーおー、いい食いっぷりだな。そんなに気に入ってくれたか」
必死に作った甲斐があったってもんだ。
……いいな、こういうの。なんつーか、幸せだ。
同じテーブルで、同じご飯を、同じ時間で食べる。それだけなのに、泣いてしまいそうになる。
親にはいないものとして扱われてきた自分にとっては、初めての経験だった。
征人とは外食はあれど、自分の作った料理を振る舞うことはなかった。
……この光景を見て、家族みたいと思ってしまう。
そんなことは思っていけない。
いずれ、殺し合うのだから………………。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
みんなと食べている間、いや部屋に帰ってきてからずっと思っていたことがある。
─────《《うるさい》》。
3人の咀嚼音。
飲み込む音。
心臓の音。
それら全てが、増幅器を通したみたいに鼓膜を叩く。
ここに来るまでこんなことはなかった。
(……樟田……俺に何をした)
原因なんてそれしか考えられない。あいつなら何をしてもおかしくはない。
………………。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
グラタンを食べ終わったあと、みんなが何をしていたか雷門達に聞いてみた。
「そういえばお前ら今日の訓練どうだったよ。能力の限界値について、だよな」
「まじでそのまんまだったぞ。俺は受けたダメージをどこまで軽減できるか、橘は保存できる最大量、赤羽は何個まで強制できるか、みたいな感じだ」
「へぇー、他にはなんかなかったか?」
「いやー、特にこれと言ったのは……」
「何言ってるよ、《《神崎》》が来たじゃない。もう忘れたわけ?」
雷門の言葉を赤羽が遮る。神崎?
「赤羽、神崎って?」
「休憩中に来たのよ、神崎叶ってやつ。なんか《私が皆さんをこのデスゲームから救ってみせます。なのでどうか、どうか私を信じて欲しい》とか笑顔で言ってたわね」
なんだそいつ、宗教みたいな怪しい奴だな。
赤羽も同じことを思ったらしく、フルシカトしたらしい。それはそれで可哀想なのだが…………。
「ただ……」と赤羽が続けて言う。
「無意識に、その言葉を鵜呑みにしかけた。神崎が言っていること全てが正しいと、そう思ってしまいそうになったわね。私の〘 強制 〙すら上書きされそうな、妙な説得力があったわ。一之瀬、神崎に会っても無視よ無視。絶対なんかあるから!」
赤羽が神崎を信じてはいないらしい。
個人的には、神崎の言葉を信じたいものではある。もしそれが本当なら、誰も死なないで済む。
しかしそんなうまい話があるのだろうか……。
「雷門と橘はどう思う?」
別の視点からの話が欲しかったため、聞いてみる。
「俺は信じるぞ、信じるだけでこの地獄が終わるならそれに越したことはない」
「…………怖い、けど信じたくなる魅力が神崎さんにはある」
信じたくなる魅力、ね。
各々が自由に過ごしていると、就寝時間が来た。
ベットに横になり、ふと考える。
(どうしちまったんだろうな、俺の身体……。)
聴覚の異常なまでの発達、赤羽の血を見た時に支配してきたあの感情。
どんどんおかしくなっていく自分が怖い。
すー、すー。
なんの音かと思い周りを見てみると、橘の寝息だとわかった。昨日は聞こえなかったが、今日はよく聞こえる。橘を見ていたら、夕飯を思い出す。
(……こいつらとの夕飯、楽しかったな)
色々しんどいことはある。自分の知らない自分の変化、これからどんな風に変化していくか分からない恐怖が離れない。だがそれと同時に一之瀬大和にとっては4人が集まるご飯の時間が楽しみという気持ちもある。
悪い事ばかりではない、そう思い寝ようとす――
「ぐーー!がーー!ごごごごー!」
っ!びっくりした……!何事かと思い周りを見ると、今度は雷門のいびきだった。今のせいで完全に目が覚めてしまった。こいつ明日の朝飯抜きしてやろうか(怒)。




