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seek one's fate  作者: 六軒さくみ


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*みえないひと2*

「平和維持は自国で行いたい。最低限の援助は受けるが対等でありたい。我々は戦争を仕掛けたこともなく、戦争に勝ちも負けもしていない。何処の国の属国でもなく、また、奴隷でもない」


 と、高らかに語るコウキの映像を見ていたルルは軽いため息を一つ漏らすと、机の上に飾られた家族の写真に視線を転じた。

 そこには、戦争の陰など感じられず、先に起こる出来事の暗示もない。

 夫であるダイと離婚する前、まだ地球で家族が幸せに暮らしていた頃の写真には、消息不明の長女ランも朗らかに笑っている。

 思い起こせば、最後にルリとルカのこの笑顔を見たのは何時だったのだろうと考えて、それが何時なのかも思い出せない程だと気がつくと、愕然としてしまった。


 夫のダイとは不仲が理由で別れたわけではない。


 別離の選択肢しか当時は選べず、その理由をどれほど説明しようと、まだ幼かった二人には理解出来なかったに違いない。

 月に滞在していたときでさえ、ルルは二人の子供に十分な説明など出来ず、母親としての立場より、指導者としての立場を示してしまった。

 帝国の脅迫に屈して、まだ一四歳にみたない二人の我が子をあの女帝に差し出したのは紛れもない事実で、それにうしろ指を指されても仕方のないことだった。

 子供の命とコクーンの未来を天秤になどかけたつもりは更々ないが、傍目には子供を犠牲にしたと言われても仕方のないことばかりをしてしまった。

 だから、ルリとルカがアレの搭乗員になったと聞かされたときは、「どうして」という疑問ばかりが渦巻いた。

 けれど、何一つ、母親らしいことをせず、何一つ子供達にしてやれなかった事を考えれば何も言えない。

 親として自分の子供が戦争に携わることに大反対もし、連れ戻すことも考えたがルカに言われた言葉が思ったよりも堪えた。



「二年前、コクーンの事を優先したくせに、今更、僕たちの心配をされても仕方ないよ」と。

 投げやりなあの言葉はぐさりと胸に突き刺さった。


 ルリとルカから「ブルームを愛しているから、カーディナルとしてブルームに戻る」と告げられて、今度そこ言葉を失ってしまった。

 ルリもルカも、いつの間にか自分たちで物事を考えている。

 親の出来ることなど限りがあるが、その限りのことすら出来ていなかったことを思うと、ルルは日々、後悔の念に嘖まれている。

 幼いから、理解できないからと決めつけて、自分の都合で繭にくるみ、いざ手をさしのべてきたときに、手放してしまったことが悔やまれてならない。


 子は親がなくとも育ち、気がつけば何時の間にか大人になり巣立っていく。


 ならばなぜ、その貴重な子供時代を一緒に過ごしてやることが出来なかったのか。

 責任転換はしたくはないが、すべての発端が月の動乱であり、帝国と連邦の分裂だと思うと、自分の立場も忘れて、恨み言を言いたい気分になる。

 コウキの演説はまだ続いているが、ルルはその演説を最後まで聞かないうちに席を立った。

 ルリとルカはコウキを信頼している。

 そして、もう一人、自分の同盟者である彼も、ルリとルカをきっと導いてくれるはず。

 だから、今は、信じることしか自分には出来ないのだと言い聞かせた。

 そして、最後にもし、母親らしいことが出来るとしたなら、たった一つしかない。そのためには、今、こんなところでウダウダと悩み、自責の念と戦っている場合ではない。

 ルルは、机の写真を大切に抱きしめて、ポケットにしまい込んだ。







 同じ演説を、アリーナは地球降下直前のシャトルの中で聞いていた。

 もしかしたら、最後に聞く声になるかもしれない不安を感じていたのに、彼の言葉一つ一つが心にしみてきた。

 アリーナがもっとも敬愛し、尊敬していたかの人の最後の演説は、月日を得てコウキが言葉にしている。

 直接逢ったことなどないはずの二人なのに、よく似たその言葉は、きっと、月の民をも動かすに違いない。

 だから、そのためにも、アリーナはブルームに行き、コウキに逢わなければならない。


