第4話 異変
部屋に戻る最中、今日起こったことを考える。
……なんだったんだろうか、仮説の話からてっきり痛めつけられるのかと思ったが、ただの生肉を食べるだけの時間だった。まぁ3ヶ月もある。ゆっくりやっていくつもりなのだろう……。
─────301号室─────
部屋に帰ってくると、既に3人は帰ってきていた。全員ヘトヘトといった様子でこちらに視線を送ってきた。
「一之瀬遅い!早くご飯作って!」
そう文句を言ってくる赤羽、どうやらこいつ含め全員の共通認識として俺が料理担当らしい。
「めんごめんご、いや待て別に俺じゃなくても」
誰かが作ればいいのでは、そう言おうとした瞬間、赤羽がビシッと人差し指をキッチンに向けると、料理で使ったであろう具材が飛び散っていたり、完成されたであろう料理?が真っ黒だったりと酷い光景が広がっていた。
「…………おっふ」
なんと俺以外誰も料理ができないらしい、てかなんかあの黒いのこっち見てないか!?気のせいか!?
「ええい任せろ!俺が最速最高の料理作ったるわい!」
さすがにあれを食べたくはないため、パパっと始めるとこにする。色々準備している間に、赤羽が口を開く。
「頼んどいて何もしないのはあれだし、具材は切るわ」
そう言って具材を切ってくれる赤羽、俺はその間に掃除を始め─────
「痛っ」
「おいおい大丈夫か?」
赤羽の声が聞こえた瞬間、指を切ったのだと悟った。
視線の先に、鮮やかな赤が滲む。
─────ドクンッ
突然、頭を鈍器で殴られたような衝撃が走った。
耳の奥で、自分のものとは思えないほど重い拍動が、警鐘のように打ち鳴らされる。
赤羽を見た瞬間、いやどちらかと言えば血が出ている指を見た瞬間に、自分の体から制御が失われていくのを感じた。
鉄の匂い。嫌いなはずなのに、喉が、焼けるように渇く。何故だか分からないが脳裏に樟田の『実験』がフラッシュバックした。
血が怖いと思ったことは無い。なのに、どうしてこんなに身体が震え、熱く、何かに突き動かされそうになるのか。
─────これは、恐怖ではない。
けれど俺は、自分の中に生まれた正体不明の衝動に、激しい寒気を覚えた。
「ちょっ、どうしたの一之瀬」
そんなことを考えていると、赤羽が心配そうに俺を見ていた。
「あんた、血が怖いの?情けないわね〜。いつか殺し合うことになるんだから、慣れなさいよ」
………訂正する、心配ではなく可笑しそうな様子でこちらを見ていた。いい性格してやがる……。
「……っ、はは! バカ言え、血が怖いんじゃなくて、赤羽の包丁さばきが怖すぎただけだっての」
俺が煽ると、赤羽は悔しそうにしていた。
「はぁ!?わ、私だってやればできるわよ!
あのね、これはたまたまで──」
「はいはい。ほら、そこ座ってろ。シェフの座はまだお前には早すぎたな。指一本で済んだのを幸運に思えよ?」
俺たちの会話が聞こえていたのか、遠くから雷門たちの笑い声が聞こえた。
「雷門?今、私のこと笑ったわね。明日の訓練が楽しみにしてなさい……」
「わぁ…………ぁ……」
赤羽が脅すと、雷門がち●かわみたいになってしまった。…………まぁ、だいたいのことは予想がつく。これ以上突っ込んで、赤羽の地雷を踏み抜く勇気は俺にはない。……平和が一番だな、二日目で死にたくはねえ。
そうして切り替えようしたら、裾を引っ張られ、振り返ると橘がこちらを見ていた。
「……何作るの?」
どうやら夕飯が気になるらしい。表情は死んでいるが楽しみにしているのだろう。
「ん〜そうだなぁ、なんかリクエストあるか?」
「……グラタン」
「りょーかい、任せろ」
…………よし、始めますか!
グラタンを作っている間、焦げたチーズの匂いよりも、赤羽の指から漂う鉄の匂いに意識を持っていかれそうになる。
─────赤羽視点─────
一之瀬が料理を始める前に掃除をしていた。何を作るのかは知らないが、まな板の上にある玉ねぎならいいかと思い、勝手に切ろうとすると─────
「痛っ」
自分の不器用さに腹が立つ。
手伝うと言ったそばから指を切るなんて、アイツに格好のネタを与えたようなものだ。
「おいおい、大丈夫か?」
そう言ってこちらを見てくる一之瀬、一之瀬の視線が私の指先に向いた瞬間
─────ゾッ
身体中の細胞が、逃げろと叫んだ。
私の指先を見た瞬間、アイツの瞳から一之瀬大和という人間が消えたのだ。
そこにいたのは、飢えた獣か、あるいは――。
私の『強制』の能力ですら、一瞬で飲み込まれてしまいそうなほどの圧倒的な「捕食者」の気配。
それが怖かったのか、真相は自分にも分からないが一之瀬を戻すためにあえて挑発をしてみた。
「……っ、はは! バカ言え」
次の瞬間には、いつものアイツに戻っていた。
軽口を叩いて私を席に追いやったアイツの背中は、心なしかいつもより強張っているように見えた。
橘のリクエストに「りょーかい」なんて笑って答えている声は、昼間と何も変わらない。
けれど、私の指から溢れた血を見つめていたアイツの瞳。
あの、《《何かを激しく欲しがっている》》ようなぎらついた光が、網膜に焼き付いて離れない。
私は、絆創膏を貼った自分の指先をギュッと握りしめた。
なんとなく、アイツの視線からそれを隠さなきゃいけないような、そんな胸騒ぎがしたから。




