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第25話 天野花音 その3





 あれから数年が経ち、中学三年生となった。初夏が過ぎ、暑くなってきた。時系列で言うとパンドラが神となるまであと2ヶ月といった所になる。


 「それで……話って?」


 給食が終わり昼休みに入った直後、琴佳ちゃんに呼ばれて私たちは体育館裏に来た。


 「話……ていうか……相談……なんだけど……」


 俯き、小さな声が聞こえた。掠れて、消えてしまいそうな声。普通ではない。


 「琴佳ちゃん」


 「……!」


 耐えきれなくなった私は震えていた彼女の手を握り、その後安心してもらうために優しく抱きしめた。


 「大丈夫……ここには私しかいないし、私は何があっても琴佳ちゃんの味方だから」


 そこから彼女は徐々に落ち着き、ゆっくりと離れてから相談を始めた。


 「お父さんが死んじゃったのは……話したよね」


 「うん……病死したんだよね」


 琴佳ちゃんのお父さんは小学生六年生の冬頃に病気で亡くなった。妻と姉妹二人を残して。


 「それで……お母さんが新しいお義父さんを連れてきたの……」


 琴佳ちゃんは、とにかくパパっ子と言った感じの……言わばファザコン気味であった。正直そんなに好かれている琴佳ちゃんのパパが羨ましいけど、琴佳ちゃんの家族にまで嫉妬はしない。


 そんな琴佳ちゃんの前に新しいお義父さんを連れて来るなんて……馬鹿げているにも程かある。


 「それは辛いね……」


 そんなことしか言えなかった。


 「ううん……それはいいの、お母さんの人生だから、お母さんの好きな人といればいい……けど」


 ここまで聞いていたが、何が辛いのかイマイチ分からなかったが……次の言葉で全てを理解することとなった。


 「新しく来たお義父さんが……変なんだ、やたら胸を見てくるし、彼氏はいるのか聞いてきたり、この前なんて、舌を入れられて……その時は無理やり逃げたけど……どうしたらいいのかな」


 「………………」


 数秒、間が空いてしまった。それぐらい意味がわからなかった。どうしてそんなことするのか、そんなことは些細な問題だ。実行された、舌を入れられたことが大問題だ。このままいくと、いずれ……。


 「お母さんは?お母さんには言ったの?」


 「言った……けど、ダメだった。『家族としてのスキンシップだ』って……」


 (家族としてのスキンシップ……?)


 ふざけるな。


 純粋な琴佳が、どれだけ怯えて、どれだけ汚された気分で私を呼んだと思っている。


 家族という言葉は、愛する娘が悲鳴を上げている時に、クソみたいな男を擁護するために使う魔法の言葉じゃない。


 (あぁ……そうか、分かったよ)


 守らなきゃ。


 琴佳を……私の「特別」を。


 あんな下劣な男に指一本触れさせていいはずがない。


 ……消さなきゃ。


 その男も、そんな男にうつつを抜かして娘を裏切った母親も。


 「……そっか。……辛かったね、琴佳ちゃん」


 私の声は、驚くほど冷静だった。


 けれど、握りしめた拳は白く震え、爪が手の平に食い込んで血が滲んでいる。


 この時───私は人生で初めて、正しく、そして歪みのない殺意を自覚した。



 完璧な美少女としての仮面の裏側で、私は初めて「天野花音」として、一人の男をこの世から抹消することを誓った。


 「琴佳ちゃん、提案があります!」


 「……どうしたの?」


 抹消すると言ってもいきなりは無理だ。だから初めに行うのは、彼女の身の安全の確保だ。


 「────放課後、私の家に行こ!」




――――放課後――――




 教室を出ると、廊下には夕闇が忍び寄っていた。影が長く伸びるアスファルトを踏み締め、正門を目指す。


 「そういえば……お家行くんだっけ?」


 「うん!とりあえず今日はお泊り!琴佳ちゃんのお母さんには許可とってるから安心してお泊りできるよ!」


 「いつの間に……」


 自慢のコミュ力でお泊りを捥ぎっとった私は、琴佳ちゃんと喋りながらママにお泊りの許可を取っていた。



 超絶美少女花音ちゃん 『ママ~』


 超絶ママ 『なにかね娘』


 超絶美少女花音ちゃん 『琴佳ちゃんを泊めたい』


 超絶ママ 『おけ』


  