「立ち上がる時と場所を間違えてはいけない」


 かの人の口癖を思い出して、アリーナは微かに笑みを浮かべた。






 その背中をどうやって送り出せばいいのか。


 一度は自分の中でケリを付けたはずの感情が再びこみ上げてきた。

 何時までもこの場に留めて置くことなど不可能だというのは重々承知している。

 彼には直ぐにでもしなければならないことが在ることも理解している。

 けれど、頭で理解していても感情が伴いないこともある。

 抽象的だが人間という生き物には、心と頭が存在し、頭で理性的に理解出来たとしても、感情を司る心が理性に刃向かおうとする。

 必死に押さえようとしても、理性的に物事を判断しようとしても、心の声なるものに時としてすべてを支配されて感情のままに流されてしまうことがある。


 人間の複雑さを改めて考え、この年になってもまだ人としてのあり方や、行き方を模索しているのだと実感もさせられた。

 多数の部下を持ち従え、自分の采配一つに何百という名も知らない部下の命がかかり、果ては自分の国の安全も背負う立場にいるのだから、個人的な感情で物事を判断していい事など数限られている。

 そして多分、イーストの目の前にいる親友のエイドリアンにも、イーストと同じように守らなければならないことや、通さなければならない信義と為しえなければならない義務がある。

 イーストが部下を大切にし、その部下達の命を預かっているように、エイドリアンにも彼を信じ、今この時にも戦っている仲間達と、この時期を待つために命を落とした名も知らぬ者達がいる。

エイドリアンにも彼自身の立場がある。

 個人的感情だけで動ける時期はとうに過ぎ、今はもう自分自身が掲げた目標に、その目標に賛同し命を賭している名も無き人間達の意志をも背負っている。

 それも十分理解しているのに、やはり想いは沈む。


 数十年前、エイドリアンが軍の職を突然辞し、月に外交官として出向いてから、イーストとエイドリアンが別れ際の挨拶としていつも交わしていた言葉も今は、口に出す事が出来ない。


「どうか無事で」という、たった一言すらも怖くて声にすることが出来ない。

 勿論、無事であることを心から祈っているが、エイドリアンがこれから向かおうとしているのはブルーム共和国。

 つい最近まで占有していた帝国は撤退し、激しい攻撃をしかけていた連邦軍すらも今は手出しが出来ない。

 だからブルームにさえ辿り着ければその身の安全はある程度保障されるが、そこに至るまでの道のりは決して容易ではない。

 そしてブルームに着いたからといって絶対に安全だとも言い切れない。

 エイドリアンは連邦政府からはテロリストとしてその身を追われ、特に実の父親であるドーマスカーは私兵を使ってまで血眼になってエイドリアンの行方を捜索している。

 連邦軍からは反逆者として軍法会議で処刑が言い渡され見つかったが最期、その場で射殺されてもおかしくない立場にいる。

 そして、帝国側も月に逃げた王室に仇なした人物とその組織を匿ったとしてエイドリアンを探している。

 連邦正規軍の所属艦隊であるリバティに何時までも身を隠しておけるわけでもない。

身を隠していても、事態は悪化するばかりで好転はしないというエイドリアンの意見にイーストも賛成はしている。

 だが、あまりにも危険な賭に出ようとしている親友を止めるのも自分の役目のような気がして、イーストはもう少し 冷静に考えて時期を見てはどうかと提案した。

 けれど、その提案にエイドリアンは「一刻を争う」のだと一蹴して逆にイーストを説得し始めた。


 ブルームの置かれている現状。

 月の現状。

 コクーンの現状。

 波及し始めた様々な争い。


 今まで、表面上は問題化していなかった、紛争も数多く噴出してきている。

 ブルームの暫定的な代表となったコウキは毎日のように帝国と連邦に向けて様々な形で訴えている。

「我々は話し合いで解決がしたい」のだと。

 無論、コウキも帝国や連邦政府が「そうですね」と同じテーブルに着くとは到底考えていない。

 相手は戦乱の申し子とまで言われているデュオン家出身のしたたかな女帝が率いる帝国と、老獪で謀略を用い権力を振るうことになんの躊躇いもない連邦政府の大臣であり、連邦軍の事実上の支配者。

