21.ケルクックの奔走
満身創痍ながらもなんとか飛び乗ったケルクックの背中で、私は息をつく。
魔物に乗ることになるなんて思っていなかったし、恐ろしいけれど、命には代えられない。
ケルクックの足を鈍らせている足枷を外す。
自由になったことが嬉しいのか、ケルクックは楽しそうな声をあげて、辺りを走り回りはじめた。
自分の上に乗っている人間がその足枷をつけた張本人であることは、すっかり忘れてしまっているらしい。
(さっきは怖かったけど……こう見たら無邪気で可愛らしい、かも?)
なんて気休めに思いながら、私はケルクックを操縦しようと試みる。
しかし、コツを掴むより早くメディナちゃんが動いた。
「逃がすわけない! 石にしてあげる――」
「だめ……!」
メディナちゃんの石化魔法は、呪い対策を万全にしてきた私には効かないけれど、ケルクックには効いてしまう。
私は咄嗟に、ケルクックとメディナちゃんの間に体を滑り込ませた。
パキン、と金属の割れる高い音が響く。
服の下で、呪い除けのメイルが朽ちていく感触がした。
「くっ――」
「メディナちゃん!?」
呪いをメイルが跳ね返したのだろう。
メディナちゃんは魔力を使い果たし、その場に倒れ込んだ。
先ほどまで敵対していたとはいえ、小さな女の子が気を失ってパタリと倒れる光景は心臓に悪い。
従順になったケルクックを足で操って、メディナちゃんのそばへ近寄る。
意識はないけれど、息はしている。
ただの魔力切れなら、魔物にとっていい環境である遺跡の中にいれば、すぐに回復することだろう。
(よかった。……いや、なんの解決にもなってないけど)
寂しいと叫ぶメディナちゃんに対して私ができたことは何もない。
それどころか、壁を壊させるためとはいえ、ひどいことを言ってしまった。
私の力で倒せたわけでもないし。
――クル? キュルル!
落ち込む私に、ケルクックが呼びかけるように鳴いた。
まるで、「行かないの?」と問いかけているかのような鳴き方である。
石化から守ったことで、心を許してくれたのだろうか。
「……そうだね。落ち込んでてもしょうがない。クロウ先生を助けにいかないと!」
ケルクックの大きな体では、クロウ先生のいる部屋につながる細い通路は通れない。
迂回路を探すため、私は別の方向を指差して言った。
「とにかく、明るくてうるさい部屋を探そう! 走って、ケルクック!」
* * *
「答えろ。王都はいつもとに戻る?」
「――いつでもいいじゃない。あなたはあそこには戻らないんだから!」
詠唱をしない魔法の応酬。
クロウもメリッサも、手加減をしない。
次にどんな攻撃が飛んでくるかわからない、高度な読み合いと瞬発力を必要とする戦いが続いていた。
そして、戦闘の最中にもクロウは尋ねつづけていた。
王都のこと。メリッサの硬化魔法は、王都にどれだけの影響を与えているのか。
それだけ、王都が心配だった。
そもそも、ここに来たのだって王都を人質に取られたからこそだ。
メリッサもメディナもクロウを冷遇することはなく、むしろ同胞意識をもって迎え入れられたから甘んじていたが。
王都がいまだ危機にさらされているとなると、話は別である。
「答えないなら力ずくで聞き出す。王都の現状と、その治し方――」
「知らな――うっ!! 」
突風と雷を合わせた攻撃で、メリッサの体が吹き飛ぶ。
クロウは自身の体に強化魔法をかけ、壁にたたきつけられたメリッサに肉薄した。
(ルーナも心配だ、そろそろケリをつけて向かわないと……)
自分のキャパシティを越えて魔法を使いつづけている自覚はあった。
ルーナのことが気になって、焦っているのだ。
クロウはメリッサの目の前に立ちはだかり、手をかざす。
「答えろ。さもないとここから風をぶっぱなす」
「…………」
痛みにゆがむメリッサの顔の、正面ゼロ距離に手を向けて脅す。
しかし、勝ちを確信し、最後の問いかけをしたクロウにとって、メリッサの反応は予想外だった。
「いいわ、教えてあげる。王都の石化は10年以上続くでしょう。そして解除するには、メドゥーサの血が必要よ」
「……!」
10年。
メリッサがさらりと口にした数字の途方もなさに、クロウは虚をつかれた。
その刹那、クロウの体にうねうねと何かがまとわりつきはじめる。
「髪!? 治ったのか、この短時間で!」
身動きを奪われ、クロウは怯む。
脅しどおり風の魔法を使えばメリッサの頭は吹き飛んで終わりだが、つい躊躇してしまう。
脅しは、あくまで脅し。
クロウはメリッサを殺すつもりはない。
しかし、メリッサは本気だ。
たとえ自分が殺されてでも、クロウをここから出さないつもりでいるのだろう。
「……なぜ、そこまでする」
心から――クロウには、理解ができない。
どうして目の前の女が、ここまで自分に執着するのか。
問いかけに、メリッサは強気な笑みを浮かべて、答えた。
「正しいことをしているとわかっているもの。あなたはわかっていないみたいだけれど、ここにいる方がずっと幸せ!」
メリッサの髪の締め付けが強くなる。
幸せ、とは何か、クロウは考える。
人の世に馴染めないというのは、間違いではない。
人とともに暮らしながら、自分は人と違うことを隠して、抱えて生きている。
思い悩んだことは、一度や二度ではない。
でも――悩むことは不幸だろうか。
幸せな人とは一度も悩まないものだろうか。
悩みながら人と生き抜いてきたクロウ・オブシディアという生き物は、幸せではなかったのだろうか。
「……愚問だな」
答えを見つけて、クロウはふっと鼻を鳴らして笑う。
その声音に、諦めたようにメリッサは目を閉じた。
クロウの指先に、魔力が集まる。
強い魔力が風の弾丸となって放たれるその一瞬前――
――コケ、コケクルルルーーッ!!!
遺跡の壁が、音を立ててぶち破られた。




