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第31話 新しい復讐者





――――赤羽優視点――――



 

 「くそっ!くそっ!くそっ!なんで……なんでよ!」


 怒りをこぶしに込め木を何度も殴る。


 叫び声と共に、私は右拳を目の前の巨木に叩きつけた。


 ドォン、という鈍い衝撃音が響き、頭上から枯れ葉がバラバラと舞い落ちる。一度では収まらない。二度、三度。


 殴りつけるたびに、大人三人がかりでも抱えきれないほどの太い幹が、私の怒りに共鳴するように大きく揺れた。


 何度目かの衝撃で、ついに拳の皮が裂けた。じわりと滲み出した赤い血が、無機質な木の表面を汚していく。


 肉体の痛みなんてどうでもいい。それ以上に、胸の奥が熱い鉄を飲まされたように焼けて、息がうまくできない。


 「あいつ、どういうつもりなのよ!」


 視界が、急に歪んだ。熱い雫が頬を伝い、顎の先から地面へと落ちる。


 悲しいんじゃない。そんな柔な感情じゃない。


 これは、あいつを、一之瀬大和という男を、心の底から「家族」だと思ってしまった自分への、そして彼を止められなかった自分自身への、猛烈な悔しさだ。


 拭っても拭っても、涙はとめどなく溢れてくる。鼻の奥がつんと痛み、滲んだ視界の向こうに、幻影が見えた。


(『ねぇ優ちゃん、えへへ……呼んだだけ♡』)


 脳裏に響いたのは、凛とした、けれどどこか楽しげな花音の声。もう花音の声が聞けないと思うと胸が苦しい。

 

 あの笑顔を、守りたかった。あの温かな時間を、ずっと続けていきたかった。


 なのに


 (『……ありがとう、いっちー』)


 最後に見た彼女は、あいつの剣に貫かれながら、幸せそうに笑っていた。なんで。なんであんた、あんな奴に「ありがとう」なんて言ったのよ。あんなの、救いなんかじゃない。ただの、残酷な裏切りなのに……!


 「花音……」


 花音の最期の笑顔と、大和の冷酷な瞳が、頭の中でぐちゃぐちゃに混ざり合う。その歪なコントラストが、私の胸を裂き、喉を焼き、魂を粉々に砕いていく。


 「……っ、……ぅ、ぁ……」


 私の泣き声の隙間を縫うようにして、背後からか細い、掠れた声が聞こえてきた。


 そこには、地面に膝をつき、力なく項垂れる琴佳の姿があった。彼女の瞳からは、大粒の涙がとめどなく溢れ、乾いた土に暗い染みを作っている。


 (琴佳は、私よりも……)


 ここで知り合った友が最愛の親友を殺した、それはどれだけ苦しいことか私には計り知れない。


 彼女に近づき、そっと抱きしめた。それに応えるように彼女も私に思いっきり抱き着いてくる。


 「なんで……こんなことにっ……なんで!」


 琴佳の叫びが、私の胸に直接突き刺さる。


 肩に回された彼女の指先が、痛いほど私の服を掴んでいた。震える琴佳の体温を感じるたび、私の中の悲しみが、彼への殺意に変質していくのがわかった。


(……もう、いいわ。一之瀬大和)


琴佳を泣かせ、花音を奪い、私たちの絆を泥靴で踏み躙ったあいつ。


 あの日、一緒に笑い合った記憶が、今は毒となって私を蝕んでいく。信じていた分だけ、その反動は鋭利な刃となって私の心を削り出した。


「……琴佳。もう、泣かないで」


 私は琴佳の背中を、自分でも驚くほど冷徹な力で抱きしめ返した。視界の端で、血に濡れた私の拳が、巨木の幹に赤い手形を残しているのが見える。


 (許さない。許すはずがないでしょ……!)


 花音を殺したあいつの剣。


 仲間に向けたあの冷酷な笑み。


 あいつが「骸の王」だっていうなら、私はその骸をさらに切り刻む修羅にだってなってやる。


 彼との会話を思い出す、彼がここに来た理由は自分を捨てた親への復讐。


 復讐、その言葉が私の中にすっと入ってくる。


「……上等よ。あいつが私たちを殺すって言うなら、その前に私が……一之瀬大和を、地獄に叩き落としてやる」


 言葉にした瞬間、心の中の炎が爆発的に燃え上がった。それは温かな情熱じゃない。全てを焼き尽くす、黒い復讐の炎だ。


 「見てて、花音。あんたをあんな風に笑わせたあいつを……私が必ず、後悔させてやるから」


 琴佳を抱いたまま、私は顔を上げた。涙はもう、止まっていた。血と泥にまみれた視界の先、大和が消えていった森の奥を、私は射抜くような眼差しで見つめる。


 この手に持つ薙刀は、あいつの喉笛を掻っ切るためだけに振るう。


 (……行こう、琴佳。雷門。これから強くなって、あいつを……殺しにいく)


 私の思いは、自分でも震えるほど冷たく、地を這うような殺意に満ちていた。


 こうして、新しい復讐者(主人公)が生まれた。


 


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