 「……よしっ!」


 これで舞台は整った、後はお泊り用のお菓子を買うだけ。何のお菓子を買うべきかと悩んでいたら、琴佳ちゃんが私の裾を掴んだ。


 「……花音、あれ……」


 「え……?」


 琴佳ちゃんが指で指した場所には―――金髪の男性が門の近くで立っていた。背は高く、清潔感があり、まあモテそうだなといった感じだった。


 「あ……あ……」


 あの男を見た瞬間、明らかに琴佳ちゃんの様子が変わった。歯はカタカタと音を鳴らし、顔は限界まで青く染まっていた。


――――あの男が、琴佳ちゃんを苦しめている人なのだとわかった。理解したと同時に殺意が出てきそうになるのを必死に抑え、そのまま正門を目指す。裏門を使ってもよかったが、それだとトラブルを起こしかねない。


 「あ、琴佳やっと出てきてくれたね~!君に渡してたGPSが途中で動かなくなったから心配したんだよ……さあ、家に帰るよ」


 「初めまして、琴佳ちゃんの友達の――――」


 「そういうの今いらないから、帰ろうか琴佳」


 自己紹介をしようとしたら、冷たい声で遮られてしまった。しかしこっちにだって手はある。怖がっている場合じゃない。


 「すみませんが、琴佳ちゃんは私の家でお泊りするので」


 「そっか……じゃあ家まで送るよ、どこ?」


 (どうしてここまでキモいことができるの……?)


 それとなく接触を回避しようとしても意味はなかった。心の中で舌打ちを決め、奥の手を使う。


 「大丈夫です、私の母が来てくれます」


 「…………ちっ、わかったよ」


 母親という第三者の介入を告げた瞬間、男は隠しきれない不快感を露わにして舌打ちを漏らした。それまでの「良き父親」を演じていた薄っぺらな笑みが剥がれ落ち、どす黒い本性が顔を出す。


 男は未練がましく琴佳ちゃんの肩に手を伸ばそうとしたが、私がその間に割り込むと、忌々しげに手を引っ込めた。


 「……じゃあな。明日はちゃんと帰ってこいよ」


 背中越しに投げられた粘つくような声。男はポケットに手を突っ込むと、一度も振り返ることなく、夕闇に染まる住宅街の方へと消えていった。


 カツ、カツ、と遠ざかる靴の音。その響きすらも汚らわしく感じて、私は無意識に琴佳ちゃんを庇うように一歩前へ出る。


 「……行ったよ、琴佳ちゃん」


 彼女の肩の震えが少しだけ収まったのを確認し、私は深く、深く息を吐き出した。


 (───死ねばいいのに)


 心の中で呪詛を吐き捨て、私は再び「超絶美少女」の笑顔を貼り直す。


 「よしっ、お菓子買って帰ろ!今日はパーティーだよ!」




――――二か月後――――




 お泊りから二か月が経った頃、遂に訪れる―――能力が訪れた日。そこからはとにかく早かった。琴佳ちゃんのお義父さんを殺し、死体を埋め、完全犯罪となる――――はずだった。森で埋めている最中、後ろから声。をかけられた。


 「初めまして―――樟田と申します。いやぁすごいですね、これ完全犯罪ですよ!頭がよろしいようですね」


 ……なぜ、バレたのか、その時の私は分からなかった。困惑していると樟田さんは話を続ける。


 「正直密告しても面白くないし―――提案があるんだけど」


 「断る」


 正直密告されたって別にいい、これが終わったら自殺するつもりだった。琴佳ちゃんの顔が見れなくなるのは嫌だったけど、それ以上に人殺しとして彼女の隣に立ちたくはなかった。短く返事し、その場から去ろうした―――


 「ねえ……琴佳ちゃんって誰なんだい?能力で視えたんだけど、大切な人っぽいね……いいこと考えた♪」


 「……もし琴佳ちゃんに手出ししたら―――あなたも殺す」


 ナイフと殺意を向け、脅す。無理だと思われるかもしれないけど本当にそうすると思う、今の私には覚悟が決まっていた。


 「どの道意味ないよ」


 (意味がない……?)


