22.絶望的な邂逅
私とケルクックがクロウ先生のもとに辿りついたとき。
クロウ先生とメリッサの戦いは修羅場を迎えていた。
メリッサの髪に体を絡めとられながら、手のひらをメリッサの眼前に突き出したクロウ先生。
まるで殺し合いのような気迫で睨み合う二人の姿を見て、私は咄嗟に動いた。
「先生!! 捕まって!」
ケルクックの上から身を乗り出し、思い切り手を伸ばす。
捕まって、と言ったけどクロウ先生が身動きを取れるはずはなく、私の手が無理やりその体を掴むだけ。
ケルクックがスピードを落とさず、走る。
その勢いでクロウ先生の体が、メリッサの拘束を離れた。
「……助かった!」
「このまま出口まで走ります! 捕まっててください!」
メリッサの切れた髪が、意志をなくしてパラパラと地面に落ちる。
虚を突かれたメリッサが我に返って追いかけて来る前に、クロウ先生が唱えた。
「土壁よ!」
メリッサと私たちを隔てるように、強固な壁がそびえ立つ。
詠唱の効果もあって、メリッサの攻撃を受けても壁はなんなく持ちこたえていた。
壁を殴る鈍い音がだんだん遠くなっていく。
「ただの時間稼ぎだが、ないよりマシだろう」
「ありがとうございます! あとは頑張って、ケルクック……!」
暗闇に沈む廊下を、ケルクックは速度を落とさず走りつづける。
私だけじゃなくクロウ先生まで乗せて、背中が重いだろうにケルクックは元気だ。
(あ……ダメだ。手が震えてきた)
クロウ先生と合流できて安心したことで、私の心は緩んでしまっていた。
メドゥーサとの戦い、そして今ケルクックという数時間前に自分を襲った魔物に乗っていることへの恐怖。
それらが押し寄せて、手足がスッと冷たくなるような感覚がした。
「……ルーナ? 大丈夫か?」
私のすぐ後ろにくっついて座っているクロウ先生にも、当然震えは伝わる。
私を案ずるその声に、慌てて笑顔を作って振り返る。
「だ、大丈夫です! 遺跡を出るまでは頑張らないと――」
進行方向から目を離し、クロウ先生に作り笑いを向けたその瞬間。
突然、ケルクックが足を止める。
「うわぁっ!?」
「――受け身を取れ!!」
クロウ先生が叫んでくれたおかげで、私はかろうじて地面に叩きつけられる直前に防御姿勢を取った。
とはいえ傷だらけの体は、地面にぶつかってするどい痛みをもたらす。
「うっ……一体何が――」
状況を把握しようと、倒れたままあたりを見渡す。
そして、息を呑んだ。
先程まで私たちを運んでくれていたケルクックの体は、一つのほころびもなく、完全に石にされていた。
息遣いも、羽毛の揺れも全くない。
灰色の、生気のない彫像のようだ。
追いつかれたか、と慌てて後ろを振り返るが、暗闇の中にメドゥーサたちの気配はない。
混乱する私に、クロウ先生が小さく言った。
「こっちだ。大丈夫、俺がなんとかする」
クロウ先生はすでに立ち上がって、私を背にかばうように位置を変えた。
その肩越しに見えたのは、2メートルはゆうに超えるだろう、長身の女性だった。
身長もさることながら、それよりも目を引くのは地面につくほど長い、艶やかな黒髪だ。
つまり、彼女の正体なんて聞かずともわかる。
また、新たなメドゥーサの登場というわけだ。
(でも、メディナちゃんやメリッサよりずっと年上に見える……もしかして)
メディナちゃんから届いた手紙の一節を思い出す。
何か手がかりはないかと何度も読み返したから、その内容は私の脳裏にこびりついていたのだ。
――『ママがおこるといけないから』。
そう言われて私は一人でここに来た。
魔物が怖いとか、遺跡を私一人で攻略できる気がしないとか、そういう懸念をすべて飲み込んで、一人で。
そうまでして刺激しないように避けてきた、メディナちゃんの母親。
今私たちの目の前にいる長身の女性こそがそうだと、理解したくないけどわかってしまった。
せっかく、ここまで頑張って、もうすぐ逃げられると思ったのに。
現れてしまった最後の強敵を前に、私の脳内に絶望が湧き出してくる。
私は肩に刺し傷を負っているし、身体中打撲だらけ。
クロウ先生は目に見えて怪我をしているわけではないけれど、魔力の消耗は私よりずっと激しいだろう。
勝てない。逃げられない。
そう悟って、私の体の震えは強くなる。
しかし、いつまで経っても、メドゥーサの母親からの攻撃は飛んでこない。
不思議に思って、おそるおそる顔をあげる。
私の目に飛び込んできたのは、メドゥーサに向けて深々と頭を下げるクロウ先生の後ろ姿だった。