 この二人を同じテーブルに着席させるのは、たとえ屍となっていても無理であることはコウキも百も承知している。

 二人が同じテープルに着席し話し合いが出来れば二年前にブルームは帝国の侵攻を受けてもいなければ、その後の連邦軍の平和維持を掲げた進軍も受けていない。

 そして、コクーンのあり方についても、もっと別の道を模索できたはずだ。

 侵攻でバランスが崩れるまでは、帝国と連邦の間をブルームが取り持ち、コクーンと地球の間を月が取り持つという図式ができあがっていた。

 けれど、それはとても危ういバランスで、綱渡りに等しいものであったことは、当時のブルームの首脳陣の誰もが理解していた。


 そして、現行の暫定政府も重々承知している。


 危うい土台の上に成り立っていた関係が崩れ始め、月の大統領が暗殺された事件を発端に始まった戦争で、再構築する時間すらもないまま補うことも出来ないまま。

 どの国も、自分たちの利益を追求し自分たちの国を守る。

 それは当然のことだが、やり方というものがある。

 それをどれほど説いたとしても女帝と大臣の耳に届くことはない。

 だからといって無駄だから無理だからと諦めてしまうわけにも行かない。

 いまここで軌道修正をしなければ世界は本当に混沌としたまま突っ走り、人類滅亡すらも夢物語とは言えなくなる。

 帝国と連邦の2国が無くなれば世の中に平和が訪れると思っているわけでもない。

ただ時間を。

 僅かな時間でいいから、互いに弓引く時間を止めることが出来れば、何かが変わるかもしれない。

 わずかな可能性でしかないかもしれない。

 その可能性を大きくするために、コウキもエイドリアンもそして、彼らと志を共にする人々はじっと耐えてきた。

 帝国内には女帝のやり方に反発し王室のあり方にも疑問を呈している人物達もいる。同様に連邦政府内にも、連邦軍に対する不信感やドーマスカー大臣に対する不信任を持つ者達もいる。

 その両国の同盟国の中には、「力によってねじ伏せられて従わざる得ない国」もある。

 今まで地球の主要政府とは反目し、互いのコクーンとも反発していたコクーンも足並みを揃えようとしている。


 だからこそ、この機会を逸することは出来ない。





「だからこそ。私はブルームに戻る」

「リアン」

「今、ここで戻らなければ、耐えに耐えたこの年月が無駄になる。ブルームには私の協力を待っている人間達が大勢いる。その人間達を見殺しには出来ない。それに……父に引導を渡すのは女帝ではなく私でなければならない。でなければ、なんのためにあの日からこの時を待ったのか父が使う手を利用していれば確かに楽だった。だけど、それはでは連邦政府の立場が危うくなる………確かに連邦軍に弓を引く形だが、私だって連邦軍に籍をおいていたのだから、あの女帝に蹂躙されるのをただ黙って見ていることは出来ない。連邦が崩壊していくのを待っているわけにはいかない……自分の故国を憎むことなど不可能だよ」

「だが…」

「若い頃はこんな所、どうなってもいいと思っていた。だが年をとると愛しくなる。その故国を見捨てることは出来ない。私はこんな姿の連邦が見たくて、帝国と戦い抜いたわけじゃない。それは君もおなじだろう」


 穏やかな瞳の奥に揺るがない決意が見て取れた。

 イーストもエイドリアンの行動を頭から反対しているわけではない。

 ただ危険だと判っていながら送り出すことに一抹の不安と、一緒に行けない自分の身が歯がゆいだけだ。


 互いが知り合ったばかりの頃、連邦政府はまだ帝国に刃向かうのがやっとの組織だった。

 帝国の横暴を許すことが出来ず、自分たちの手で人々を解放し、安心して暮らせる世の中を作りたいのだと、必死にあがき藻掻いた。

 月やブルームとの関わり合いも大切にしながら、相互に手を取りと和解して平和をと理想論も戦わせた。

自分達の信じていた道がいつ見えなくなってしまったのかは、イーストにもエイドリアンにも判らない。

 世界の流れの総てを変えてしまったあの事件は、確かにイーストとエイドリアンをも変えた。


「…君には君の役割がある。私には私の。今、君がすべてを放棄してしまったら、ここにいる同胞達を見殺しにすることになる。そして、何も知らずにこの場にいる者達の未来も閉ざされる」