 どういう事か分からないでいると、樟田さんの素性や目的、計画のすべてを教えられた。


 「整理すると……私が一之瀬大和のために開かれるデスゲームに参加しないと、すでに参加が決まっている琴佳ちゃんも殺される、もし助けたいなら一之瀬大和を殺せ……で合ってます?」


 「その通り、さてどうする?決めるのは君だ」


 分かってて言っているのだろう、その張り付いている笑顔を刺してやりたかったが……今はそんなことどうだっていい。


 (待っててね……絶対に助けるから)


 琴佳ちゃんを守るために、自らデスゲームに参加すること選んだ。




――――あの森の日――――




 仲間を化け物に殺され自分だけが逃げていると、騒ぎ声が聞こえた。男の声が聞こえ、腹が立ったため黙らせに行こうと近づいた。


 草むらに隠れ、覗き見る。


 「来ねぇのか?どうせリーダーがこんなんだ。負けるってわかってんなら、せめて足掻いてみろよ」


 見れば、男一人の逃げ道を塞ぐように、十人もの影が巨大な壁となって立ち塞がっていた。圧倒的な数的不利。けれど、その中心に立つ「獲物」の目は、死んでいるどころか不敵な光を宿している。


 (あれって……)


 抹殺対象である一之瀬大和がいた。


 (殺す……?今ならどさくさに紛れて……いやせめて実力を見よう)


 今乗り込むのはまずいと判断し、その場から動かなかった。


 ――――結果的に言えば、その判断は間違ってなどいなかった。たった一人しかいないはずなのに、彼一人が無双していた。


 (とりあえず力量はわかった……)


 彼が去ることを待っていたらすでにバレていたようで、宿敵である一之瀬大和のアジトへと着いていった。


 そうして、琴佳ちゃんにとって一之瀬大和は特別な人間なんだと知った。正直この人の何がいいのか分からなかった。しかし話していくと、なんとなくわかった気がする。みんなのために料理を作ってくれること、みんなのために戦ってくれること、とにかくみんなのために様々なことをしてくれた。


 いつの間にか、彼を殺す気は失せた。このままだと間違いなく彼は琴佳ちゃんを殺す。シナリオがそうしてしまう。彼自身が琴佳ちゃんを望んで殺すことはない―――そんな気がした。


 「お願い、あるんだけどさ─────」


 だから託すことにした。私の正体、一之瀬大和の正体、このデスゲームの本当の目的を書いたメモと、私を殺すことを。


 彼は快く受け入れてくれた、本当は嫌なはずなのにそれでも自分がやると言ってくれた。


 ずっと思っていたのだか、彼はたまにふざけることはあっても、かなり優秀な人間だ。一度なぜそこまで優秀なのか聞こうとも思ったけれど、もし彼も琴佳ちゃんみたいに壊れた家庭の育ちだったら……なんて考えたら、流石の私も言葉を飲み込んじゃった。


 こんなに気の使える美少女、後にも先にも私くらいでしょ? 感謝してほしいな、本当に。



 仲間の仇を取り、彼の刀によって私の人生は幕を閉じた――――





 「はいおしまい! 私の昔話はこれで全部話した! いやぁ、壮絶な人生を送ったと思わない? ……ていうか、聞いてくれるのはうれしいけどさっきからずっと黙ってるね!無視してほしくないんだけど!ほんとそういうとこいっちーと似てないね」


 呼びかけても、目の前の男は微動だにしない。その静寂が、かえって異様な重圧となって周囲の空気を歪ませていく。


 苛立ちと、それを上回る確信を込めて、私はその「真実」を口にした。


 「ねぇ、聞いてる? ─────



 ─────()()()()()()




 いっちーが彼を出会うまで―――あと1時間


 





 

 



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