20.メディナの叫び
「ルーナ……あなたがずっとここにいてよ!」
そういうやいなや、メディナちゃんは土魔法を発動する。
地面がせり上がるような鈍い音が響き、細い通路の出口が塞がれてしまった。
先ほどまでいた部屋に戻ることも、来た道を戻ることもできない。
明かりも土壁の向こうに遮られ、黒い髪と黒い服のメディナちゃんの姿は闇に溶け込む。
見失って奇襲を受けないように暗闇に目を凝らしながら、私はやっとのことで立ち上がった。
「そういうわけには、いかないの」
昨日までの私なら、メディナちゃんの提案に乗っていたかもしれない。
自分の身がどうなっても、クロウ先生さえ王都に帰すことができれば、きっと王都の石化はどうにかなるから。
でも、今の私は頷けない。
だって、私の帰りを待っている人がいることを理解したから。
遺跡へ向かう道中の、イレーネちゃんとの会話を思い出す。
また勉強を教えるって約束した。
たったそれだけのことだけど、私は勇気をもらったのだ。
手のひらを後ろの壁に向け、詠唱せずに水の魔法を発動する。
メディナちゃんのように無詠唱で大掛かりな魔法を使うことはできないから、私は手のひらからちょろちょろと水を出すだけだ。
その水を、帰り道に続く土壁に染み込ませていく。
私の動きに気づいていないメディナちゃんは、手のひらを天井に向けて呟く。
「いつまで強気でいられるか、試してあげる。炎よ!」
「……っわあ!?」
悪役じみたセリフとともに、天井から炎が噴き出す。
火の粉が私たちの頭上を飛び散り、暗かった通路を眩しく照らした。
「これじゃ、二人とも死んじゃう……!」
私は思わず声をあげる。
皮膚を焼くような熱気の中で、急速に酸素が燃やされていくのがわかるから。
呼吸できないと死んでしまうのは、人間もメドゥーサも同じだ。
しかし、メディナちゃんは炎の勢いを弱めないよう、魔法を使い続ける。
「だったらなに? もうこんな暗いところで過ごすばっかりの、寂しい生活は嫌!!」
ごうごうと響く炎の揺れる音の切れ間に、メディナちゃんの叫び声がこだまする。
先ほどまでとは打って変わって切実な声音が、私の胸を打った。
(そっか。メディナちゃんは、ずっとここで……)
王都で会ったとき。
人探しをしているというメディナちゃんを図書館に連れて行って、私は疑問に思った。
メディナちゃんが図書館の中を見渡して、まるで初めて見るように顔を輝かせていたから。
今ならわかる。あれは本当に、彼女にとって初めての経験だったのだ。
せっかく言葉も文字も同じなのに。
誰かに連れられて図書館に行く経験が、メディナちゃんにはなかった。
(なら、なおさら、ここを出ないと……)
私も、メディナちゃんも、こんなところで倒れるわけにはいかない。
私は炎に怯えたふりをして、数歩、後ずさる。
背中をピッタリと壁につけて、無詠唱で使っていた水魔法を再開した。
火柱に熱された土壁に水をかける。
すると、土壁が泥のように緩んでいくのがわかった。
背中越しに、にゅるりとした泥の感触が伝わってくる。
あとは――心を鬼にして、メディナちゃんを挑発するだけ。
「……全部、あなたのわがままでしょ」
「なんですって?」
「寂しいから人を連れ去ったり、閉じ込めたり……友だちがいないのは、“魔物だから“じゃないと思うけど?」
本当は思ってないしこんなこと言いたくないけど。
彼女のお姉さんを真似して、精一杯悪辣な笑顔を浮かべて言い放つ。
私の目論見通り、メディナちゃんは動いた。
「うるさい――うるさい、うるさい!!」
私の作り出した風のムチはとっくに消えていて、メディナちゃんの髪は自由だ。
その髪をしならせて、私に向けて思い切り振り下ろす。
一度ではなく、何度も、何度も。
癇癪を起こした子どものようなその攻撃で、私の体は土壁に叩きつけられ――そして、壁が壊れる。
「――っ!!」
メディナちゃんが目を見開く。
新鮮な空気を得て一瞬勢いを強めた火柱は、それを最後と言わんばかりにすぐかき消えた。
メディナちゃんの魔力にも限界があるのだろう。
一方、崩れた壁の向こうに吹き飛ばされた私は、何かもふもふしたクッションのようなものに体をぶつけて止まる。
「まさか、最初からそのつもりで……」
メディナちゃんが呆然と呟くのを聞いて、私はやっと思い出した。
メディナちゃんたちが待つ部屋に辿り着くまでに、自分自身がどんな目に遭ったか。
つまりそういう作戦だったわけではない。
でも、これはチャンスだ。
怖いけど。自分が魔物恐怖症だってことを今更思い出して、手が震えているけれど。
私は自らがもたれかかっているもふもふしたクッションを、鷲掴みにした。
「ごめん、ちょっと乗せて! ご褒美はあとで用意するからっ!」
あちこち痛む体を引きずりながら、どうにかもふもふの上にまたがる。
もふもふ――三つの頭を持つニワトリの魔物は、私の言葉を理解したかのように甲高い声で叫んだ。
――クークルルルル!!!