 穏やかな口調の中に揺るぎのない意志と、イーストの意見を一蹴するニュアンスが含まれている。

 それは外交官時代に身につけたものなのか、それともエイドリアンにもドーマスカー家の血が流れてる証なのかはわからない。

 イーストとエイドリアンが出会ったとき、当時から教権でその名を轟かせていたドーマスカー大臣のたった一人の息子として育ちながら、卑屈になることも権力に酔うこともないエイドリアンの清廉とした精神は素晴らしいと何度も思った。

 どんな当てこすりや嫌がらせも微笑みながら交わし、気がつけばいつの間にか自身の実力で周囲を納得させるだけの強さを備えていた。

 生真面目な割には性質の柔らかさを持ち、一方では目端の良さも伺わせていて、イーストは常々見習いたいと思ったものだ。

 あの事件の後、軍を辞するとなんの躊躇いもなく告げたエイドリアンに驚いて理由を問いただし、やはり今のように考えを変えるように説得したことを思い出す。

 あの時もエイドリアンは「もう決めたことだ」とたった一言で議論の総てを終わらせた。 


「物事を決めてしまったお前とは議論は無駄だと思い出したよ、リアン。確かに何時までもここにいることは……難しいだろう。私も、私に与えられた役割を果たさなければならない」


 軽い嫌みを含んだ諦めの言葉に、エイドリアンは静かに微笑んだ。

 こういう部分で、やはりイーストはエイドリアンに降参するしかない。


「……イト。君に頼みがある」









 暗い海を見つめて、アスランは険しい表情を浮かべた。

 この海を渡りきれば、激戦が予想される地に降り立ち、そして戦う相手は間違いなく、ルリとルカそして兄のルクになる。

 数分前の最終作戦会議の報告でヴィマーナはこちらに向かっていて、アスラン達の部隊が出撃する予定時間とほぼ、同時にその地に到達すると知らされた。

 それはアスラン達の部隊にとっては想定範囲の内のことだ。

 この作戦を告げたとき、上司であり、今回の作戦の総司令として全権を任されているヴィルハラは「当然だろうね」と、微笑みながら告げた。


「二度、同じ失態を繰り返すような君たちではないと、信じているよ」と、暗に今回は失敗は許されないのだと念押しもされた。

 すでに連邦の第一作戦部隊と第二作戦部隊は、その地で交戦状態に入り激しい攻防を繰り広げ、徐々に出はあるが相手を押しつつある。

 アスラン達が乗艦している艦は、あと、小一時間で海を渡りきる。





「ここにいたのか」


 声のした方を振り返れば、アスランと同じ色のSS搭乗員用のスーツを着たタイスが立っていた。

 見ればタイスもアスランのように、頸もとを開放し腰まで上身頃を下げている。

 確かに戦場においては怪我から身を防ぎ、寒さや暑さからも一定の保護力を発揮するが、決して通気性のいい代物ではない。


「さっきのこと、考えてるのか?」

「……いいや。別のこと」


 ゆっくり歩いてアスランに近づくと、タイスは手すりに背中を預けて空を仰ぐ。

 星のひとつでも輝いているかと思えば、生憎、曇り空。

 艦の灯りだけが暗闇の中で眩しいほどだ。

 蒼穹の下でアッシュと別れたのが遠い過去のような錯覚を覚える。

 あれから随分と自分たちをとりまく環境は残酷なまでに変わってしまった。


「なんでかな…こんな時なのにさ。やたらとルリが恋しくなって、ブルームの頃が思いだされて。危険な事の前は遺伝子が男女ともに種を残すために燃えあがるって言うから、それかなとも思ったけど」

「おいおい、まるでこれから絶体絶命の危機に遭遇するとでも言うのか。出撃前に縁起でもないぞ」


 タイスが冗談めかす。

アスランが微かに笑うが、すぐに表情が曇る。


「戦場でルリに逢ったら、俺は戦えるのかな…」


 ぽつりと呟いた言葉は、夜の海に飲み込まれた。


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