第30話 契約
「おいしそう!」
「凄すぎです!」
主人公君の一味に加わった俺は、初仕事で昼飯を作らされていた。二人が喜んでくれたようで作った側としては嬉しくてつい顔が緩む。
「あぁこふぇふごいふまひぞ!」
無反応だと思っていた主人公君はもうすでに食べ始めていた。
「節操ないなー。私も頂きます!」
全員が目の前の食事に飛びつき、無心で口に運ぶ。湯気を立てていた皿が、ものの数分で空になった。満足げに大きく息を吐き、箸を置く。
何故皿や箸があるかというと、水谷の能力『収納』の中に入れていたらしい。俺たち同様準備がいいらしい。
「ごちそうさまです!早速で申し訳ないですけど、これからどうするか考えませんか?」
食べ終わった俺たちは今後のことについて話し合っていた。
「せっかく……そういえば名前聞いてなかったな」
御門は作戦を提案しようとしたが、俺の名前が分からずどう呼べばいいか悩んでいた。
「忘れてたな、一之瀬大和だ」
「大和か」
こいついきなり名前呼びか、なかなか主人公感満載じゃねぇか。
「話を戻すけど、俺達は平和的に洞窟とかに隠れて時間をつぶそう。誰かが来ても大和がいることだしどうとでもなる」
「……?」
てっきり戦うことになるのかと思ったが、主人公君は安全第一にこの試験を乗り越えようとしている。
しかし当然かもしれない。数十分前まで仲間がピンチにあったのだ。リーダーとしては正解。
「なぁ……勝ちにこだわってないならリタイアしたらいいんじゃないか?その方が安全だ」
聞いた直後彼らの表情が曇り、辛そうに俯いた。
「もう一人仲間がいたの、ここで死んじゃってさ。どうにかしてせめて死体は持って帰りたい……だから私たちは諦めたくない」
仲間の死体と自分の生死を天秤にかけた結果なら俺には何も言えない。
「協力してくれ、どうしても持って帰りたいんだ」
御門の声は、先ほどまでの明るさが嘘のように低く重かった。俺が言葉を返す前に、彼はその場に膝をつき、湿った土の上に両手をついた。
「大和、頼む……!」
迷いのない、綺麗な土下座だった。頭を深く下げ、地面に額を擦りつけるその姿に、隣にいた東雲さんと水谷さんが息を呑むのがわかった。
「御門君……!」
「……っ、そんな……」
二人の悲痛な声が響くが、御門は動かない。土を掴む指先が白くなるほど強く握りしめられ、震えている。
「……死なせちまったのは俺の責任だ。でも、あいつをこんな掃き溜めみたいな場所に一人で残してはおけないんだよ」
御門の額が、ゴツンと鈍い音を立てて地面にめり込む。その姿は、泥臭くて、あまりにも身勝手で――そして、眩しすぎた。
「……顔、上げろよ」
絞り出すような俺の声に、御門がゆっくりと顔を上げた。その瞳は涙で潤んでいたが、奥に宿る意志の光だけは、決して折れていなかった。
「そいつを連れ出すまでは、あんたらの用心棒をしてやる」
「っ! 本当か……!? ありがとう!本当にありがとう!」
パッと顔を輝かせ、何度も頭を下げる御門。その無邪気なまでの感謝が、今の俺には毒のように回り始める。
「ただ、俺にも協力してほしい」
「あぁ!なんだ?何でも言ってくれ!」
期待に満ちた笑顔を向けられ、断る隙すら与えないほどの熱量が、言葉の端々から溢れ出していた。
俺は冷静に指を一本立てる。
「一つ、俺が人を殺すとき何も言わないこと」
「……わかった、理由は聞かないぞ」
御門は少し考えたが頷いた。その真っ直ぐすぎる信頼が、大和の胸の奥にある「正常な人間」の領域を逆なでする
あの日、花音を殺し、骸の上で生きると決めた俺の隣に、光り輝く主人公たちの居場所なんて一ミリも残っていないのだ。それを自覚させるように、俺は冷え切った二本目の指をゆっくりと突き出した。
「二つ、俺に殺されること」
冗談を言っているような口調ではなかった。大和の瞳からは一切の温度が消え、ただ事実を淡々と告げる機械のような無機質さが宿っている。
吹き抜ける風が、湿った土の匂いを運んできた。
御門の明るい表情が、まるでスローモーションのように徐々に青くなっていく。さっきまで大和に向けられていた「感謝」という熱が、指先から急速に凍りついていくのがわかった。
「……………………は?」
御門の喉がひきつったように鳴る。
大和は、地面に額を擦りつけていた御門の影を、冷酷なまでに見下ろしていた。その眼差しは、救った仲間を見るそれではない。
いつか、最高潮の瞬間に刈り取るべき「果実」の熟れ具合を確かめるような、捕食者の視線だった。
さっきまでのコメディじみた空気が、一瞬で冷たくなる。東雲と水谷も、息をすることさえ忘れたように硬直していた。




